第134話 もう一つの準備
浬達がせっせとイギリス行きの準備を進めていた頃。アテネ、御門、ランスロットの準備を公に整える組もまた、イギリス行きの準備を進めていた。
「と、言うわけですのでとりあえず日程としてはまず、ストーン・ヘンジへ入りそこからスカイ島に入る予定となります」
「ふむ・・・スカイ島までは船で?」
「いえ、『常春の楽園』を通り、そこから妖精たちの通る通路を通ってスカイ島まで」
ランスロットと彩斗が最後の打ち合わせを行う。御門とアテネについてはケルトの神々との間で会合を得ているらしい。曲がりなりにも別の神話の神がイギリスに入るのだ。一応前もって天道財閥が調整してくれているのだが、やはりそこらでの調整は必須らしい。しかも今回はほぼほぼギリギリでの決定だ。大忙しだそうだ。
「ふむ・・・」
彩斗は地図を見ながら少しだけ動きを考える。スカイ島。それはイギリスのスコットランド西岸に位置するヘブリディーズ諸島のインナー・ヘブリディーズの中でも最大級の大きさを誇る島――同時にスコットランド領内では最大――だ。
人も住んでおり、人口はおおよそ1万人ほど。往来はフェリーやプライベート機、スコットランド本島に繋がる橋だ。地形は山が多く、知られているのであれば『オールドマン・オブ・ストー』が比較的知られている。が、こちらは単なる奇岩なので、魔術的な神秘を求める彩斗達にとっては不要なものだ。そして、ここで重要なのはここではなくその影に隠れてあまり知られていない別の観光スポットだった。
「『妖精の谷』が繋がっとるって話ですが・・・大丈夫なんですか、そんな所に出て・・・」
「もともと、あそこへの観光客の往来はほぼありませんからね。大丈夫ですよ・・・まぁ、もしヴィヴィアン殿らが本当に出迎えてくれるとかいうのであれば、別なのでしょうけどね」
ランスロットは少し茶化す様にして、彩斗へと安心する様に告げる。『妖精の谷』というのはスカイ島の観光スポットの一つなのだが、先に上げた『オールドマン・オブ・ストー』に比べればさほど有名ではない。
幻想的な風景は出迎えてくれるわけだがその名の妖精が示す妖精が出てきてくれるわけではないし、谷底に『妖精の輪』があるだけだ。なので観光地としては良いのだろうが、あまり宣伝されていないらしい。まぁ、妖精達が居ないので仕方がないといえば、仕方がないのかもしれない。
と、いうのが表向きの話で、実際には『妖精の輪』を通じて妖精達の暮らす里に本当に繋がっているらしい。『妖精の輪』は実際に妖精達の通る通り道だそうだ。なので時折と言うかそれなりに頻繁に、妖精達が出て来る事があるそうだ。
ということで、神秘を隠匿したいイギリス政府、ひいてはスコットランド政府によってあまり大々的には宣伝されていないそうだ。妖精たちは自由気まま。下手に遭遇されても面倒なのだそうだ。ここらは、日本と同じく島国故の独特な風潮から神秘が残っているが故の対処だった。日本も似たような事は多い。
「『妖精の谷』を経て、ひとまずは谷を移動。その後は山岳地の隠された土地より、スカサハ殿の治められる『影の国』・・・貴方方の言い方でしたら『マグ・メル』と呼んだ方が良いでしょうか。そこへと入ります」
「『喜びの島』・・・ケルト神話の死者の国、でしたか?」
「ええ。スカサハ殿が分捕ったと言うか流れ着かれた時に領有されたそうですね。その折に死者の国に喜びも何もあるまい、と『影の国』と名を変えたのだそうです。本質は変わりませんよ」
ここらは、神話を知らぬ者達は知らない所としてランスロットが語る。神話ではスカサハの治める『影の国』と『喜びの島』は別々に存在するのだが、どうやら正式には後年になり変えられた名だそうだ。
理由はランスロットが語った通り、と考えて良い。スカサハが領有した際に変わったのだそうだ。ここらは現実世界としても領主の変更や様々な事情から土地の名が変わるのはよくあることだろう。それが古代でも起きていた、というだけに過ぎない。
「ふむ・・・」
彩斗はとりあえずの道のりを理解して、とりあえずは脳内の己を『影の国』の前まで持っていく。ここまでは、問題が無い。普通に人の足でもたどり着ける所だ。問題があるのはこれからだそうだ。
「この後が、問題なんですよね?」
「ええ・・・この後は、少し苦労する事になります」
がさっ、とランスロットは封筒を取り出して、その中から数枚の写真を取り出す。そこには、影で出来た様な奇妙な生物らしき物体が映されていた。
「『影の国』名物『影の魔物』・・・名物というのもなんですが・・・千年ほどの封印の原因。その原因は取り除かれたのですが、未だにはびこり続けている敵の残滓、ですね」
ランスロットが写真の中身について言及する。『影の国』は千年に渡って封印されていたのだという。それは先日彩斗も覇王から聞かされて承知している。その原因が、この『影の魔物』なる魔物が溢れかえった為だそうだ。
その原因についてはニャルラトホテプの一体の手引――そもそもの原因が彼らだが――により当時スカサハに弟子入りしていたカイトと『影の国』の戦士達によって取り除かれているのだが、その余波は未だに残り続けているらしい。
「強さはおおよそ貴方方程度と考えて良いのですが・・・合流ポイントまでどのようにして行くのか、が非常に問題になってくるかと思います」
「車は・・・使えないんでしたよね?」
「ええ、持っていけないですね」
ランスロットは真剣な顔で頷く。これで車の一台――天道財閥は装甲車でも手に入る――でも持ち込めれば良いのだが、『影の国』に通じる出入り口は平坦な所には無いそうだ。なのでかなり大掛かりな作業をしないと車は持ち込めないらしい。
だが流石に他国でそんな大掛かりな事を出来るわけもないので、徒歩で乗り込むしかないそうだ。一応イギリス政府主導で山を切り開いて道路を設営する計画があるそうなのだが、完成はかなり先だそうで今使えるわけではない。つまり、徒歩で行くしかないのである。どのみち『影の国』には敵は居るのに道路が無い。装甲車でも無ければ持ち込んでも逆に危険になるだけだそうだ。
「ふむ・・・」
どうするか、と彩斗は頭を悩ませる。悩ましいのは自分達でも勝てるが、その数だ。詳しい数は誰にも数えられていないそうなのだが、聞けば『影の国』全体での『影の魔物』の総数は原因が取り除かれて数年の今でも未だ数百万は下らないらしい。
流石に同時にそれを相手にする事はないのだが、それでも一度に数百体は相手にする事は覚悟しなければならないそうだ。とはいえ、幸いといえば幸いな事が一つあった。
「ま、そこは任してくれや」
相談していた二人の所に、別の声が掛かる。それは陽気そうな声だ。
「クー・フーリンさん。そんな数百体相手にって・・・大丈夫なんですか?」
「あっははは。数百だろうと数千だろうとそんな雑魚なら問題はねぇな。ま、大船に乗ったつもりでいてくれよ」
クー・フーリン。ケルト神話のアルスターサイクルにおける主人公だ。その彼は過日に覇王が述べた様に日本に滞在しており、スカサハの下ではほぼほぼ接点はなかったもののカイトの兄弟子にあたるわけだ。
というわけで、弟弟子の依頼を受けて彼が今回の旅に同行してくれる事になったのである。基本的に面倒見のよい彼は二つ返事で受け入れてくれたらしい。
それに実は今回の天桜学園の転移に際しては彼が表の仕事――陸上のトレーナー業――で抱えた弟子が生徒の一人として巻き込まれており、それに責任も感じているらしい。その彼はクー・フーリンの勧めで天桜学園に入学しており、流石に自分も一肌脱ぐか、と思ったそうだ。
そうして笑うクーフーリンに彩斗は頭を下げた。彼らの身の安全は全て、彼の肩にかかっていると言って良い。頼み込んでおかねば自らの身の安全に関わった。
「お願いします」
「おう。でだ・・・師匠だが、やっぱ交渉するのか?」
「ええ。是非ともお力をお借りしたい」
「まあ、ティナのお嬢ちゃんとはマブダチだって話だから力にゃなってやれると思うんだがねぇ・・・」
クー・フーリンは己の師匠を思い出しながら、ため息を吐いた。交渉が出来るかどうかは微妙だ。曲がりなりにも女王。引っ張り出せるかどうかは、微妙な所だろう。と、そんな所に耳慣れない名があった事に、彩斗が気付いた。
「ティナ?」
「あん? 何も言ってないのか?」
「あははは・・・ええ、まぁ・・・」
クー・フーリンから問われたランスロットが苦笑する。クー・フーリンはおおよそ政府系の組織とは関わっておらず、そこらの事情には疎いらしい。
一応大本が地球人であるカイトの名は彼も弟弟子の事と隠しているのだが、それ故、大本が異世界人であるティナについてはあまり隠す印象がなかったようだ。戸籍など地球での公的書類の全てが作り物の彼女の名がバレた所でどうとでも隠蔽出来るからだ。
「ま、それなら仕方ねぇか。事情は把握してるからな・・・お前らが『金色の魔女』と呼ぶ奴の愛称だ。それ以外は隠している以上俺からは語るめぇよ。聞いてくれるなよ」
「・・・そうですか。わかりました」
彩斗はわずかに見えた魔女の手がかりとここでクー・フーリンの機嫌を損ねる事を天秤に掛け、瞬時に前者を切って捨てる。どちらが優先されるのか、というのはこの後を考えれば後者だろう。
安全の確保をして、次に移れるのだ。そこを見誤るわけにはいかなかった。それに当たり前といえば当たり前だが、魔女とて名はあるだろう。言われないだけだ。そこが分かった所で略称や愛称の可能性がある以上、そしてこれが愛称である以上、あまり露呈した所で意味があるわけではなかった。
「ああ・・・で、だ。兎にも角にもお前さんらは一箇所に固まってくれりゃそれで良い。散らばって動かれるのが一番面倒だ」
クー・フーリンが告げる。今回、『影の国』側の戦士達との合流ポイントまでの護衛はその性質上、どうしても彼一人になってしまう。となると、如何に彼でも一人で散らばった面子を守り抜く事は不可能だ。一箇所に集まってもらわねばならなかった。そしてそれは彩斗達も理解していた。
「わかりました」
「ああ・・・で、後は・・・交渉についちゃ、こっちは関与しねぇ。と言うか、出来るわけでもねぇ。一応『赤枝』も『フィアナ』も独立した戦士団っちゃあ戦士団だが、今は師匠の下で弟子としてやってる。そこを考えりゃどうしても師匠の意向一つになる」
クー・フーリンは改めて、自分達の身の振り方の問題を告げる。クー・フーリンは一応『赤枝の戦士団』という彼の所属していたアルスターという国の戦士団を率いる団長であるのだが、今はアルスターもコノートも滅びている関係で戦士団が揃ってスカサハの配下に入っているらしい。
なので内々で動く分にはともかく、どうしても外と関わる場合には彼の一存では動かせないそうだ。最低でも、好きにしろ、という一言は必要らしい。
「わかってます。そこは、こちらの仕事ですんで・・・」
「そか。なら、良い」
クー・フーリンは彩斗のうなずきを見て、再び椅子に深く腰掛ける。交渉の関係で彼は手出し無用だ。やれるのは、道案内。それで十分だろうし、それしか出来ないのは仕方がない。彼は戦士であって王ではないのだ。と、そんな彼はふと思い出した様に問いかけた。
「っと・・・そういや、一応ウチの弟弟子の手紙は持ってくんだな?」
「はい。預かっております」
彩斗はそう言うと、重要書類を仕舞い込んだアタッシュケースを指差した。この中に、カイトからの封書も収められていたのである。字を見れば実の息子の字だとまるわかりになるのだが、流石に他人の親書を盗み見るわけにもいかない。どちらの組織に対しても無礼だろう。魔術的な封印もされているので、こっそり覗き見る事も出来ない。わかるわけもなかった。
「そうか・・・あの弟弟子が無事で何より」
どうやら息災を問いかけたかっただけなのだろう。クー・フーリンはそう言うと最早何も言うつもりもないかのように、目を閉じた。彼も一応最終調整として加わってはいたが、道のりなどには殆ど興味がないそうだ。
「ま、後は任せる」
クー・フーリンはそう言うだけ言うと、今度こそ何も発せない。そうして、彩斗とランスロットはそんな彼を横目に、更に打ち合わせを行う事になるのだった。
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