第133話 三貴子の来訪
浬達が訓練を本格化させて、更に数日。ランスロットと彩斗がイギリス行きの手筈を整えていた頃の話だ。修学旅行まで後2週間に迫った土曜日の昼の事だ。この日もこの日で訓練をしていたわけなのだが、そんな所に来客があった。
それは、一通り午前の訓練が終わった後。シャワーを浴びて休憩を取って全員で軽食でも食べて次をどうするか決めようか、という所での事だ。浬ら女子面子はレディ・ファーストと気を利かせた男子勢より一足先にシャワーを浴びてリビングで一同の帰還を待っていた。
「うーん・・・ねぇ、お兄ちゃん。この俳優さんに伝手とかないの?」
『うん? ああ、そいつは無いな。蘇芳のジジイとか菫さんとかと事務所違うし・・・けど、いい噂は聞かないなぁ・・・一度粛清対象のリストに入ってたぐらいだし・・・』
「止めて。聞かせないで・・・お兄ちゃんのルートだと噂じゃなくてマジ話でしょ・・・」
「しゅ、粛清ですか・・・」
一同はテレビを見ながら、雑談をしていた。昼食の用意はフェルが味見をしながらヴィヴィアンとモルガンがやってくれているとこのとで、彼女らはそれをテレビを見ながら待っているだけだった。
きちんとした訓練は、きちんとした栄養補給と休息が必要だ。そういうことだそうで、フェルが厳命してしっかりと休憩も取らされていた。
「ごはん、何かなー」
「イタリア料理とかじゃない? ちょっとパスタ食べたい、とかさっき言ってたじゃん」
「本格イタリアン・パスタかー・・・」
鳴海の言葉を聞いた侑子から、ぐー、とお腹の音がする。なにげにここで振る舞われる料理については彼女らにとっては唯一と言って良いほどの日常的なご褒美で、最高級の食材を使ったかなり良い料理が振る舞われる。
そして、ヴィヴィアンとモルガンの腕は確かだ。ヴィヴィアンは家事スキル万能、モルガンは王妃だったとは言え母親だったので同じく家事も出来る。しかも補佐するのが美食家らしいフェルなので、味の方も確かだ。と言うか、味が悪いとフェルが機嫌を損ねるのである。と、そんな所に、リビングの扉が開いた。
「あ、フェルちゃ・・・誰?」
鳴海が首を傾げる。開いた扉の先に居たのは、台所で料理の補佐をやっているフェルではなく、同じく美少女ではあったが全く見ず知らずの少女だったのだ。と、そんな彼女は浬を見つけるなり、頭を下げた。
「浬ちゃん、久しぶりです。大丈夫ですか?」
「ああ、やっぱり・・・」
問いかけられた浬はがっくしと膝を屈する。美少女の年の頃は彼女よりも幼く見えるが、浬の記憶が確かなら確か年上。正確な年齢は知らない。
見た目で言えば年の頃はおよそ10代半ば、背丈は150センチには僅かに満たないだろう。顔立ちは愛らしく、可愛らしい。服装は改造された着物らしき服で、フリルやフリフリが満載だった。
まぁ、一言で言えば非常に可愛らしい美少女だった。そして顔には、まさに太陽の様な笑みが浮かんでいた。それは誰もが見とれる程に可愛らしい物だった。
「?」
と、そんな美少女が首を傾げる。当たり前だが再会早々にがっくりとなられる所以は何処にもないはずだ。と、そんな所に海瑠がシャワーを浴びて帰って来た。横には空也や煌士も一緒だ。男子勢が帰って来たようだ。
「あ、ヒメさん。お久しぶりです」
「はい、海瑠くんもお久しぶりです」
ヒメ。そう呼ばれた美少女は海瑠に対して小さく頭を下げる。が、その一方で横の空也も煌士も見知らぬ人物だったらしく、首を傾げていた。というわけで、煌士が問いかける。
「どなたなのだ?」
「あ、お母さんの友達でヒメさん、って人です」
「おお、そうなのか・・・っと、これはご挨拶が遅れた。我輩、天道家の三男坊の天道 煌士と言う者。以後、お見知りおきを」
「私は天城 空也です。以後、お見知りおきを」
「あ、ありがとうございます」
自己紹介をされたヒメは笑顔で頭を下げる。と、そんな所にカイトが疑問を呈した。
『あれ・・・? ヒメお前、人見知りは?』
「あ、忙しくてこっちにこれなかったけど、それなりにはこちらは見させては頂いていたから・・・なんとか」
『そうか・・・ありがとう。心配してくれて』
「いえ、これが、貴方と私の約束ですから」
カイトの感謝に対して、ヒメが花が咲いた様に笑う。と、そうして一通りの挨拶が交わされた所で、浬が復帰した。
「で? 次は何? ヒメちゃんの正体は?」
『なんだよ、藪から棒に・・・』
「ここに来てる時点で、と言うかそもそもお母さんの友達じゃなくてお兄ちゃんの知り合いだったでしょーが! 次は何!? 清姫!? 形部姫!? また妖精!?」
浬はカイトを怒鳴りつける。海瑠は母の友人と言っていたが、実はこれも正解ではあるがその知り合った縁はカイトを通してだったりする。ちょっとした縁で彼ら三兄妹の幼馴染の母親の趣味に付き合った事により、彼女と綾音が懇意にしているのである。今では時折二人で女子会をしているほどだった。と、そんな言葉を言われて、煌士も確かに、と手を叩いた。
「・・・おぉ、そう言えばここに来ているのは確かに可怪しいか」
「あ、あははは・・・」
もうこれ以上日常が密かに侵食されてないで欲しい、という何処かの嘆願が込められていた浬の悲鳴にも似た怒声に、空也は頬を引き攣らせて乾いた笑いを上げるだけだ。が、これにカイトは平然と告げた。
『失敬な・・・これでも天照大神だぞ? 流石にちったー敬えよ』
「「「・・・え゛」」」
全員が凍り付く。今聞いた名は、日本人であれば誰もが知っていなければならないだろう神の名だ。と言うか日本人の常識として、三貴子の名前だけは把握しておくべきだろう。というわけで、流石に浬も海瑠さえも知っていた。と、言うわけでさすがの名に浬がもう一度、問いかけた。
「・・・今、なんて・・・?」
『天照大神。日本で一番えらい神様だな』
「・・・あ・・・ふらっとした・・・」
くらぁ、と浬がふらつく。流石にこれは受け入れがたかったらしい。と、そんな一同にどうしようか悩むヒメことアマテラスだが、彼女は結局、きちんと自己紹介する事にしたらしい。
「えっ、と・・・あの、改めまして。三貴子が一人、天照大神。父はイザナギ、母はイザナミ。この日本においては父母より最高神を受け継ぎ、総氏神をさせて頂いています・・・その、ヒメって呼んでくれると嬉しい、です」
「「「きゅう」」」
海瑠を除いた全員が一斉に気絶する。どうやら、流石にアマテラスの来訪は彼らにとっても想定の範囲外を大きく上回っていたらしい。
「お姉ちゃん!?」
「きゃあぁあああ!」
『やれやれ』
海瑠が大慌てで浬を抱き上げアマテラスが悲鳴を上げて、カイトが肩を竦める。そうして、少しの間浬達の目覚めを待つ事になるのだった。
さて、それから少し。浬達が目覚めた頃には、更に二人の男女が増えていた。そしてその二人とも、浬は知り合いだった。
「・・・お久しぶりです」
「グッジョブ。良い見世物でした」
浬に対して、中性的な存在がサムズ・アップで輝かんばかりの笑顔を見せる。こちらについては、中性的としか言い様がない。男とも女とも見れる人物だ。パンツルックから見える足はスラリとしていて綺麗で、しかし上着はゆったりとしていて男女の判別を付けさせていない。まぁ、端的に言えばツクヨミであった。
となると、最後の一人の男とはスサノオに他ならないだろう。彼は大体大学生程度のかなりやんちゃそうな若者だった。系統としては遊んでいるというよりもやんちゃをしていそうな、という系統だ。勿論、あのアマテラスとツクヨミの弟なので美形は美形だ。
「ふふ・・・この並びと言うかもう私にはわかってるの・・・ツクヨミノミコト! スサノオノミコト!」
やけっぱちになった浬はスサノオとツクヨミに向けて、指を指して名を告げる。彼女らはこの三貴子とは前々からの知り合いで、過日に電話を受けた宇迦之御魂神と含めて四姉弟だと聞かされていたのだ。
だが、アマテラスがアマテラスの時点で他二人がこうなのだろうな、と理解したのであった。と、言うわけで見事言い当てられた三人――最後の一人はアマテラス――がパチパチパチと手を叩いた。
「「「おぉー」」」
「よっしゃ! 勉強しといてよかったー」
正解、という様な反応をされて、浬がガッツポーズを見せる。ちなみに、指差しは人に対してもやってはいけません、というのに神様に対してやっている事は完全にスルーされた。まぁ、彼らにだけだが。
「・・・その三貴子に対して指差しして良いのか・・・?」
「・・・あ。ごめんなさーい!」
煌士の指摘を受けて、浬が大慌てで頭をぺこぺこと下げて謝罪する。と、そんな浬に対して、ツクヨミが告げた。
「ああ、構いませんよ。どうせ我々も普通の人と対して差はありませんからね」
「私達にとってすればお友達だもんね」
「うっ・・・」
キラキラと輝く様な笑顔でお友達発言をされて、浬はどうするべきか非常に悩ましい顔をする。曲がりなりにもアマテラス。日本人としてお友達で良いのかどうかは非常にわからない所である。と、そんな浬の顔を見て、アマテラスが悲しげな顔をした。
「あの・・・駄目・・・ですか?」
「あ、ううん!? そんな事はないのよ!?」
泣く子と地頭には勝てぬ、というわけではないが、泣きそうな美少女には女の子も勝てないらしい。さらに言えばなまじ見た目が自分以下にも見える女の子であることが災いした。
「あはは・・・ん?」
そんな浬に、一同は頬を引き攣らせながらも笑う。と、そんな時だ。リビングの扉が勝手に開いた。
「みんなー、ご飯できたよー」
響いてきたのはヴィヴィアンの声だ。流石に人数分を彼女らだけで運ぶのは難しいものがある。一応魔術を使えば簡単にいけるのだが、こういったものは手で運ぶのが味がある、というのがヴィヴィアンの言葉だ。そして作ってもらっている以上、文句は言えない。
「あ、はーい!・・・あ」
「あ、私達の分も用意した、ってさっき・・・」
「じゃあ、大丈夫か」
アマテラスの言葉に浬が頷いた。実は今日の昼ごろに来るのは始めから話し合われていたらしく、お昼も振る舞うという話がついていたらしい。というわけで、一同揃って台所へ行って、各々の昼食を取りに行く。神様だろうとなんだろうと、ご飯が優先である。作ってもらった人への感謝が先だろう。
「今日はタリアテッレを使ったボロネーゼだ。肉は牛肉ではなく豚肉を使ったパンチェッタというものだ。ブイヨンは昨夜使った物を再利用した。赤ワインは料理用の物だ」
フェルが今日のお昼を解説する。今日のお昼はやはりパスタだったらしい。それもミートソースパスタではなく、本場で使われるタリアテッレというリボン状のパスタを使ったものだった。
「と、いうわけで頂きます」
「「「いただきます」」」
全員が手を合わせて、ご飯を食べ始める。そうして、本題に入るべくスサノオが口を開いた。
「というわけで、だ。イギリス、行くんだろ?」
「あ、うん」
問いかけられた海瑠が頷く。彼はどうやら魔眼の関係で大昔から彼らが人間でないかもしれない、と勘付いていたらしく、さほど驚かなかった上に普通に何時もどおりの振る舞いが出来ていた。
「姉貴・・・良いよな?」
「ええ、大丈夫です。その為に、来たんですから」
アマテラスはスサノオの求めに応ずる様に笑顔で頷いた。そうして、彼は懐から人数分の何かを取り出した。それは勾玉にも似た物が取り付けられたネックレスだった。日本風といえば、日本風のネックレスで、彼ら三貴子が与える物としては、最適とも思えた。
「・・・これは?」
「『八尺瓊勾玉』は知ってるか?」
「・・・まさか、これが?」
煌士が僅かに顔を青ざめつつも、スサノオへと問いかける。『八尺瓊勾玉』とは日本の三種の神器の一つだ。他は『八咫の鏡』『草薙の剣』もしくは『天叢雲剣』と呼ばれる剣を入れて、三種の神器と呼ばれるのである。
「いや、そのレプリカだ。イギリスの『常春の楽園』には魔物も出る。多少の魔術的なバリアが張れる魔道具の一つでも持っていった方が良いかってな」
「良いのですか?」
「ええ・・・氏子に神が何か授けた所で問題は無いのですよ」
ツクヨミがパスタをくるくるとフォークに絡めながら、煌士の言葉に頷いた。なお、そう言う事情があるので、これはアマテラスからの贈り物、という事にされている。
流石に全員の氏神や祭神は異なるからだ。例えば煌士であれば前に覇王が述べた様にコノハナサクヤヒメになるし、浬・海瑠の姉弟であれば宇迦之御魂神だ。なのでもし彼らに日本の神々が何かを授ける場合は、その氏神でなければ領分の問題で少し困った話になるらしい。
とはいえ、日本人はそれと共に共通してアマテラスを総氏神としている。なので、この場合は共通した氏神としてアマテラスが授けた、という形にしたのであった。ツクヨミではなくアマテラスに問いかけたのは、そう言う事情だった。なお、何故スサノオが持っていたのかというと、荷物持ちにさせられているからである。どこの世でも兄と同じく弟の権威も低いのは一緒らしい。
「ま、流石に祢々との事は人の子の間の問題だから氏神たる俺達が何かしてやれるわけじゃねーが・・・この程度は出来るし、裏からフォローはしている。がんばれよ」
「「「はい」」」
スサノオから激励を掛けられた一同は、揃って頷いた。こうして、着々とイギリス行きの準備が整っていく事になるのだった。
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