第131話 続く訓練
天音姉弟、空也組が訓練を行っている一方、当然の話として鳴海と侑子も訓練を受けていた。こちらの講師は玉藻だ。
「まず、鳴海についてはもっと字を綺麗にする事から始めるべきじゃのう。その為には、腕を動かすべきではないのよ」
「・・・それ、どうやって描くの?」
鳴海が目を瞬かせる。腕を動かさずに文字を描け。まさか体全体を使って書くわけでもないのだろうし、口を使え、というのでもないだろう。どうやれば良いかさっぱりわからなかった。
「うむ。良い質問じゃ」
玉藻が笑顔で頷いた。当たり前だ。その質問を出さねば思わず大笑いした所だった。教師役次第でははっ倒されただろう。
「所詮、魔術に関する事なぞイメージの問題じゃ。己がどう動きたいか。それを想像してやれ」
玉藻はこここ、と笑う。何度も言われているが、魔力とは意思の力だ。その意思の力に従って、身体を動かしてやるのだ。では、それはどうするのか。それは簡単だった。
「まず、魔力を身に纏わせよ。そして、身体を動かすのではない。イメージで身体を動かす・・・まぁ、どうと言えば良いかはわからんが、イメージや感覚としては、魔力で腕や手足を動かしてやるのよ。ほれ、ちょいと力を抜かんか」
「?」
玉藻はそう言うと、己の魔力を可視化する程に濃密な濃度として漂わせて、言われるがままに力を抜いた鳴海へと伸ばす。そうして、その次の瞬間。鳴海の身体が鳴海の意思に関係なく動き始めた。
「ひゃあ! 何これ!? どうなってるの!?」
「こここ・・・とどのつまり、これを己にやればよい。謂わば己で己を操る。腕や足での動きなぞ、所詮肉体任せの動き。微妙なブレが存在しおる」
玉藻は笑いながら、手のひらで操る様にして鳴海を操る。やらせているのは阿波踊りだ。顔が踊りに見合っていないのでひどく滑稽だが、これで良いのだろう。
ちなみに、何故阿波踊りかというとついこの間テレビで見たから、らしい。だが聞きかじっただけなのでその盆踊りは酷く滑稽にしか見えなかった。モルガンなぞ大爆笑しているぐらいだし、ヴィヴィアンもそれを窘めつつも少し笑っていたほどだった。
「と、と言うか止めてー!」
「ま、もう少し踊れ」
「うーむ・・・見事な玉藻の前」
悲鳴を上げる少女を楽しげに手のひらで弄ぶ玉藻の姿を見て、煌士が感心した様に頷いた。この様はどこからどう見ても、そして何処に出しても恥ずかしくない玉藻の前の姿だろう。
とはいえ、これが無意味であるか、と言うと決してそうではない。彼女の言う通りこれは魔術ではなく魔力。魔力で身体を操っているのだ。
「こここ・・・狐の言葉は金言よ。時の帝でさえその教養と含蓄の深さには耳を傾けざるを得ん程のな」
玉藻は笑う。おそらく過日はこれを悪用して、玉藻の前として時の朝廷の内裏に君臨したのだろう。ちなみに、その時は流石にこんな傲慢で不遜な態度を取るわけではないらしく、普通におしとやかで見識のある才女として振る舞っていたらしい。そして、玉藻は鳴海を操ったまま本題に入った。
「こここ・・・兎にも角にもこれを学べ。これができれば、後は肩の力を抜いてやって魔力一つで身体は動く。頭の中にあるイメージそのままに文字を描く事が出来る様になる」
イメージをそのまま現実に表現させる事は、肉体ではどうしても不可能だ。当たり前の話だが、肉体はどうしても僅かに動いている。
例えば手ブレを考えれば良い。呼吸をする時にも僅かに身体全体が動くし、じっとしているだけでもバランスの問題から身体は微妙に動いている。こればかりは人体の問題なので、誰だろうと変わらない事だ。
が、それでは困るのが、魔術という繊細な物を使う際だ。特に鳴海の様な文字を使って魔術を展開する者や、鏡夜を筆頭にした陰陽師らにとってこれは非常に困る。かつて鏡夜が告げたが、僅かな線のズレ一つが魔術の威力に大きく影響を与えてしまうからだ。
それも、当然だ。文字と言いつつ、これらで作られているものは絵に近い。それ故、僅かなズレが見る者に与える印象を大きく変えてしまう可能性があるのは、何ら不思議のない事だろう。これは謂わば、『世界』を絵画の見る人、術者を絵描きと見立てたようなものだった。印象を変えてはならない。常に、同じ絵を見せねばならないのだ。ならば、手ブレ一つさえ抑制したいは当然の話だった。
「完全なる円を。完全なる四角を・・・これらを描く事なぞ造作もない。イメージを現実に投影すれば、このように・・・」
「・・・え?」
鳴海は操られるがままに、筆を手にとって彼女が練習している<<火炎咒>>という文字を描かされる。そうして現れたのは、彼女が創るよりも遥かに巨大な威力の火炎だった。
使った魔力は彼女の物。鳴海は一切何もしていない。と言うか、そういった全てを玉藻のコントロール下に置かれているのだ。出来るはずがない。
「こここここ・・・わかったじゃろう? ただイメージを現実に投ずるだけで、かようなまでに威力は変わる。肉の器で描くものは所詮手習い。魔力で動ける様になって、真に意味があるものじゃ。ほれ、わかったら練習じゃ。魔力を操る要領で、身体を動かす訓練をしてみぃ」
玉藻は呆然となる鳴海のコントロールを解いて、扇子で練習を促す。兎にも角にも、戦闘を行うからにはこれを学ばねばならないのだ。そうして、次は侑子を見る。
「さて・・・お主はとりあえずは、その手甲を使いこなす事から始めねばならん」
「な、なんていうかさ・・・これ、女の子っぽくなくない?」
話を向けられた侑子は、ようやく言いたい事を言う。彼女とて空気は読む。流石に自分の番でもなく発言する事はなかったのだが、それ故に顔には乾いた笑いが浮かんでいた。
「むー・・・まぁ、40~50年ほど前におったというすけばん? とやらみたいで良いではないか」
「だから嫌なんだけど・・・」
侑子は照れくさそうというかどちらかと言うと恥ずかしげに、自分の手を見る。基本的に戦闘用の訓練を始めても武器は変えていない一同だが、唯一彼女だけは武器そのものを変更する事になった。
前までの彼女の武器は普通の革製のグローブに少々の特殊な金属を編み込んだ物だったのだが、今は完全に戦闘用の鉄甲へと変えていた。なのでそれに合わせて前腕部まですっぽりと覆う様な形になっており、更には金属のプレートも取り付けられている。殴り合う事も出来る様な物になっていたのである。
「腕を怪我したくはなかろう。先のあれは所詮非戦闘用の、いいトコ護身具じゃ。殴り合うどころか守る事も考えておらん。取り回しは悪くはなるが、その分そちらの方が腕は確実に守れる。とはいえ、その分お主の武器だけは使い勝手が変わろう。まずは、それに慣れよ」
「うーん・・・」
侑子は不満げだ。いや、分からないではない。まだグローブまでは良い。あれはそれなりにはおしゃれに作られていた。が、こちらは完全にデザインは無視した無骨な作りだ。女なのにこれはどうなのだ、と彼女の女の部分が警鐘を鳴らしていたらしい。とはいえ、玉藻はそんなもの無視である。
「さっさと慣れろ。その後にデコレーションでもなんでもすればよかろ」
「そういうことじゃないんだけど・・・」
「五月蝿いのう・・・あまりうるさいと、先の様に躍らせるぞ」
「うわっ! あれはごめん!」
「侑子!?」
大慌てで練習を開始した侑子に対して、その横で練習しつつ会話を聞いていた鳴海が抗議の声を上げる。そうして、こちらでも和気藹々としたムードで訓練は行われていくのだった。
さて、そんな各々の訓練を開始しておよそ一週間。祢々達はルールを守ってこちらに何かを仕掛けてくる事は一切無かった。
「ふぅ・・・こっちに来ない・・・なんて都合のいい話はない・・・ですよね?」
鳴海がカイトへと問いかける。やはり一週間も何も無いと、問いかけたくもなるらしい。そして、答えもわかった話だった。
「残念ながら、な。よしんば祢々が止めた所で、今度は祢々の『ぱーぱ』とやらがやって来るだろう。奴らはニャルラトホテプ。狙われた時点で負けと思った方が良い・・・そして、奴らは何も知らない奴だろうと遠慮なく巻き込む。その点、ある意味幸運ではあったのかもな」
「はぁ・・・」
鳴海はため息を吐いた。数ヶ月前の彼女ならヒステリックに全然幸運ではない、とカイトを痛罵しただろうが、慣れとは恐ろしいもので冷静に受け止められるだけの土台を作り上げてしまっていた。事実なのだ。
もしこれでカイト達が居なければ、彼女らは今頃仲良く狂気に満ちた生活を送っていたかもしれない。そもそもカイト達が居なければニャルラトホテプに巻き込まれていなかった可能性はあるが、その場合はその前に今頃仲良く鬼のお腹の中だろう。
「まぁ、中学生にこんな事やらせているってのになんだが・・・遊ばせてやりたいとは思うんだけどな・・・堪えてくれ、と言うしかない。その代わり、全部が終わった暁にゃ、豪華クルーザーで世界一周だろうとなんだろうと出来うる限りで望みは叶えてやるよ」
「お願いしますよ、本当に・・・」
鳴海がカイトの言葉に僅かな希望を見出す。この戦いを経た所で、得られる物は何もない。だと言うのに命を賭けねばならないのだ。物凄い利益に見合わない戦いだった。なのでカイト達とて、この程度のご褒美は考えていたのであった。
「うーむ・・・やはりどこかの物語の主人公の様に上手くはいかんか」
「あはは。上手く行っても困るよ。これでも、ジュニアチャンピオンだからね」
そんな鳴海達の一方、煌士と空也は二人で模擬戦を行っていた。今回は煌士には詩乃という護衛はおらず、本当にタイマンだ。が、結果は見るまでもなかった。ものの数十秒で煌士の喉元には刀の切っ先が突きつけられていたのである。
「うーむ・・・近接戦闘を行う戦士が遠距離戦士と戦うなら、と思ったんだが・・・そもそも運動神経と言うか性能が違うか・・・」
「と言うか、ステ振りの問題じゃない?」
浬が煌士と空也の会話に口を挟む。が、ステ振りと言われても実は煌士は理解出来なかったりする。
「ステ振り? なんなのだ、それは」
「・・・あんた、ゲームやったこと無いの?」
「うむ、無い。我輩、自慢ではないが読書は大量にしているがゲームはとんと触った事がない」
煌士は至って真面目に頷いた。実はなにげに彼は今までゲームにだけは触れたことがないらしい。そもそも彼の実験が彼にとってはゲームのようなもので、彼からしてみれば現実でゲームを楽しんでいるのでわざわざ架空の体験に心惹かれるほどのことはなかったのだろう。
「な、なんだろ・・・ちょっと哀れっていうか・・・うーん・・・」
いつもならブルジョワが、とでも悪態をつく浬であったが、流石に今回はどうなのだろう、と思ったらしい。ゲームは気取った大人に言わせれば無駄だのなんだのと言う者もいるが、楽しめる者が居ることもまた事実だ。
そして天音一家はゲームを楽しめる側だ。なにげにゲームより波乱万丈な旅路を送ったカイトや、剣と魔法の異世界からやって来た彼女の家の居候さえ楽しんでいる。自分で冒険をしておきながら、彼らは架空の冒険も好んでいるのだ。それを知らないのもな、と思って少し哀れんだらしい。
と、そこで浬はふと気付いた。煌士はライトノベルは読むのだ。なのにゲームをやらない、というのは珍しいと思ったのである。
「ん? そういえば・・・あんたラノベは読むのよね?」
「うむ。あれは想像が掻き立てられる。あれは良いものだ。人の道義を説く小説も悪くはないが、人の夢やコメディは良い」
「あ、うん・・・なのにゲームやらないんだ」
「うむ。我輩がラノベに入ったきっかけは所謂『クトゥルフ』シリーズのとある探偵物なものでな。あれが取っ掛かりとなったおかげか、ラノベには抵抗が無い」
煌士の言うとある探偵物というのは、クトゥルフ神話の一環で書かれた小説の主人公の設定だ。1970年代の英国にて出版された物語だが、一言で言えば今風のラノベと考えれば良い。
主人公が若返ったり神様とタイマン張ったり美少女とイチャイチャしたり、と今の日本で出したとしても誰もそれが1970年代のものとは疑わないだろう設定が盛りだくさんだったのである。もう一度言う。これが執筆されたのは1970年代の英国である。
「ふーん・・・」
「ふむ・・・とはいえ、今のこれを考えればゲームに手を出すのも良いかもしれんな。あれはモーションアクターなどを採用しているものも多いと聞く。ならば、実際の人間に出来る動きというわけだ。魔術の補佐がある我輩達なら、ワイヤーアクションだろうと真似出来るか・・・ふむ・・・」
煌士は何故か雑談から真剣に訓練方法を考え始める。それに、浬と空也は顔を見合わせて、同時に笑った。
「ある意味すごいね、こいつ」
「あはは。いつもいつも煌士には驚かされてばかりですよ」
二人は笑い合いながら、とりあえず真剣に考えているのなら邪魔をしないほうが良いな、と煌士から少しだけ離れて休憩をすることにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日の21時からになります。




