第128話 打ち合わせ
浬達がステンノ・エウリュアレの姉妹との会合を果たしたその翌日。まぁ、当たり前の話であるがなんの用意も整っていなかった為、即座に大騒動が起きるという事はなかった。
とは言え、なんの騒動も起きなかったわけではない。この日にはランスロット・アテネ・インドラの三名と、覇王ら天道財閥の上層部に実際に行く事になる担当者として三柴・彩斗を加えた面子が、都内の某所にて会合を得ていた。
「お歴々の皆様、お久しぶりです」
覇王が代表として、頭を下げる。相手は英雄や神々だ。圧倒的に、彼らの方が格下だった。
「インドラ様。この間は藤原千方の件、感謝いたします」
覇王がまず、感謝を述べる。そうしてしばらくの間、この間の礼やここ最近はしっかりと言いつけを守って大人しくしている事などに関する話し合いがなされていく。
「まぁ、とりあえずはそれで良い。こっちにゃ興味はない・・・兎にも角にも、本題に入ってくれ。こちとら明日の授業の用意ほっぽりだしてる関係で急ぎだし、アテナイの女神は女神で宿題あるからな」
「失礼いたしました。では、本題に入らせて頂きます」
覇王はインドラの言葉を受けて、一つ頭を下げる。そうして、本題に入る事にした。
「すでにご承知であると存じ上げておりますが、改めて今回お越しいただいた事の事の次第を述べさせて頂きます・・・先の一件にて、我々では如何ともし難い敵がこの星に存在する事は身に沁みて理解致しました。しかしながら、皆様方におかれましては先年地球にて起きました一件により忙しい事は重々承知しております。そこでイギリスはケルト神話より、『影の国』の方々へと助力を依頼する流れとしたいのですが、その旨をご理解いただきたく、この場を設けさせて頂きました次第です」
覇王が要件を言い終えて、しっかりと頭を下げる。彼らは現在進行系で、日本に滞在している。そしてさらには、天神市には彼らの守護がある。それを考えた場合、どう考えても他の神話であるケルト神話の者達を招き入れる以上、彼らには筋を通しておかねばならないだろう。
「まぁ、俺についちゃ、そこはどうでも良い。所詮俺はここらの見張り役兼暫定的にブルーの奴から依頼されて守っているだけだ・・・アテネに至っちゃ、何もしない単なる監視。ランスロットは知っての通り、元々なんの縁もゆかりもない状態でここに来ただけの奴だからな。それが一時の宿としてここに居るだけだ」
御門は改めて、己達が日本に滞在している理由を述べる。そしてそれ故に日本全土を守る筋合いはランスロットを除けば本来は何処にも無いのだ。それに対して、覇王が再び頭を下げた。
「承知しております。皆様方の御好意は身に沁みて理解しております」
「それなら、構わねぇ。こちら側としちゃ、何かがある度に貴様らのお守りに駆り出される必要がない。泣き付かれても面倒だ。強いて拒絶する必要も無い。クー・フーリンの奴たぁ飲み友達でもある。そのあいつが率いてる奴らの性根なら、信頼が出来る。殊更何かを言うつもりは無い」
御門はしっかりと、『ケルト神話』の者達を呼び寄せて良い事を明言する。そもそも彼らからしてみれば、女王スカサハを筆頭にして彼ら陣営の中でも戦闘能力はトップクラスの猛者達だ。ニャルラトホテプとの一戦が確定してしまった今となっては、それらが公然とこの日本に入れる事は良い事にしか成り得ない。
「が・・・一応聞いておくが、日本の奴らとは、きちんと話はしたのか?」
「はい。それにつきましては、すでに話を付けられております・・・こちらに、天照大神様よりの感謝を記した手紙を預かっております。その中に、今回の件に関して協力を依頼する旨を記している、と伺っております」
「ふむ・・・」
御門は覇王から差し出された封書を開けて、中身を確認する。そこにはきちんとアマテラスの花押が押されており、神としての正式な書類だった。
なお、何故御門に先に渡されたのか、というとこれは神様としての格の差だ。御門ことインドラは天帝、帝釈天など別の名はあるが、それら全てで神様の王として表される。
それに対してアテネはオリュンポス十二神の一角。大幹部ではあるが、トップではない。なので一応ここに滞在している間は御門の指揮下に入っている事に対外的にはなっており、御門が優先されるのであった。
「確かに、受け取った・・・アテネ」
「はい・・・確認致しました」
御門から受け取った手紙を見て、アテネが頷く。が、それをランスロットに渡す事はない。現在、ランスロットは一応日本神話の神々の保護下という立場だ。なので彼が守るのは当然の事――ある種の対価のようなものだ――であって、感謝を改めて書類として渡す事は無いのであった。そうして、アマテラスからの書類を見た御門は頷いた。
「良いだろう。きちんと根回しをされているのなら、改めて俺達が制止するまでもないことだ」
「ありがとうございます」
「それで、交渉の目処は立てられているのか?」
とりあえずの一つの目処が立てられた事で、御門は次の話題に入らせる事にする。次の話題とは、交渉の方についてだ。
「はい。イギリス政府を介しまして、前もっての交渉は進めさせて頂いております」
「わかった」
そもそも、彼らに言いに来る段階に来ているのだ。しかも、許可を求めに来たのだ。交渉は順調に進んでいる、と見て良いだろう。そうでなければ、ここでの話し合いは交渉の援護の申し入れになるはずだろう。
ちなみに、これについてはイギリスに出向中の天道財閥の者が交渉を行っているらしい。それが上手く纏まりそうだから、というのが正確な所だ。そうなれば流石に本社の方から誰か一人は交渉役を送らねばならないだろう、というのが今回の話の流れだった。
「それで、今のところは誰が来る予定になっているんだ?」
「は・・・それにつきましては、まだ交渉中、と」
「ふむ・・・なら、アドバイスを一つ与えておこう。スカサハ・オイフェの姉妹の事は承知しているか?」
「はい」
御門の問いかけに覇王が頷く。ここらはすでに彩斗達からも報告が上げられているし、そうでなくても数年前に起きた事件を知っていれば、裏社会であれば嫌でも耳にした事のある名前だ。
「どちらかを引っ張り出せ。特に姉のスカサハを引っ張り出せるかが、肝要だ」
「それができれば、幸いと存じ上げております」
「ああ・・・その上で、更に一つ。ブルーとスカサハの関係は知っているか?」
「はい。親しくしている、と伺っております」
「ああ・・・奴に一筆頼んでおいてやろう。交渉に行くのは天音さん。あんたで間違いないな?」
「はい。お世話になります」
資料を見ながら問いかけた御門に対して、彩斗が頭を下げる。先の挨拶の折りに彩斗達がイギリスに行く事になった事はインドラ達にも伝えられており、ランスロットには改めて援護を要請されていた。
ちなみに、何故姉のスカサハなのか、というと勿論理由がある。彼女はクー・フーリンの武芸の師匠である事が有名だが、そもそもで彼女は本来魔術師なのだ。それなのに何故か武芸百般も極めているというある意味リアルチートの存在だったのであった。
というわけで、その魔術の知識は神々を除いた人類においてはほぼ最高峰の領域だ。助力を得られれば研究でも武力でも心強い味方になってくれるのであった。
「奴の手紙を持っていけ。奴の事情もあるだろうから明日とまではいかんだろうが、早い内に娘さんに学校の重要書類を偽って渡しておく。密かにとは言え会っている事を知られるのは、貴様らとしても良くないだろうからな。受け取っておけ」
「わかりました。ありがとうございます」
彩斗は再び頭を下げる。ここらは、御門らしい義侠心として誰しもに捉えられたようだ。元々御門とカイトは懇意にしている事は知られている話だ。そもそも、カイトを表舞台に引っ張り出したのが彼だ。繋がりは深い。しいて疑問には思われなかったらしい。
「では、これで良いか?」
「はい、ありがとうございました」
その後、種々の打ち合わせの後、御門が立ち上がる。それに、覇王が頭を下げた。そうして、次に彼が頭を上げた頃にはすでに三人の姿は完全に雲散霧消していたのだった。
さて、その翌日。今度は学校にて、ランスロットと彩斗が再会していた。今回は先に話し合いがあった通り、イギリスから来る客人と会う為だ。ちなみに、出迎えには桐ケ瀬が天ヶ瀬兄妹を連れて向かった。
「では、改めまして。アロン・ベンウィック。ランスロットですが・・・名刺の名前はご了承を」
「ありがとうございます・・・」
二人は一応社会人として、名刺交換などを交わしあって席に座る。今回、教頭達は来ていない。まだこれは正式な会議ではない為だ。今回は会議に先立って行う会議、というわけである。と言うかそうしないと教師である御門は兎も角、アテネが参加出来ない。
「それで、今回はありがとうございます」
「いえ。我々としても、この地が荒らされるのは良い事ではありません。なので、お気になさらず・・・それに、騎士が苦境にある方々を見捨てては騎士の名が廃る。こういう時にこそ馳せ参ぜねば、騎士ではないですよ」
感謝を述べた彩斗に対して、ランスロットは柔和な笑みを見せる。そもそも、消失した天桜学園の生徒の中には彼の教え子達だった者も含まれている。その時点で、彼が協力してもなんら可怪しい事ではなかったのだ。と、そうして少しの話し合いをしていると、彩斗のスマホに着信が入った。
「おう・・・ん、分かった。じゃあ、待ってますー・・・今、空港に着いたらしいです」
電話の相手は来日するアーサー王の使者達を迎えに行った渚からだった。どうやら、お相手が空港に到着したらしい。本来はもっと前に到着する予定だったのだが、イギリスを出る際に少しの天候不良を受けて到着も遅れてしまったのであった。
「そうですか。では、ここまでおよそ1時間程度で着きそうですね」
ランスロットが笑う。来るのはイギリスでの同僚だ。邪険にする事は無いし、それどころか心待ちにしている様子があった。そうして、一時間。種々の打ち合わせを行いながら、二人はイギリスでの行動についての打ち合わせを行っていく。
「では、とりあえずはストーン・ヘンジへ行く事になるんですか?」
「そうですね。我々の本拠地に行くには、それが一番効率が良いので・・・」
兎にも角にも、アーサー王にだけは挨拶をしなければならない。それは天道財閥も組織であり、今回は組織と組織のやり取りである以上仕方がない。浬達と接触する可能性を完全にゼロにする事は出来ない。が、そこらはズラせばどうにかなるので、あまり問題はないだろう。と、そんな風にとりあえずの一纏めが出来た時、ランスロットが笑顔を浮かべた。
「ああ、来ましたね。お久しぶりです、ベディ、アグラヴェイン卿」
「お久しぶりです、ランスロット卿」
「お久しぶりです」
やって来たのは、スーツ姿の少女と同じくスーツ姿の無骨で寡黙そうな大柄の男性だ。前者は笑顔を浮かべてランスロットに頭を下げて、後者はほぼほぼ無表情で小さく頭を下げるだけだ。そうして、その二人の横に立ったランスロットが改めて桐ケ瀬達も含めて彼らを紹介する事にする。
「ご紹介致しましょう。こちらの女性はベディヴィア卿。第二世代の騎士ですね。こちらは、アグラヴェイン卿。こちらは第一世代の騎士です。二人共、アーサー王の下で騎士をなさっておいでですが、今は表向き秘書室という部署に配属されておられます」
「ベディヴィエール卿が一子、エネヴァウク。今は公的にはベディヴィアを名乗っております。以後、お見知りおきを」
まず挨拶をしたのは、少女騎士ベディヴィア。彼女の言う通りであるのなら、彼女はアーサー王伝説にてアーサー王の最後を看取ったベディヴィエールという騎士の娘なのだろう。これは少し前にランスロットも煌士へ向けて言っていた事なので、嘘はないのだろう。
容姿としては良いと言える。彼女は少し生真面目そうな風はあるが、凛とした、というよりもどちらかと言うと純情そうな、という形容詞が似合う可憐な少女騎士だった。スーツにしても見た目があるからか、高校生がスーツを着せられている様な印象がある。勿論、慣れがあるからかきちんと似合ってはいる。が、どうしても童顔である事や背丈が少し小さい事から、社会科見学の様な印象は拭えない。
「モルガン・ル・フェイを母とし、ガウェイン卿を兄とする騎士アグラヴェイン。陛下の求めに応じて、参じました。お見知りおきを」
続けて挨拶したのは、騎士アグラヴェイン。彼はランスロットの言葉を含めて考えれば、世代交代した騎士ではなく、かつての円卓からそのまま引き続き就任しているアグラヴェインその人なのだろう。
物語としては陰湿な騎士として描かれているが、実際にはそんな事が全く見えない程に質実剛健な騎士にしか見えなかった。顔立ちは可憐なモルガンを考えればわかりにくいが、勇ましい顔立ちだ。が、表情がほぼほぼ浮かんでいないので、何処か機械的な印象を受ける騎士だった。
なお、立場を考えれば本来はアグラヴェインの方が上なのだが、今回の交渉はアーサー王その人からベディヴィアが主体となって解決する様に、と言明されており、その補佐としてアグラヴェインが任じられていたらしい。なので、挨拶はベディヴィアが先、というわけだった。
「ありがとうございます。私は天道財閥・・・」
彼らの自己紹介を受けて、彩斗が自己紹介を行い、それに続けて一同が改めて自己紹介を行う。そしてそれが終わった頃にはアテネが一応の所として顔を出して、交渉の前段階となる打ち合わせは進められたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
2017年6月4日 追記
・誤字修正
彩斗に対する問いかけなのに『天道』となっていた所を『天音』に修正しました。




