第127話 欧州大騒動の予兆
さて、アテネは始業式には間に合ったわけであるが、実のところ物凄いギリギリのタイミングでの帰国だった。どのぐらいギリギリのタイミングかというと、当日の朝にフェルの設置した非常用の扉を使って帰国するぐらいには、ギリギリだった。というわけで、そこらの事情を知る浬が放課後に驚きを露わにした。
「と言うか、びっくりしたー・・・ミナちゃん、帰ってきてたんだ」
「ええ・・・はぁ・・・あやうく、欧州のある者達にバレる所でして・・・」
アテネがため息混じりに浬の問いかけに答えた。前日まで御門からアテネは間に合わないかも、という話をされていたのだ。が、朝学校に登校してみれば普通に居て、ギリシアのお土産を配っていたのである。
ちなみに、現在この隠れ家には浬達同クラスの四人――浬・鳴海・フェル・アテネ――しかいない。空也はそもそも他校で部のミーティングがあるらしいし、煌士と詩乃は先の挨拶の件で生徒会の会合だ。
侑子はクラスの生徒と出かけるらしい。海瑠はそもそも彩音に頼まれてお使いである。モルガンとヴィヴィアンはお使いに付いていった。近所のスーパーの店主とは馴染みらしく、挨拶をしに行く、との事であった。
「バレる?」
「確かミナちゃん・・・ゼウスって神様から直々に許されてこっちに赴任していたんじゃなかったっけ」
浬に続いて鳴海が首を傾げる。彼女は確か公式に日本へ来ていたはずだ。一応、バレたり何か要らぬ事にならない様に公式としては隠されているが、それは他国の政府や他の組織に対しての話だ。大凡知っている組織らしい組織といえば日本・アメリカ・イギリスの組織の中でもかなり政府に近い組織だけである。
とは言え、それでもギリシアの神々が知らないとは思えない。であれば、普通にギリシアの神々は知っていると思う方が良いだろう。なぜバレてはいけないかわからなかったのである。
「・・・」
つぃー、とアテネが視線を逸らす。かなり言い難かったらしい。
『こここ・・・欧州におるある神々、更には北欧のスウェーデンにおるある戦乙女。これにバレると碌な事にならんのよ。大方、どいつかが何か可怪しいと気づいたんじゃろう』
アテネがはぐらかしたのを受けて、玉藻が笑いながら言及する。アテネが滞在しているのがバレると確実に文句を言いに来る神がいるらしい。
「はぁ・・・出発前にお土産を選んでいると偶然エウリュアレに見つかってしまいまして・・・更に流れでステンノに見つかり、と」
「・・・誰?」
「ゴルゴーン三姉妹の姉二人だ。有名で無い方と思え」
浬の視線を受けて答えたフェル――生徒会の会合はすっぽかした――に対して、鳴海ははっきりとわからないと明言する。
「・・・えーっと、あのミナちゃんが首ちょん切って盾にくっつけたってあれ?」
「ま、まぁそうなのですが・・・あ、今はやっていませんし、やるつもりもありませんよ」
アテネが非常になんとも言えない顔で苦笑する。が、それにカイトが呆れ混じりに首を振った。前々からずっと思っていたのである。
『つーか、お前は器小さすぎんだよなー・・・』
「女神に対してその言い様・・・昔の私なら消し飛ばしますよ」
『はぁ・・・高々ガキ一人の傲慢、流せよ』
「ガキ一人といいますが、三桁は普通に超えていますからね?」
『知ってるよ。でも神様達からすりゃ、ガキだろうに』
どうやら器の小ささと言うか杓子定規の性格がここで露わになったらしい。二人が暫くの間、言い合いを行う。言い合いと言ってもカイトが苦言を呈して、アテネがそれに反論する、という所か。その一方で浬は普通に話を進める事にしたらしい。
「で、そのステンノ様とエウリュアレ様がどうしたの?」
『こここ・・・ま、またこやつが馬鹿やって惚れられただけであろ』
「あの当時は大笑いしたな。二週間足らずで5人程口説き落としたぞ」
玉藻とフェルが二人して大笑いする。ちなみに、この二人の大笑いなので、結局何時もより楽しげに含み笑いを上げる程度だった。が、言われた浬の方は大いに驚くべき事だった。
「え゛」
『そういう男よな、あれは』
「ゼウスが思わず引くぐらいの女誑しだからな」
ドン引きする浬に対して、楽しげに玉藻とフェルが告げる。楽しくて仕方がない様子だった。と、そんな事は所詮他人事なので、鳴海は他の三人が気になった様子だった。
「・・・5人、ねぇ・・・ねぇ、後は誰?」
「北欧のブリュンヒルダ、女神スクルド、後はケルトの『影の国』の女王スカサハだ」
「ごめん。誰もわかんない」
「そうだろうな。まぁ、全員貴様らが運良ければ・・・いや、運悪ければ会えるだろう」
フェルは一度笑って言い直す。本来は会わない方が良い相手だ。が、運が悪ければ会う相手なのである。と、そんな言葉を耳にしたからか、アテネがカイトとの言い合いを終わらせて情報を開示した。
「ああ、そういえば・・・天道財閥がケルトの方々へアポイントを取っていましたよ」
「? ということは、お父さん達が?」
「そうなるでしょう。どうにも貴方の父がランスロットへアポイントを取る様子ですね」
「また出張かー・・・お父さん、きちんと休めてるかなー・・・」
アテネからの情報に、浬は少しだけここ最近働き詰めな父親への心配をにじませる。大阪から帰ってきて少しして、また出張だ。しかも今度は他国で、裏の関係だ。やはり心配するのは当然の事だったのだろう。とは言え、その前に一つの疑問があった。というわけで、鳴海が問いかける。
「で、ケルトって何処?」
「・・・あはは。何処?」
「ケルト・・・私は聞いたことある」
「「きゃあ!」」
後ろから響いた隠形鬼の声に、二人がびっくり仰天といった具合に跳びはねる。まさか居るとは思いもよらなかったのだ。
「はっはっ・・・びっくりしたー」
「で、出て来るなら言ってよ・・・」
「ぶい」
浬と鳴海は二人して、隠形鬼へと抗議の声を上げる。危うくドリンクを取り落としそうになっていた。が、それに対して隠形鬼は眠そうな感じでVサインをしていた。
『よう。偵察サンキュ』
「ん・・・これ、報告書」
『サンキュ・・・』
「どれ・・・」
隠形鬼から手渡された報告書を、フェル達は三人で確認する。流石に図書館の司書の仕事はそう簡単に空きが出る仕事ではないらしく、当分は事情も事情とてカイトの配下で密偵の仕事に重点を置き動く事にしていたらしい。水鬼は千方が封印された為、身の振り方を考えているらしい。カイトが調略中との事だった。
「・・・なるほど。浬、貴様の父のチームがイギリスへ行く事で確定らしいな。責任者の三柴というのは知り合いか?」
「三柴のおじさん? 知ってるけど・・・あ、そっか。お姉ちゃん天桜で先生やってる、ってお兄ちゃん言ってたっけ・・・」
浬はそう言えば、と父の上司の事を思い出す。大阪時代の直属の上司で、家族ぐるみの付き合いのある相手だ。なので浬もお年玉を貰ったりとよくしてもらっており、彼とも懇意にしていたのである。なお、お姉ちゃんというのはその三柴の娘の事だ。大阪時代からの付き合いの為、姉と呼んで慕っているらしい。
「そうか。まぁ、その男が責任者でその線で貴様の父を同行者として選んだらしい。その関係で天道の者と打ち合わせになるらしい」
「来るのは・・・ああ、ベディヴィア殿と他数人ですか。社長室付きの秘書ですから、当然といえば当然ですか」
フェルに続けて、アテネが報告書を読み上げる。どうやら、持ってきた報告書は天道財閥の内部を内偵した情報の様子らしい。
「私は・・・参加した方が良いでしょうね」
「だろう。貴様にも確実に声が掛かるはずだ。ケルトの奴らを招く事になるのだからな。おそらく、今頃伝令が向かっているのだろう」
「そうなの?」
「天道家は把握していますからね」
アテネはそう言うと、直近の予定を確認する。とりあえず、明日は二学期初の風紀委員の初会合があるぐらいで、当分はまだ新学期ということで慣らし運転が多い。なんとかなりそうであった。
「さて・・・そうなると・・・あら?」
そうなるとどうするべきか。それを考えようとした所に、アテネのスマホに電話が入ってきた。
「はい、何でしょうか」
『・・・アテネ様? 今何処にいらっしゃるのでしょうか?』
「・・・あ」
アテネの表情が凍り付く。その声の主は、彼女と物凄く仲が悪い相手だった。具体的には、犬猿の仲よりも更に悪い仲と言える。とは言え、即座にアテネは我を取り戻して、平静を装った。
「いえ、アテネの自室です」
『へー・・・じゃあ、一枚見て欲しい写真があるのですけれど』
「はい」
アテネが額から冷や汗を流す。と、その次の瞬間。部屋の扉を蹴破る音が響いた。
「「これはどういうこと!?」」
入ってきたのは、まるで双子かという程に似ている二人だ。二人共美少女で、碧色の瞳と髪色が印象的だった。年の頃は高校生程度。スタイルとしては、出る所は出ていて、引っ込む所はしっかりと引っ込んでいた。顔立ちは愛らしく、万人に愛される様な顔立ちだ。が、今は眦を怒らせているので、台無しである。
そんな彼女らの片方の手にはスマホが握られていて、そこには一枚の写真、アテネと誰かが取ったらしい写真が表示されていた。
場所はどう考えても日本だ。というわけで、どうにもこうにも遂に欧州の神々に彼女がこちらに居る事が露呈してしまった様子だった。と、そんな二人にカイトが笑いながら声を掛けた。
『よぅ、二人共。とりあえず久しぶり』
「あら・・・」
「まぁ・・・」
先程までの剣幕は何処へやら、二人が一気に怒髪天を突く表情を一気に女神として取り繕う。そうして、おしとやかな様子でスカートの裾を持ち上げた。
「これは失礼しました、英雄殿」
「御前をお騒がせいたしました」
柔和な笑顔でカイトに対して、二人が頭を下げる。
『いや、そこまで畏まってくれるなよ。これは所詮使い魔。本体でもなんでもないしな』
「それでも、貴方の精神そのものは英雄殿のそれ」
「謂わば絵ではありますが、敬うに値する物でしょう」
苦笑したカイトに対して、二人は首を振る。
「噂をすればなんとやら、か。この二人がステンノとエウリュアレだ」
「お久しぶりです、かつての大天使の長よ」
フェルの紹介を受けて、浬達にはどちらかはわからないが頭を下げる。それほどまでに、二人は似ていた。が、やはり少しの差はあるらしく、見る者が見れば、わかるらしい。フェルの言葉に迷いは無かった。
「ステンノ。わざわざ扉を通ってどうした?」
「はい・・・現在、日本は不可侵条約が結ばれて・・・御身は知りませんか」
「知らんな」
何処か呆れ混じりのステンノの言葉に、フェルが当たり前だと言わんばかりに首を振る。彼女はそんなものがあろうと気にしない。一方の浬らも不可侵条約とは一体なんぞや、と思うが、聞ける雰囲気ではなかった。とは言え、話してはくれた。
「現在、日本に何処かの女神が入ればそれだけで大揉めの原因・・・それを他ならぬアテネ殿が破れば、それは怒鳴り込みもしましょう」
「お、大揉め・・・」
浬と鳴海が頬を引き攣らせる。カイトがどれだけの事をしたのか最早想像が付かなかったらしい。が、現にステンノとエウリュアレは怒鳴り込みに来た。何よりもの証明だった。
「ふむ・・・ということは今頃ブリュンヒルダの奴にも露呈していると考えるのが筋か」
「ええ・・・当人も相当気を揉んでいましたが・・・流石に職務があります故、スクルド殿がお止めになりました。更にはジークフリート殿もやんわりとお止めに」
ステンノは続けて、欧州で起きている状況を伝える。ここら、ここ当分忙しくて誰もキズナにアクセスしないことが痛かった。誰もわからないのである。
「ふむ・・・揉めるか」
「というよりも、揉めております」
「やれやれ・・・どいつもこいつも見境いのない」
スマホを取り出したフェルは、現在のネットの状況を見てため息を吐いた。そこには小規模ではない祭りが起きていた。放置していたらこれだ。少々、ニャルラトホテプの一件で放置しすぎていたのだろう。
「おい、アテネ。貴様これは何処で撮った物だ?」
「・・・これは・・・ああ、風紀委員の子と懇親会の写真ですね。ネットに上げるとは・・・」
アテネが苦笑気味に、何処で撮影された物なのか理解する。彼女はそもそもで軍神。こういった付き合いは怠らない。部隊の中の懇親を深める事の重要性を理解しているからだ。
が、それ故にネットで写真が投稿される事は止められなかったのである。どうやら、何らかのつながりで回り回って、ここにまでたどり着いたのだろう。
後にわかった事だが、どうやら風紀委員の中に高校で海外留学を考えている者が居たらしい。そのことでアテネも良く相談されて、良く知っている少女だった。
どうやら彼女もキズナを使って国際的なサーバーにアクセスしてるらしく、アテネ在住の知り合いにアテネの事を知らないか問いかけた所、回り回ってこの二人の所にまで、というわけであった。
「はぁ・・・貴様、少しは注意しろ・・・と言いたいが流石に無理か。こうやって学校に居る以上はな」
「・・・少々、お待ちを」
「学校に居る?」
ステンノが制止して、エウリュアレが問いかける。どちらも何処か剣呑な雰囲気を孕んでいた。そうして、二人がアテネを睨みつける。が、それにアテネはつぃー、と視線をずらした。
「・・・」
「「・・・」」
「・・・」
「「・・・」」
三度程、アテネがずらした視線の先に二柱の女神が移動して、という事が続く。どうやら詳細までは知らなかったらしい。と言うか聞けばついさっき聞いた所だ、との事である。勢い余って出て来たのだろう。
「どういうことでしょうか、アテネ様」
「事と次第に応じては、タダではすましませんよ?」
二人の身体にごごごごご、と強烈な魔力が蓄積されていく。そうして、ステンノが幅広の刀を取り出して、エウリュアレは眼前に何らかの魔術を展開していく。
なお、この点でフェル達には見分けられるそうだ。ステンノは武術を修めていて、エウリュアレは魔術を修めているらしい。なので、身のこなしや体格に僅かな差があるとのことだ。まぁ、それはさておき。流石にこれは申し訳ないと言うか自分に非がある事がわかっているらしく、アテネが弁明を入れた。
「しょ、しょうがなかったのです。そもそも天神市は荒れ果てていましたし、何より海瑠くんが・・・」
「海瑠?」
「おい、馬鹿」
アテネの滞在の理由の一端に海瑠が入っていた事を知らされて、流石に浬が反応する。フェルも止めたがもうやってしまったものは仕方がない。
「あ・・・申し訳ありません」
「はぁ・・・奴は・・・まだ帰ってきていないな。なら、良しか」
「ねぇ、海瑠がどうしたの?」
浬が不安げに問いかける。それに、海瑠がまだお使いの真っ最中である事を確認したフェルが、アテネに先を促した。
「あの魔眼。かなり可怪しいのです」
「可怪しい?」
「父の聖獣・・・あの時の事をご存知ですか?」
「そりゃ、私も居たし・・・」
アテネに問われて、浬が頷く。あの時、彼女もあそこに居たのだ。そしてそれが、ほぼほぼ全ての発端だ。だが、何が可怪しいかわからなかった。
「・・・あの当時。一切海瑠くんは魔眼を使いこなしていませんでした」
「そりゃ、まぁ・・・」
「なのに、父の聖獣の転移を見切った。あり得ないのです」
「どういうこと?」
「魔眼が活性化していないのにも関わらず、彼は転移の兆候を見抜いた・・・転移術の兆候を見切るのは超級の戦士でさえ、困難な事なのです。私達クラスの猛者、と言えば皆さんにもわかりますか? ヘラクレスら知られた英雄達の技量で初めて、成し得る事なのです」
「え?」
超級の戦士でさえ無理。だと言うのに、海瑠は魔眼を使えなくとも見抜いてしまったのだ。彼女がおかしさを感じるのが無理無い事だった。そして、そう言われてステンノとエウリュアレも納得せざるを得なかった。
「なるほど・・・事態は理解しました。確かに、アテネ殿が来られても不思議はない事態・・・ですが、それで何ら解決にもなりはしません」
「我々も、こちらに滞在させて頂きます」
「は?」
アテネが顔を顰める。何を言っているのだ。そう言う感じだった。
「当然でしょう。ブリュンヒルダは止まらない。となれば、オーディン殿は抑え役としてスクルド殿を派遣されるでしょう。アテネは滞在を確定させている。更にはスカサハ様の所にも使者が行くという。日本に行くのも吝かではない、という返答を持つ彼女の地へと。見過ごせるわけがありません」
『はぁ・・・』
「はぁ・・・」
カイトとフェルが同時に、ため息を吐いた。スカサハが来る云々は初耳だったが、どうやらその流れで進んでいるのだろう。そして、同時期にカイトに惚れた二人がこうなのだ。こうなれば二人も動かざるを得ないだろう。
「やれやれ・・・どうせ言っても聞かん。好きにしろ・・・が、わかっていると思うが、秘密裏に、だ。使うルートはエアと同じルートを使え」
「「有難うございます」」
フェルの許可に、ステンノとエウリュアレは女神として丁寧に頭を下げる。そうして急いで用意を整える事にしたらしくその場を去る事にしたらしいが、最後にアテネを睨みつけていた。そんな二人に、カイトが苦笑する。
『やれやれ・・・やはり仲は治らんか』
「治るはずもないだろう」
カイトと同じように、フェルも苦笑する。アテネは二人の妹を殺した一件に多大な影響を与えている。である以上、神々の中でもかなり恨まれていると考えて良いだろう。で、彼女らの復帰がここ数年の事である以上、まだ水に流す事は出来ないだろう。カイトが間に立って、なんとか成立していると見るべきだった。そうして、騒動は欧州全体へと波及していく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回投稿は来週土曜日の21時になります。




