第126話 修学旅行のお知らせ
さて、フェル達がアメリカとの折衝を行うより少し前。夏休みも終盤になり、ランスロットは公として天神市立第8中学校の職員室へと顔を出していた。
「教頭先生、お久しぶりです。この節はありがとうございました」
ランスロットはとりあえず復帰の為に挨拶に来ていたのだ。勿論、半年の間のことはきちんとメールで受け取っていたし、天桜学園消失前にはカイトの本体からもきちんと定期的な報告を受けていた。なので業務に支障をきたす事はない。単に復帰するので挨拶を、というだけだ。が、それ以外にも理由があった。
「ええ、お久しぶりです・・・あー・・・こういうのもなんですが、大丈夫だったのですか?」
「ええ。私も教え子がかわいいですからね」
教頭の問いかけに、ランスロットが笑顔で頷いた。天桜学園の一件で予定を遅らせたり予定をキャンセルしたりする者は多いが、逆に予定を早めて帰還した者はほとんど居ない。それ故の問いかけだった。そうして、少しの間ランスロットは教頭と挨拶を交わし合う。が、それも少しの所で本題に入る事にした。
「それで、修学旅行の件についてはメールで御門先生から窺っています」
「ええ・・・本当に悩ましい話でして・・・」
教頭はランスロットの言葉に、何ら演技でもなく真剣に頭を悩ませる。世界中で大混乱が起きていたし、天神市の周辺は一時封鎖になった事もある。風評被害も甚だしいが、修学旅行の先方に断られてしまったのだ。
とは言え、向こうとて事情在りきのお話だった。どうにも、旅行先を地元とする少し有名な政治家が天神市からの旅行者を受け入れる事に難色を示したらしい。勿論、中学校以外の旅行者も含めて、だ。理由は色々と言っている様子だが、懇意にしているが故にこちらには暗に教えてくれていたらしい。
更に詳しく調べると、どうやらその政治家は魔術を知っている様子で、天道財閥が何か恨みを買ったのではないか、と怯えていたらしい。天神市に関係する学校――と言うか煌士――を受け入れたら狙われるかも、と疑心暗鬼に陥って圧力を掛けてキャンセルさせたそうだ。
現在の日本の状況に更には未知の現象という事情、カイト達さえ対処出来なかったという事実。流石にカイト達も混乱しすぎだろうと腹を立てた事は腹を立てたが、彼の言い分を否定する術が無かった上に当時の状況では仕方がない、と諦めるしかなかった。こういう混乱はあの当時、そんな珍しい話ではなかったからだ。と言うより、この程度で済んだのが良い事、と捉えるべきかもしれない。
とは言え、流石にタダでは終わらせる事はなく、今回の費用の一部――学生達の負担分――は日本政府を通してこの政治家に負担してもらう事にしていた。今頃は別の意味で青ざめている事だろう。
「はい・・・窺っております。それで、メールした件についてはお考え頂けましたでしょうか」
「ええ・・・ですが本当によろしいのですか?」
「さぁ・・・流石に私も詳しい事は知らないのですが・・・」
ランスロットはあくまでもその担当者から聞いた、という体を装う為に少しだけ、困った風な顔を見せる。あくまでも、これは偶然や好意でなされている事とするべきなのだ。幾つもの意図が絡み合っている事は知らせるべきではない。
「先方の社長が2年前にフランスへ行った時の事を大変恩義に考えておられるらしく、ここで見過ごしては自分としてどうなのだ、とおっしゃっているご様子。今回も前回と同じくパンフレット制作に協力する事を条件にどうか、と仰っているらしいです」
「ふぅむ・・・」
ランスロットからの言葉に、教頭が悩ましげに眉間に皺を作る。勿論、これは渡りに船の申し出だ。受け入れたい事は受け入れたい話だ。
修学旅行は9月の下旬に予定されている。だというのに、現状でさえ日程も然りで行き先一つ決められていないのだ。保護者会には子供達の動揺を抑える為、としてなんとか口止めしてもらって他の保護者達には一応現在調整中で話を通しているが、そろそろ何か通達を出さねば拙い頃合いだった。
更に悪い事に、保護者会に所属する親を持つ子供の中でもすでに耳の早い者は察している。そろそろ、何らかの通達は出さねばならない時期だった。
「ふぅ・・・とは言え、今からとなると、始業式の後の何処かでパスポートを取得してもらわねばなりませんし・・・うーん・・・」
厄介な話だと教頭は思う。行き先を国内にしてもらえれば、と思うが、先方の申し出では今回はイギリスへの旅行を申し出ているらしい。
申し出たのは海外の企業の日本支社だ。日本国内の旅行は取り扱っているが、残念ながらそこの会社での国内旅行の空きは無いらしい。天桜学園消失で一時期的に出たキャンセルが今になり復帰し始め、振り戻しでキャンセル待ちが発生しているのであった。
教頭達が修学旅行先を選定出来ないのも、ここらの事情があった。他にも多くの学校が修学旅行を延期した関係で我先にと予約を埋めており、まとまって宿泊出来るホテルを確保出来ないのだ。
そこに、この申し出だ。非常に有り難い事は有り難い。内容としてはイギリスでのツアーパックの企画が持ち上がっていて、その資料を作る為に協力が欲しい、との申し出だった。
「はぁ・・・一日、特例として何処かで午前までの授業にして、パスポートを受け取ってもらうしかありませんか・・・」
「そうするしかないかと・・・」
ランスロットと教頭は少し苦笑気味に笑い合う。これから今回の申し出をくれた企業と打ち合わせした所で、どうあがいても夏休みは終わってしまう。そこから通知を出した所で修学旅行まで一ヶ月もない。
となると、何処かで平日を空けてパスポートを取りに行かねばならない――パスポートは代理人の受取不可――のだ。流石に修学旅行無しは教師として承服し難い。とはいえ、今から国内を探すのも些か厳しい段階だ。生徒達の為を思えば、この処置は仕方がないだろう。
「・・・はぁ。仕方がないですね。わかりました。明日の職員会議で一度議題にしましょう」
「お願いします・・・こちらはこの感触を先方へと一度メールをさせていただきます。あまり遅くなっても失礼ですからね」
「お願いします・・・ああ、アロン先生はこれからどうされるんですか?」
「ああ、今日はそもそも本来出勤する予定では無かったですからね。今回は急な帰国でしたし、友人を介して先方と知り合いましたのでそこらの色々なやり取りをさせて頂くつもりです。前の写真家の方ですよ」
「ああ・・・確かケイさん・・・でしたか?」
「ええ。彼はどうにも今代の社長と古馴染みらしいです。彼と連絡を・・・それに、市役所への手続き等もありますからね。実は昨日帰国してすぐでしたので、まだ行けていないんですよ」
「そうですか・・・それはわざわざ有り難うございました。では、また明日」
「はい」
教頭の言葉を受けて、ランスロットが立ち上がる。本来、まだ彼の出勤日ではないのだ。と言うかそもそも本来は教師に復帰する時期ではない。修学旅行にも参加しない予定だったのだ。色々と無理を言った結果、教育委員会――更にはその裏の天道財閥と日本政府――の圧力によって復帰が決まっただけだ。
というわけで、ランスロットはとりあえずの好感触を得ると、家に帰ると見せかけて隠れ家へと顔を出す事にする。
「ふぅ・・・なんとか、まとまりそうですね」
「おつかれ」
「ああ、有難うございます」
ランスロットは御門から投げ渡されたミネラルウォーターの蓋を開ける。そうして、椅子に腰掛けた。ちなみに、御門は普通に出勤日なので職員室には使い魔を向かわせていた。
「なんとか、か」
「ええ・・・とりあえず社長室付きの秘書の誰かが来日される事にはなっています・・・ええ、まぁその程度なのですが」
「なんとかなられたのですか?」
「ええ、なんとか・・・」
煌士の問いかけに、ランスロットが頷いた。なお、部活の最後の大会が終了した為か、浬達もこれからはこちらをメインにして顔を出す事になった様子だ。流石に地球の命運が懸かってしまっては仕方がない。
「ということは・・・」
「イギリス旅行?」
浬と鳴海が顔を見合わせる。海外旅行なぞしたことがなかったらしい。
「ええ・・・一応、そう言うふうに組み立てています」
「「よっしゃー!」」
すぱん、という音が鳴り響いた。浬と鳴海がハイタッチで応じあったのだ。まさかこんな所でタダで――厳密にはタダではないが――海外旅行が経験出来るとは思わなかったらしい。
「やれやれ・・・」
「まぁ、変に落ち込まれるより良いでしょう。それに、目先の事ではありませんしね」
現金と言えば現金な二人の様子に、御門もランスロットも苦笑する。実のところ、二人はもう慣れたらしい。ひっきりなしに生命を狙われるのだ。諦めた方が随分良いと本能的に理解してしまったらしい。
そして、それが正解だ。悩むだけ無駄。ニャルラトホテプに目を付けられた時点で諦めるしかないのである。と、そこに煌士が問いかけた。彼も詳しい話は知らないのだ。
「それは・・・そうですね。それで、アロン先生。結局はどういうプランになるのですか?」
「そうですね・・・一応、今度ベディ・・・ベディヴィア卿が来られる予定です」
「ベディヴィア・・・隻腕のベディヴィエール卿ですか!? アーサー王の最後を看取り、そしてかの聖剣を返却されたという騎士!」
「ええ・・・いえ、少し語弊はありますけどね」
煌士の興奮した様子に、ランスロットが苦笑する。彼はアメリカで育った事からか、西洋の方の神話にかなり明るい。更にはそういうわけなので、ヨーロッパやアメリカではかなりの知名度を誇る『アーサー王伝説』や『クトゥルフ神話』に憧れているわけであった。
ちなみに、煌士が中二病全盛期の頃には生徒会を円卓の騎士だのと喩えていた事があったが、その時のランスロットは非常に照れくさそうにしていたのは、その時の彼だけの秘密である。今の煌士にしても流石に本物のランスロットの前でそれは言えない、と撤回したそうである。
「語弊?」
「ベディヴィエール卿も確かにご存命ですが、私はベディヴィア卿、と」
「違うのですか?」
「今は彼の娘、エネヴァウクがベディヴィア卿を名乗っているのですよ」
煌士の疑問に対して、ランスロットが現在の円卓の内情を語る。更に突っ込んだ話を聞くと、どうやら煌士が思い浮かべたベディヴィエールとやらは今は騎士としては跡目を譲り、当人は教官役として他の騎士達の訓練をしたり調整をしたり、としているらしい。
「多いですよ、こういうのは・・・ユーウェイン卿は息子に譲られましたし、トリスタン卿も娘に譲られましたね。時と共に、我らラウンズも変わっていくのでしょう・・・まぁ、数年前まで円卓から・・・いえ、アーサーから逃げていた私が言うべきではないのかもしれないですけどね」
何処か懐かしげに、そして親しげにランスロットが語る。そこにはその円卓を破壊した事に対する痛みは無く、少しの茶目っ気があった。
「はぁ・・・」
「あはは。すいません、煌士くんに言っても仕方がない事ですね」
「いえ」
正真正銘言われた所でどうすることも出来ないのだが、流石にそうだとは言えなかった煌士が首を振る。とは言え、それで良い。これは偶然にこぼれ出ただけだ。
「さて・・・では、私はアーサーとのやり取りに入るつもりです。あ、煌士くん。パスポート等は?」
「あ、この間アメリカに出かけていましたので・・・」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。では、少し席を外します」
ランスロットは煌士の言葉に彼がアメリカに居た事を思い出して、そのまま立ち上がって、アーサー王達とのやり取りに戻る事にするのだった。
そんな話から、数日。アテネがかなり慌ただしく日本に帰還して始業式が始まった日。ランスロットがアロン先生として復帰して御門との二人態勢になって、修学旅行のお知らせが入る事となる。
「というわけでして、一応皆さんには何処かでパスポートを取りに行ってもらう事になると思います」
「「「うおっしゃー!」」」
教室で割れんばかりの歓声があがる。親たちは知らなくても実は小耳に挟んだりして事情は伝わっており、修学旅行どうなるのだろう、と思っていた生徒は実は結構多いらしい。そこに来てこのおまけ付き――午前のみの半休――の朗報だ。大いに喜んでいた。
「はい、皆さん静かに」
「おーい、静かにしろー」
御門とランスロットは二人で、一気にざわめく生徒達を窘める。とは言え、これはこの教室だけではなく、同じ階層にある他の3年生の教室でも同じ事だ。そして、行き先が告げられただけでまだ色々と告げなければならない事は告げられていない。
「と、言うわけでして、2年前と同じ会社の方がご協力下さる事になっています。知っている方は知っているかもしれませんね。ですので、生徒会の方には当時と同じく一度ご挨拶に窺ってもらう事になると思います。鳴海さんはそこの所、ご注意をお願いします」
ランスロットは改めて、一同に今回の事情を語る。勿論、パンフレットの撮影の事についても語った。まぁ、大半ここらはどうでも良い事と考えられていた様子だ。なのでほぼ全員がスルーしていた。そうして、この日一日はこの話題でほぼほぼ何ら授業になることもなく、一日が終了するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




