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第10話 もう一つの始まり

『あんたは・・・誰?』


 そう聞いたのは、何時の事だっただろう。あの時、僕は確かに、未知なる存在への恐怖に震えていた。


『は? いや、誰って・・・お前の兄貴だろ?』


 その答えを聞いて、それを否定したのは何時の事だっただろう。あの時は皆彼が兄だと信じているその世界が、怖かった。こんなにも違うのに、何故、皆彼の事を兄だと思うのだろう。それが、僕には理解出来なかった。


『違う! お兄ちゃんはお前じゃない!』

『え?』

『だってお兄ちゃんはあんたみたいな人じゃ無かった!』


 僕が絶叫して、兄だと皆が言う人物から逃げ出したのは、何時の事だっただろう。海瑠はそれを夢の中で追憶する。

 そうして、必死で逃げて、僕は山の中に入った。当たり前だが、その当時の僕は今よりも遥かに幼く、いや、まあ、今もだけど、弱かった。だから、その結末は当たり前だったと思う。


『・・・あ』

『・・・よぉ。起きたな』

『離せ! どけってば!』

『離すかよ。親父も母さんも心配してるぞ』


 山の中を必死で駆けまわって、彼から出来るだけ遠くへ逃げようとして。そうして夜になってついに帰り道さえ失って、雨の中ぬかるんだ地面に足を取られて転んで気絶したのだ。そうして、次に目覚めたのは、逃げていた彼の背中の上だった。


『お前のお母さんじゃ無い! お前もお兄ちゃんなんかじゃない!』


 僕は何度も、何度もその背中を打ち付けた。でも、逃げることは出来なかった。彼が離さなかったからだ。だけど、少しだけ、その背中が震えた事は分かった。


『はぁ・・・はぁ・・・』


 でも、それでも。僕は殴る事をやめなかった。それぐらいに、兄に似た彼が、怖かった。いや、それ以上に、誰もが兄と疑わない、という事は、裏返せば自分の知る兄が死んでしまって、そこに入り込まれたのでは無いか、という恐怖があったからだ。

 そうして何度も彼を殴りつけて、ついに疲れ果て、僕は抵抗する力を失った。それから暫くの沈黙の後、ただただ殴られていただけの彼が、口を開いた。


『・・・そっか。そういえばそうだったよな』


 何を思い出したのか。それは、今の僕にもわからない。だが、それは納得が行く物だったのだろう。そうして、彼が語り始めた。


『・・・なあ、海瑠』


 彼の声が少しだけ辛そうだ、と僕はその時気付いた。そうして同時に、彼はおそらく真実、兄なんだろうな、ということも。


『信じらんねえかもしれないけど、さ・・・オレはカイトだ』


 こちらを向くことも無く、兄らしき人物が告げる。その背中は大きいはずなのに小さくて、僕の重さでは無い理由で少しだけ俯いている様な気がした。


『そこ、雨宿り出来そうだから』


 兄らしき人物は、森の中にぽつんとあった木陰に入り、僕を下ろした。地面は濡れていたけど、それ以前にもう全身ぐしょぐしょだったから、気にはならなかった。だけど、その瞬間、僕の右足に痛みが走った。

 その痛みに、僕は顔を顰めた。でも、絶対に声は出そうと思わなかった。気付けば、何をされるかわからない、とまだ怖かったからだ。でも、そんな一瞬の変化でも、彼は見逃さなかった。


『・・・捻挫、してるな。動くなよ』


 兄らしき人物は、小さく意識を集中すると手のひらを僕の右足にかざした。すると、不思議な事に痛みが引いていき、動かせる程度になっていた。

 この時何かが光り輝いたように見えたけど、今でもそれが見間違いなのかなんなのかは、分かってはいない。少し後に兄に何度も聞いたけど、濡れてたから髪を伝った光の反射でそう見えただけだろう、って言われただけだった。そうして、不思議な治療らしき行為の後、雨に打たれた身体が冷えて、くしゃみをした。


『くしゅん』

『寒いか?』

『・・・うん』


 僕の返事を聞いて、兄らしき人物が行動を起こした。彼は何処からともなく石を二つ持って来て、どうやってか湿っている筈の木々に火を点けたのだ。石は後で聞いたら、火打ち石、という物らしい。

 何故そんな物を持っているのか、と聞いたら、小学校の林間学校で出来なくて悔しかったから自分で買った、と言われた。嘘だな、と今でも思うけど、その頃には、まあどうでも良い、と思えたから、こっちは詳しくは聞かなかった。

 そうして、直ぐに種火は焚き火となる。あまりの手際の良さに僕が目を丸くしていると、そんな僕に兄らしき人物は微笑んで、頷いた。


『最近持っててよかった旅道具、てな・・・ま、昔取った杵柄・・・いや、三つ子の魂百まで、か? まあ、でもこれでいいだろ。ちょっと待ってろ。母さんに電話する』


 兄らしき人物はスマホを取り出して、家に連絡する。そうして少し兄らしき人物は困った様な顔をしていたが、自分を見つけたという事を告げると、二言三言話して、電話を切った。


『親父がカンカンだ・・・とりあえず、雨宿りして帰るから、って伝えといた』


 電話を切って、兄らしき人物が少し苦笑して告げる。そうして告げられたことに、自分は少しだけ、申し訳なく思った。家族には心配を掛けてるだろうな、と落ち着いて、思ったのだ。

 案の定の結末に、あの頃の自分は馬鹿だった、と今でも時折恥ずかしくなる。それからしばらく二人共黙ってたけど、少しして、兄らしき人物が問いかけてきた。


『・・・やっぱ、違うか?』


 それは何処か仕方がないと諦めているようだ、と今の僕は思う。だが、そんな自分でも、その当時に出来たのは、それに対する慰めでは無く、肯定だった。


『・・・うん』

『やっぱり、か・・・』


 辛そうに、兄らしき人物が溜め息を吐いた。どうやら、彼もそうだろうな、と思っていたようだ。そうして、少しの沈黙の後、兄らしき人物が口を開いた。


『変わったのって、一ヶ月前だろ?』

『・・・うん。お兄ちゃんは虹色だった。あんたも虹色だけど、違う』

『・・・魔眼持ち、か。はぁ・・・なんで弟の事なのにきちんと見てなかったんだよ、馬鹿・・・』


 俯き、膝を抱えた兄らしき人物の、忌々しげな声が聞こえてきた。それは、自分の不甲斐なさに怒っているようだった。


『魔眼?』

『・・・知らない方が良い。いや、知らないでくれ・・・』


 本当なのだろう、とあの時の兄の何処か願うような表情に、僕はそれを感じ取った。兄らしき人物の顔には、何処か知らないで済みます様に、との願いが込められている様に見えたのだ。

 そうして、兄らしき人物が意を決したように、立ち上がる。僕はそれに少しだけ警戒するが、彼は僕に何かをするわけでは無かった。自分の今の隠すことの無い姿を、見せようとしたのだ。


『・・・見とけ』


 兄らしき人物が、告げる。そうして、変化が現れた。それが何だったのか、今の僕には思い出せない。だけど、一つ確信出来た事がある。兄らしき人物は、やはり、兄らしき人物なのだ、ということだった。


『やっぱり、あんたはお兄ちゃんじゃない』

『・・・そう・・・なのかもな』


 兄らしき人物は、少し辛そうに、僕の言葉を認める。その顔は、今思うと、泣き笑いに近かった様な気がする。そうして、彼は再び座り、膝を抱えた。


『・・・色々、あった・・・オレはあんたの養子で、皆の仲間だ。一番ガキだからって、置いてこうとすんな・・・意地で動こうとしても、動けなくて。必死で抗っても、出来たのは目の前で消えていくあの人達を見ているだけで・・・それが、許せなくて。そして、あの人達を奪ったあいつが許せなくて・・・ユリィに止めてもらって、シャルに教えてもらったのに、忘れて失って。それが悔しくて、でも、もうどうしようもなくて・・・』


 ぱちぱちという焚き火の音と、大分と小さくなった雨音、そして小さく、何処か遠くを見つめる兄らしき人物の独白だけが響く。僕は、それを聞いているだけしか、出来なかった。


『それでも、泣いてるユリィに謝りたくて。今まで一緒に居てくれてありがとう、ってお礼が言いたくて。オレと全部が終わっても一緒に居たいから、って願ったシャルの願いを裏切って。それにごめんな、って謝らないと、って思って・・・だから・・・だから、オレは変わるしかなかった・・・』


 『ユリィ』と『シャル』という人物が誰なのか、それは今でも僕にはわからない。だが、兄らしき人物がとても大切にしていたのだとわかった。


『そっか、そうだよな・・・変わったのは、オレの馬鹿の所為で、オレは変わっちまってたんだよな・・・悪い・・・やっぱ、オレはお前の知ってる兄貴じゃねえや』


 ぶっきらぼうに告げて顔を上げた兄の顔には、涙が見えた。だが、それこそが。僕には兄の証だった。ここで泣いている兄こそが、真実兄で。何があったのかは、今の僕にもわからない。でも、確かに。


『・・・ううん。多分、お兄ちゃんだよ』


 そう。確かに、兄だった。何故、そう思ったのか。兄らしき人物が悲しくて泣いている時に見えた光の特徴が、兄と同じであったのだ。それは何よりも、兄と認められる証拠だった。


『ごめ・・・んなさい・・・ごべんなざい!』


 ここから先はあまり思い出したくない記憶だった。兄を兄と認められれば、次に訪れたのは申し訳無さと、不安から開放された安堵だった。僕はそのまま兄に抱きついて、大声を上げて泣き始めた。

 兄は、兄自身が変わった事を理解していたのだ。それでも、なんとか頑張って家族として振る舞っていたのだ。だが、そこに僕が違うと指摘してしまった。

 不安だったのだろう。その後もずっと兄と一緒だが、ここまで不安な兄の姿を見たのは、後にも先にもこの時だけだった。そして、兄が不安と安堵に涙を流したのも。


『よ、起きたな』


 泣き疲れて眠ってしまった僕が次に目を覚ましたのは、また、兄の背中の上だった。だが、次に乗った兄の背中は、今と変わらない力強さがあった。

 そして、僕の方にも得体のしれない背中に対する恐怖ではなく、兄に泣いている自分を見られたこっ恥ずかしさだけしか、なかった。なので、今度は恥ずかしさでそっぽを向くしかなかった。


『・・・あ』


 そんな僕だったけど、兄の問い掛けに答えたのは、お腹の音だった。よくよく思い出せば、夜ご飯は食べていなかった。

 皆に迷惑は掛けられない、って思って問いかけるのが兄が一人となった瞬間を見計らった為、学校から兄が帰宅する直前だったのだ。しかもそれから数時間延々と走り回れば、お腹が空くのは、当然だった。


『帰ったら、親父に怒られるぞ。母さんには謝っとけ』

『・・・うん・・・ねえ』

『ん? なんだ?』

『何時か、さ。お兄ちゃんが変わった理由、教えてくれる?』


 その問いかけに、兄は少しだけ逡巡していた。僕には一瞬に思えたが、おそらく、兄にはかなり長い時間考えた様に見えた。


『・・・ああ。何時か、な』

『・・・うん。何時か、ね』


 何処か困ったような兄の言葉に、僕は兄の背中で少し楽しげに頷く。そうして、暫くの間沈黙が下りる。もう雨は上がっていた。そして再び口を開いたのは、やはり先と同じく兄だった。


『・・・もし。もしオレが居なくなったら。お前が守れ』

『・・・え?』

『居なくなるつもりは無い。でも・・・万が一、だ。もし、オレになんかあったら、お前が家族を守れよ。男の子、だろ? 大丈夫だって。それまでは、オレが守ってやるから。オレは強いからな』


 その時の兄は、少し可怪しい様で、可怪しくは無かった。多分、兄はその時、今の僕にもわからない何かを知っていたのだろう。だから、僕はその兄の決意を受け取って、代わりに自分の決意を返した。


『・・・うん。じゃあ、その代わり、もし僕がそれだけの力を手に入れられたらさ。さっきの約束、守ってよ』

『おう、いいぞ』

『男と男の約束、だよ』


 それを最後に、自分は兄の背から降りる。少し動かしても見たが、右足に痛みは無かった。そうして、自分は笑みを浮かべて、兄を見る。兄も自分を見て、変わる前と同じ、変わらぬ笑みを浮かべる。


『良し。じゃあ、帰るか!』

『うん!』


 そうして、二人で帰ったら、やはり父には怒られ、母には大泣きされて、抱きつかれた。何故こんな馬鹿な事を、と何度も聞かれたけど、その度に、兄が僕をかばってくれた。

 本当は僕がもっと怒られるべきだったのだろうけど、兄が嘘を言ってくれて、兄の方がこっぴどく怒られた。あの時に聞いたセリフを思い出せば、どうやら兄は危ない事をしでかす事が多すぎるらしい。

 でも、僕には兄が危ない事をしているとは思えなかった。兄ならば、どれだけ危ない事に巻き込まれても、絶対に平然と昔と同じ笑みを浮かべて帰って来てくれる。そういう信頼が、あの日あの時、出来ていた。


『剣道を習いたい?』


 それからは、兄に相談する事が多くなった。兄に頼まれた様に、まずは力を得ようとして、剣道を習おうとしたが、兄は苦笑していた。


『剣道を馬鹿にするわけじゃねえんだけど・・・まあ、やめとけ。やるなら空手・・・いや、戦い方なら教えてやるよ』


 あの時。何故、兄が剣道を止めたのかは今でもわからない。わからないことだらけだけど、これには一種の兄の考えのような物があったような気がした。

 そうして、朝一に兄と共に、兄が連れて来た留学生が来てからは、彼女も交えて庭で少しの間鍛錬を行うようになった。だけど、結果は二人を苦笑させるに留まった。


『・・・のう、カイト。あまり言いたくは無いんじゃが・・・才能が乏しいのう・・・』

『・・・あー、やっぱ?』

『・・・二人が強すぎるんだよ・・・』


 二人の言葉に、僕は少しだけ、拗ねる。まあ確かにあの二人が異様に強いのは強いのだが、自分に才能が無かったのは事実だ。

 現に今でも、兄の様に体躯には恵まれていないし、姉の様に運動神経には恵まれていない。どちらかがあれば、と思うけど、そう上手くはいかないのだろう。

 まあ、身長については、これからが成長期だから、と思っている。兄は高身長だし、姉は女子の中ではわりかし高身長だ。難点は母親だけど、父の血が入っているなら、そうはならないと良いな、と思う。


『だって・・・これじゃあ約束守れないもん・・・』

『・・・どうすっかな・・・』


 武術の腕前が無い、と結論付けた兄に、僕が悲しげに言った言葉。僕の前でだけは、昔と同じ表情をする兄が、珍しくそう言った僕の悲しげな表情に困惑の表情を浮かべる。そうして、昔とは違い、実際にかなり長い間考えこむ。

 それに助け舟を出したのは、孤児となった姉代わりの居候だった。孤児となる前の彼女にも自分の特異性を言った所、何故か彼女は平然と受け入れてくれたのだ。

 とは言え、それを言った時、兄からは非常に強く叱られた。眼の事は言っちゃだめなんだ、とその時以降、うっかりを除けば、言わないようにしている。

 彼女も何かと僕には目を掛けてくれているので、この頃には、姉と同じぐらいには慕っていた。そんな彼女が兄に告げる。


『のう、カイト。土台だけ、作ってやれば良いのではないか? 万が一も有り得る。お主も余も手を出せぬ状況で、もし万が一、此奴の特異性に気付かれれば、最悪ホルマリン漬けじゃぞ? 眼をえぐっても、このクラスの魔眼は失われんからのう』

『怖い事言うなよ。だから、オレが奴らを叩き潰したんだろーに・・・土台だけ、か・・・ちっ・・・でも、奴らにバレりゃ、ガチでそう、だしな・・・いっそ、後先考えず、本気で国を滅ぼすのもあり、か・・・いや、冗談だって・・・オレは流石にそんな事しねえよ・・・いや、うん。その申し出だけ、有り難く受け取っとくよ。だから、アルト達にも黙っておいてくれ』

『・・・誰と話してるの?』


 急に誰かと話し始めた兄に、僕は首を傾げる。今居るのは、僕と兄と居候の少女だけ、のはずだった。なのに兄はあの時確かに、自分の肩のあたりを見て、苦笑したり感謝したりしていた。


『あ、いや、なんでもない・・・さって、どうするかな・・・』

『誰にも知らせぬのなら、取れる手は限られておろう?』

『わかってるよ・・・でも、諸刃の剣、だろう? 少しだけ、考えさせてくれ・・・』


 居候の少女の言葉に、再び暫くの間、兄が再び悩む。そうして出した結論は、その助言に従う事に決めた、であった。


『目覚めさせない為には、か。それに、オレがそうならないようにすりゃあ良いんだよな・・・ジャックの計略だと確か10年以内で第三次世界大戦だから・・・その間ぐらいなら・・・いや、違うな。弟一人守れないで、何が世界最強の勇者だ、ってんだ』


 何かを決意したらしい兄が、笑顔と共にこちらを向いた。その顔には決意があった。そうして、兄が笑顔で、口を開いた。


『よっし、海瑠! これから毎朝、5分間世界を意識して深呼吸する事。それで、しっかりと世界を見るんだ。現実を、あるがままを。もし、何か怖い物が見えたら、大急ぎでオレを呼べ。で、もう一個。日常でもし何かやばい物が見えたら、逃げずにスルーするしろ。決して、他人と違う、と思わせるな。もし、自分に気付いてるようだったら、即座に逃げろ。で、同時にオレに電話。絶対に、守ってやる』

『うん』

『これから教える事をやっても、強くなるわけじゃない。だが、コントロールする事が出来る。それが何より重要だ。お前は眼をコントロールする術を学ぶだけだけど、それがお前にとって、何よりも重要だ』


 何故コントロールする事が重要なのかは、今でも僕には分からない。だが、少なくとも無駄にはならないだろうと思う。なにせ兄が言うのだ。必要に決まっていた。


『良し。じゃあ、えーっと・・・座禅、ってオレしらねえや・・・正座で良いや』

『え? そ、そんなのでいいの? ここは座禅とかじゃないの?』

『オレやり方しんねーよ。というわけで、今日は正座で』

『えー・・・』


 いい加減な兄に、僕は呆れつつも、正座を行って、目を閉じる。すると、兄が背中に手を当ててきた。


『何?』

『良いから、とりあえず、オレの手に集中してろ』


 何故そんな事をするのか。今でもわからない。今も昔もわからないことだらけ、だ。だけど、しっかりとわかっていることがある。兄が絶対的な庇護者で、それは変わらない、という事だった。




 兄の手に集中すると同時に、海瑠は現実で目を覚ます。


「ん・・・ふぁー・・・あ、今日も居る。おはよ」


 起きてまず確認するのは、兄と同じ光を持つ小鳥だ。多分、兄の差金だろうと海瑠は思う。そうして窓を開けて挨拶をしてやると、小鳥が小さく、頭を下げた様に見えた。


「良し! じゃあ、今日も」


 それを見届けて海瑠はカーテンを完全に開放すると、海瑠は部屋の一角にある座布団を敷いて、兄から言われた瞑想を始める。

 あの兄からの逃避行から、既に2年と少し。兄の部屋にドールハウスが届いたり、と不審に思いたくなる出来事はいくつかあったが、それでも、海瑠は一度も欠かしたことは無かった。いや、流石にインフレンザ等で寝込んでいた時はカイトに止められたのだが、それでも、海瑠はやろうとはした。

 そして、その効果は確かにあった。なにせ、今まで怖いと思ってなるべく見ない様にしていた人でも、きちんと見分けられる様になったのだ。

 それだけでも随分世界が変わって見えた。そうして、開始してからきっちり5分。スマホのタイマーが鳴り、海瑠は瞑想を終える。


「良し!」


 兄の様に強い人間になりたい。海瑠はずっと、それを目指して歩いている。道は遠いし、道は険しい。だが、兄が消えた今。託された海瑠には、やることは決まっていた。兄との約束通り、家族を守る、のだ。


「じゃあ、いってきまーす!」

「はーい! がんばってねー!」

「あ、ちょっと! 海瑠! お弁当忘れてる!」

「あぁ!」


 浬の言葉に、海瑠が大慌てで引き返す。そんな何も変わらぬ一日が始まる、はずだった。その日、海瑠は兄が何故、心構えをしておけ、と言ったのかを知る事となるのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

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