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第9話 銀色の少女

「ほぉ・・・この絵は見事だ」


 神秘的で美麗な美少女が転校してきてから数時間後。浬は昨日御門に言いつけられた通りに、フェルを連れて学内を案内していた。

 始め、類まれなる美少女転校生ということで学校中がざわめきに包まれたが、彼女が行く先々では、ざわめきが収まる。圧倒的な美しさと、氷の様な冷たい気配に誰もが呑まれたのだ。そうして次に浬が来たのは、美術室だ。彼女はそこで一枚の絵に目を奪われていた。


「あ、それ・・・」

「どうした?」


 フェルが浬の若干照れた様子に気付く。そして、彼女が興味深げに事情を問い掛ける。


「えーっと・・・それ、私のお兄ちゃんが描いた絵だよ」

「ほう・・・貴様の兄か・・・」


 その瞬間。氷の様に冷徹な気配を纏わせていたフェルが、初めて笑みを零す。その鋭利で危うい美しさを持つ花が咲いたような笑顔に、一緒に案内に来ていた何人もの男子生徒達が見惚れる。

 その絵は、浬の兄カイトが授業で描いた幻想的な絵画だ。好きな様に描け、と通達されて、兄が創り上げた作品が、その絵画だ。その絵には、まるで妖精でも踊っていそうな幻想的な花が乱れ咲き、それが月夜に照らされている絵画だった。

 そんな中に、ただ一人。黒白の翼を持つ銀色の髪の美少女がこちらに背を向けていた。それがまたなんとも言えない幻想感を醸し出している。

 ちなみに、その絵はあまりにカイトが集中していたため、授業のチャイムが鳴り響いているのにも気付かず、更には次の生徒たちが来ても続ける程で教師もあまりの集中に止める事が出来なかったという伝説がある逸品であった。

 あまりの出来栄えに美術教師がコンクールに提出しようとしたのだが、カイトが苦笑して止めた為、仕方がなく美術室に飾っているのであった。


「絵心があったとはな・・・相変わらず妙な特技を持つ奴だ」

「・・・え?」


 再び絵画を向いてフェルが微笑みつつ小声で告げた言葉に、浬が意識を取り戻した。彼女の口ぶりには、確かに兄を知っている口ぶりだったのだ。


「・・・<<幽玄華(ゆうげんか)>>の花園。荒廃した楽園(エデン)・・・懐かしいな・・・私と奴が出会った場所だ」


 何処か過去を懐かしむ様に、絵を撫でてフェルが呟く。そのさまはいつもの覇王の様でありながら、何処か見た目相応の少女の様であった。

 そうして、そんなフェルの後ろ姿が、絵の中の少女に重なる。そこに背中の翼は無いが、銀色の髪や絵の少女が醸し出す幻想的な雰囲気等、どことなく、フェルらしき面影が見え隠れしていた。

 兄を知っているのか、浬が問おうとした所で、フェルが告げる。まるでそれは機先を制したかの様なタイミングだった。


「あの」

「次は何処だ?」

「え、あ。次はえーとこの隣の準備室だよ」

「そうか」


 機先を制され、浬は質問をし損ねる。そうして、案内は続いていく。音楽室、二つある職員室、食堂、購買部・・・そうして案内の最後は、通常開放されている屋上だった。

 数年前まではガラの悪い生徒が授業中も関係なしに屯していたらしいのだが、それもとある一人の生徒が自身の居場所として確保したことで、終わりを告げた。その後彼と彼の友人が職員室に掛けあってベンチ等を設置して貰い、一般生にも開放したのだった。


「ほう・・・なかなかに良い眺めだ」

「うん。さっき言ったお兄ちゃんもここがお気に入りだって」

「・・・兄が好きなのだな」

「え、ちがっ!」


 何処かいたずらっぽく告げられた言葉に、浬が顔を朱に染める。それに、フェルが笑みを浮かべる。と、そんな微妙な黄昏を浮かべているフェルに、それらを気にしない男子生徒が声を掛けた。


「な、なあフェルさん!」

「なんだ、小僧」


 小僧、というには同い年の筈なのだが、彼女の場合はこの傲慢な言い方が非常に良く似合っていた。それだけの風格があったのだ。


「あの・・・付き合って下さい!」

「・・・ほう」


 おぉー、という声が響き渡る。誰もが機を窺っていたのだが、この少年が一番乗りだったようだ。そうして、告げられた告白に、再びフェルは覇王の風格を身に纏う。暫く興味深げな沈黙が舞い降りるが、フェルはあまり興味がなさそうだった。


「はぁ・・・却下だ、小僧。もし私に惚れてもらいたかったのなら、もう少し男を磨け」

「あ・・・はい・・・」


 フェルからため息とともに容赦なく告げられた却下に、少年は残念そうであった。そうして彼女はふと、何かを見付けて微笑みを浮かべる。


「まあ、比べた相手が悪かった、か」

「えーと・・・あの、もしかして、お付き合いしている人が居るの?」


 誰かを思い出したらしいフェルに、浬が問い掛ける。居るなら居るとわかっておいた方が、これから先楽になるのだ。そうして、浬の問いかけに、周囲の男子生徒達も注目する。


「居るぞ。ただ一人、私を惚れさせた男がな・・・」


 フェルは浬の質問ににぃ、と笑う。それは先の咲いたような笑顔とは別の、覇王が浮かべる獰猛な笑顔だ。それは傲慢であり、彼女の愛を受け入れぬ事を許さぬだけの力があった。一言で言うならば、支配者。それが分かる覇者の笑みであった。

 だが、それもまた、彼女に似合っている。彼氏がいようとも構わない、と今後も彼女にアタックする者が絶えないぐらいには、危うくも美しい笑みであった。


「そっか・・・」

「ああ・・・浬。気が向いたら、会わせてもらう」

「会わせてやろう、だよ」


 奇妙な言い方だと浬は思ったが、外国人なので仕方がないだろうと思った。なので、浬はフェルの間違いを訂正する。

 何故、仕方がないと思ったのか。簡単だ。彼女の家の居候は既に日本に来て3年近くになるのだが、未だにおかしな口調なのだ。この程度のおかしさはまだ来て数日であろう彼女には普通に思えたのである。フェルは日本語が堪能に見えるが、つい数日前までは海外で生活していたのだ。仕方がなく思えるのは、当然だった。

 だが、そんな浬に対して、フェルは意味深な笑みを浮かべるだけだ。そうして、暫くの間。一同は屋上で夏が近い事を感じさせる温かい風を感じていた。


「戻ろ?」

「仕方が無い。もう少しここに居たかったが・・・まあ、良い。好きな時に来れるのだから、な」


 休み時間も残り少なくなり、浬が戻るように告げる。フェルは少しだけ残念そうであったが、それに従って教室に戻っていった。




 放課後。生徒達が部活動や遊びに夢中になる声が響く中、校舎の屋上にフェルと御門が来ていた。二人は沈みかけた夕日を見ながら、人を待っているのだ。そうして、直ぐに待ち人が来た。


「お二人共、わざわざこの様な場所にまで、如何なご用事ですか?」


 待ち人は、若い女が三人と、筋肉質の老人が一人だった。この問いかけは老人の物だ。それに、御門が答えた。


「今、日本は荒れてんだろ。手一杯だって聞いたぜ」

「ご子息が探してらっしゃると言うのに・・・良いのですか?」

「気にすんな。あいつが真面目過ぎるだけだ」


 老人の問いかけに、御門が笑う。彼の格好は何時もと同じ、だらけたスーツ姿だ。だが、その風格が異なっていた。そこには何処か神々しさがあり、何時ものだらけた様子は鳴りを潜めていた。


「それに、曲りなりにも日本も仏教が浸透してんだ。これも仕事だ。あれも固いことは言わんさ」


 御門が楽しそうに笑う。なにせ、既に表向きの地位も手に入れ、生活の基盤を入手してしまっているのだ。この状態でもし御門を強引に連れ戻そうものなら、逆に周囲の者に多大な迷惑が掛かる。既に色々と手遅れなのだ。

 まあ、ここに来ている時点で多大な迷惑を掛けているのだが、それは言わぬが花だろう。それに、老人の側に控えた着物姿の物静かな美女が問う。


「この間、ご子息方がこちらに居ると当たりを付けられておられたのでは?」

「あー、巻いた。まあ、バレちゃいないだろ。まさかあいつらだって俺がこんな所で学校の先生をやってるなんて思わんさ・・・なにせ、神様だからな。神様が日本の教師なんぞ・・・あー・・・ここらだとそれなりに居るか。が、まあ、バレねえさ」


 美女の問い掛けに、御門が楽しげに告げる。御門は言ってみて気づいたが、自分と似たような立場はここでは多かった。浬達は普通の市民たちは知らないが、そんな奇妙な土地が、この天神市だった。

 そんな御門は自分の息子に対して、内心でまだまだ甘い、と思う。自分達の息子は大方今はまた御門の地元に戻って、御門の居場所を探している所だろう。まあ、こちらの地盤が盤石になれば連絡を入れようとは思うが、それまではまだ、連絡を取ろうとは思っていない。

 一方、フェルはというと、二人の美女から畏怖を以って傅かれていた。二人とも金髪でスタイルの良い美女だが、片方はフェルと同じく氷の様な雰囲気を纏うクールな美女で、フェルとは違い何処か厭世的な雰囲気があった。

 もう片方は、彼女とは異なり柔和な、優しげな美女だ。こちらには厭世的な雰囲気は無く、何処かしっかりと未来を見据える様な雰囲気があった。そうして、柔和な方の美女が、フェルに頭を下げて口を開いた。


「当分は、こちらを活動拠点とされるのですか?」

「貴様ら・・・か」


 意識がそちらを向いた瞬間、二人の美女は意識を失いそうになる。それだけの風格が、彼女から発せられていた。まさに、覇王。御門と同じく服装は数時間前と変わりないが、そう言い得るだけの風格が今の彼女には存在していた。


「・・・疑問か?」

「いえ・・・」


 厭世的な美女が、フェルの問いかけに首を振る。確かに、彼女の顔にも雰囲気にも疑問は無かったが、極わずかに滲み出ている気配に、疑問が浮かんでいた。それを見て取ったフェルは、苦笑と共に告げる。


「・・・大した理由は無い。が、曲がりなりにもあれの弟妹だ。貴様らと同じだ」

「左様ですか・・・して、当分はこちらに?」

「ああ。まあ、まさかこいつまで来るとは思っていなかったが・・・」


 質問の答えは、二人からしても、理解し得る事だった。なので、同じ思いを抱くものとして、それに何か否定を述べる事はなかった。

 そうして、柔和な美女の言葉にフェルは顎で御門を示すが、御門の方は気にした様子は無い。それどころか、逆にフェルが来た事の方に難色を示す様な雰囲気があった。


「こっちとしちゃ、お前が来た方が驚きだ」

「さて、な・・・そもそもで貴様に命令される筋合いも無い」

「違いねえな」


 一件すればフェルと御門では御門の方が男で筋肉もあるということで強く見えるが、実際は逆だ。圧倒的なまでに、フェルの方が強かった。それこそ、比喩では無く、片腕一本で事足りるだろう。

 それに、フェルは他人の思惑や思慮を一切慮ることは無い。まあ、多少、心を許した者ならば、極わずかに配慮する事はあるかもしれないが、それだけだ。


「全く。皆、過保護ですな」

「まあ、俺は仕事みたいなもんだが・・・」

「不満か?」


 フェルの問い掛けだが、誰にも不満は無かった。なにせ、何時かは誰かが来るだろうな、とは思っていたのだ。それが、予想以上に早く、そしてとんでもなく意外な人物が二人であったことに驚きはあれど、そもそもで現状でそれだけの強大な力の持ち主からの助力が得られるのは僥倖でしかない。不満があるはずもなかった。そうして、不満が無い事を見て取ったフェルが、再び口を開いた。


「当分はこの街に滞在する。まあ、いつも通り適度に出掛けはするが、通常はここにいるつもりだ」


 当分は、と彼女は言うが、それがおそらくかなり長い事は彼女以外の共通した認識だ。その理由も簡単で、今の現状の日本は、誰も知らない所で、大荒れしているからだ。その復旧が成されるならば、大荒れしている日本が大荒れする元凶となった者が戻ってくるか、抑えられる様な者が必要だ。

 更に、悪い事もある。意図的に日本各地を荒らし回っている者が居るのだ。平穏を取り戻そうと必死で混乱を鎮めた先から、今度は別の所で混乱を起こされるのだ。

 最近は更に活発で、何度やってもこのイタチごっこなのだ。とある組織の幹部格である老人と美女3人も動いているのだが、それでも手が足りない状況だった。


「まあ、足下はこちらで対処しておく。お前らは自分の管轄を鎮めるのを目下の目的としてくれ。お前らの里は俺達にとっても意義のある物だ。そもそもで俺にとって紫陽は設立にも関わった里だからな。壊されちゃたまらねえ」

「有難きお言葉」


 御門の言葉に、老人が深々と頭を下げた。今まで手広くやって、にっちもさっちも行かない状況だったのだ。幾つかの案件を抱えているが、彼らにとってはそれなりに重要なこの一つだけでも彼らに手助けが貰えるのなら、それだけでも他の所に手が回せる事になる。


「まずはふた里とも里の混乱を抑える事に奔走せよ。あれがおらん事は上層部は把握しているだろうが、下には知らせるな。それだけでも随分違うだろう。日本の他の部分については一度手を引け。日本にはそれなりに力のある者も多い。それらに預けよ。もしも何かがあった場合はあの部屋へ集合しろ」

「御意に。では、失礼致します」


 次いで、フェルが告げる。そうして、その会合はお開きとなる。そうして、待ち人だった4人が消えた後、フェルが御門に問いかける。


「貴様はどうするつもりだ?」

「俺は適当にナンパして帰る。家に誰も居ないって最高だ」


 フェルの言葉に、御門が嬉しそうに答える。実家だと件の息子がうるさくて、女性を連れ込めないのだ。女誑しである彼からすれば、不満で仕方がなかったのだが、今の彼は、一人暮らしの状況だ。自由に連れ込んで大丈夫、だったのである。

 そんな御門は既に遠くを見ており、その方向にはちょっときれいな女性が居た。これから向かうのだろう。それにフェルが溜め息を吐いた。


「貴様は・・・何時も何時も下半身が行動と一致しているな・・・」

「お前の彼氏にも言ってやれ」

「貴様にだけは言われたくない、と言うだろうな」


 フェルは蒼い小鳥を肩に乗せて、楽しげに告げる。それが、別れのあいさつだった。そうして、御門が沈みかかった夕日の中に消え、次いで現れたのは少しきれいな女性のすぐ近くだった。

 まだお互いに曲がり角で見えていないが、これから手練手管を弄して口説き落とすのだろう。ほんの10分程度の短時間フェルが見守っている間に、二人は近くの小洒落たバーに入っていった。彼が日本に来た時の行きつけの一つ、だった。ここに差し掛かる瞬間を狙ったのだろう。


「・・・相変わらずの手早さだ。あれで何度も失敗しているのに、学習しない奴だ」


 そんな御門を見たフェルが苦笑する。御門は確かに生徒たちに自慢する様に、何人もの女性達と浮き名を流している。それこそ三桁では足りないだろう。生きてきた年月を考えれば、一夜を共にした女性は4桁にも届くかもしれない。

 だが、同時に失敗して頬に紅葉を作る数も数限りないのだ。幾らどんなプレイボーイだって、百発百中とはいかない。こちらも、おそらく三桁は下らないだろう。まあ、それでも成功率を考えれば、十分に彼はプレイボーイだろう。


「変わる者もいれば、変わらぬ者も居る・・・守る、か。久しく・・・無かったか・・・奴の頼みで無ければ、やろうとも思わなかったが・・・存外、悪くはない気分だ」


 何処か、嬉しそうにフェルが小声でつぶやく。そうして、彼女は月夜に消えたのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。次回はまた来週土曜日21時です。


 2016年4月11日 追記

・誤記修正

『居たかった』が『痛かった』になっていたのを修正

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