第103話 持ち込まれる戦い
鏡夜が洞窟を後にした翌日。その日は流石に全員を集められなくて翌日の朝一番の日が昇る前から、急遽陰陽師達の会議が開かれる事になった。
「・・・皇居狙いか。道理ではある」
皇志が鏡夜の報告を聞いて、苦々しい顔になる。藤原千方は時の朝廷に反旗を翻した。であれば、今の皇室に対して害意が無いとは誰も言い切れない。それどころか、攻め落とそうと考えるのが道理だろう。
「ちぃ・・・民主主義の弊害か」
「というよりも、敵の手が入っている事の弊害、だろう」
「そこか・・・」
皇志は涼夜の言葉に嘆きを浮かべる。日本は民主主義だ。ということはつまり、国民に選ばれた議員が政治を行う。そしてそうである以上、政治家は政党に所属していることが大半で、その中には国外の勢力によって様々な介入を受けた勢力が無いとは、言い切れないだろう。
そして日本には、その敵の手の入った政党があったらしい。幸い、国政政党ではない。現在の国政政党は空也の父が所属する政党だ。が、無視出来る程には、小さい勢力ではなかった。それが強固に反対しているのである。表向きは、歴史と伝統を盾に、だ。
「とは言え、保守派の中にも否定的な意見を持つ者は多い。皇居移転なぞ一年二年でどうにか出来るわけではない・・・」
「「・・・はぁ・・・」」
陰陽師の当主達が、揃ってため息を吐いた。皇居が魔術的な守りに薄い事は陰陽師であれば誰もが知る事だ。当たり前だ。本来は、一時的に出ているだけに過ぎないのだ。
実は知られていないが東京が首都と公式に宣言された事はないし、当時は国内にも一時的に東京に入るだけだ、と言われていた。
それ故、皇居については陰陽師達は殆ど関わっていなかった。当時の薩長から陰陽師達も一時的に入られるだけで、と聞いていたからだ。が、それが色々とあって100年以上も居座る事になったのだ。
とは言え、既に建築された建物に陰陽師達が手を加える事は出来ない。それが皇居となれば尚更だ。しかもそこに、東京こそが天皇家の居るべき場所、という保守派の介在等があり、守りが薄い事は誰もが承知のまま、放置されていたのである。
「天城殿に言って、そろそろ本気で皇居移転と行幸の終わりを命ずるべきだろう。次の大戦も東京御所で、となると流石に我らでも守りきれん。と言うか、ブルーの奴がブチ切れるぞ」
「わかっている・・・」
涼夜の提言に皇志がもう泣きそうな顔で同意する。彼らは裏の勢力だ。表に対する影響力は皆無と言って良い。が、これはやってもらわねば困る。今後こういうことが起きる度に、また胃を痛めないといけなくなるのだ。陰陽師達からしてみれば、耐えきれる物ではなかった。
「とは言え、それは後だ。今は眼前の千方の話だ」
「わかっている・・・はぁ・・・どうするか」
皇志の言葉に、今度は涼夜がため息を吐いた。今すぐ今上天皇をこちらに戻せ、と言って出来るはずがない。大揉めどころの話ではなくなる。なのでどれだけ嘆かわしくても、千方には彼らに対処しなければならないのだ。
「千方・・・藤原千方の四鬼とそれを下せる千方・・・はぁ・・・勝てるか?」
「・・・ははっ」
涼夜の問いかけに、皇志が笑う。四人の鬼達に対して皇志ならば勝てるだろうが、それにしたって一対一が前提条件に近い。他は誰が勝てるか、と言われると、まずタイマンは無理だ。千方となると皇志でも無理だろう。
とは言え、では諦めるか、というと、そうする必要もない。ここは日本で、日本は世界でも有数の異族のたまり場だ。ならば、強力な力を持つ異族の力を借りる事が出来るのである。
「天道財閥に協力を依頼しろ・・・ついでに紫陽に言って、協力も取り付けろ・・・我々は皇居の守りを厳重にするぞ」
皇志が頭を抱えながら、指示を下す。ここ数ヶ月はずっとこんな自分達だけでは対処が難しい話ばかりだ。対処は楽な話ではなかった。
「はぁ・・・今日からはまた、対処の日々か・・・これ以上後手後手にならぬ様、全員気をつけろ」
皇志の疲れた様子は、誰にでも理解出来た。ということで、そんな彼の僅かに精彩さを欠いた言葉に、全員どこか疲れた様に応じて、陰陽師達は慌ただしく動き始めるのだった。
さて、一方その頃の浬達は、というと今日も今日とて夏休みの真っ最中だ。とは言え、それでのんびり出来るのか、というと、そんな筈は無かった。全員ボロボロだった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
女子三人衆が机の上で突っ伏していた。そしてその後には、ハリセンを抱えた妖精が一人、小鳥に跨って浮かんでいる。
「ふぁあっはははは! やはり魔術は楽しいな、詩乃!」
「はぁ・・・煌士様が楽しまれているのでしたら、それでよろしいかと」
主従は暴走する主に呆れる従者、という何時も通りの様子を見せていた。
「っ! 海瑠くん! 援護を!」
「はい!」
「ふふ。私実は刀も使えるんだよ?」
その一方、疲れ果てた姉に対して弟と空也は元気に模擬戦を行っていた。相手はヴィヴィアン。それも刀を構えていた。それを、ランスロットが監督していた。そうして、海瑠が撃つ魔弾の雨を、ヴィヴィアンが刀一つで切り裂いていく。
「はぁあああ!」
海瑠の援護射撃を受けた空也が、ヴィヴィアンへ向けて突進する。が、そんな空也に対して、ヴィヴィアンは軽い感じで刀を翻して、まるで魔弾への対処の一環とでも言わんばかりに空也の攻撃にかち合わせる。が、次の瞬間、空也は軽く受け流されてそのまま回し蹴りを食らって吹き飛んでいった。
「駄目だよ、味方の射線の前に出ちゃ。自分よりも小さな相手と戦う時、援護射撃は背中に受ける物じゃないの」
ヴィヴィアンが海瑠の喉元に刀の切っ先を突きつけながら、空也へと苦言を呈する。これでゲームセットだ。いくらなんでも喉元に刃を突きつけられた状態で海瑠に何か動きを起こせるだけの力はない。
当たり前だが、現代の少年少女達が戦いに出る事なぞあり得るはずがない。日本はそう言う国ではない。というわけで、まだまだ戦闘に関しては駄目な点が多かった。
と、そんなヴィヴィアンの下へと、モルガンが小鳥に乗って飛来する。なお、小鳥と言うかカイトの使い魔だ。彼女がコントロールを乗っ取って、魔力を供給する変わりに足として使っていたのである。
「・・・ヴィヴィ・・・」
「何かな?」
「吹っ飛ばす方向考えなさい!」
「あれ?」
モルガンの言葉に、ヴィヴィアンが空也を吹き飛ばした方角を見る。それは、ぐったりと突っ伏していた浬達の方向だ。そちらでは空也がいそいそと飛び散らかされたノート等を回収して回っていた。
「・・・あ、ごめん」
「もう・・・」
ヴィヴィアンの謝罪と同時に手を振るうと、それで風が舞って空也がまだ集められていない飛び散ったノート等が元通りの位置へと移動する。どうやら少々勢い良く吹き飛ばし過ぎて、浬達の勉強している机の上を通り過ぎてしまったのだろう。
「さって、そろそろ休憩終わりで良いかなー」
そうして元通りになった机の上を見て、モルガンがハリセンを振るう。彼女が今何をしているのか、というとスパルタに浬達の勉強を見ていたのである。家庭教師と考えれば良い。フェルとモルガンの二人で、学業も一緒に見ていたのである。
ちなみに、そうなってくると同じく三年生の煌士・詩乃・空也は良いのか、となるだろう。が、問題はない。前二人はアメリカで飛び級をして大学院まで卒業していたし、空也はエスカレーター式の中高一貫校だ。そもそも彼の学力に不安はないので、どちらにせよ問題はなかったと言える。
「モルガン、行きまーす!」
「「「うぎゃあ!」」」
モルガンがカイトの使い魔を操って、遠くへと遠ざかる。そうして円を描く様にして、机に突っ伏した女子三人衆の背後を通り過ぎていった。勿論、ハリセンを彼女らの頭にぶつけて、だ。となると、三人分の可愛く無い悲鳴が上がる。
「はーい。じゃあ、私立受験組はがんばりましょー」
「うぅ・・・なんでこんな事に・・・」
浬がぐすぐすと顔を上げて、ノートに向かう。アテネが夏休みの間居ないから自分達のペースで良いかな、と思っていたらしいのだが、お盆が終わってみればある意味彼女以上にスパルタのモルガンだ。そして意外や意外にヴィヴィアンもスパルタだったりする。何故か何時も以上に真剣にやらされていた。その一方、海瑠と空也は正座してランスロットの話を聞いていた。
「既にヴィヴィアン殿もおっしゃられましたが、基本的に空也君。君は味方の射線からズレて戦う事を覚えてください。援護を貰っても、その援護射撃に自らが被弾しては意味がない。遠距離攻撃は敵に命中するまでにタイムラグがある。それ故、移動の仕方に応じては自分や味方に命中する・・・いえ、命中させる事も可能なのです」
「「はい」」
海瑠と空也は二人して、ランスロットの話を真剣に聞く。二人共真剣そのものだった。まぁ、これが明日の命に関わるのだ。当然だろう。
「さて、ではそこを注意して、もう一度」
「「はい」」
ランスロットの言葉を受けて、空也と海瑠が再度立ち上がってヴィヴィアンを相手に模擬戦を開始する。
「ふぁ・・・あ・・・」
そんな一同の様子を、フェルがのんびりと見ていた。人手が増えた事でやることは無く、のんびりと読書が出来ていた。と、そんな彼女に電話が掛かってきた。
「なんだ」
『少々、よろしいか』
電話を掛けて来たのは蘇芳翁だ。少し急ぎ気味だったので、何らかの急用だろう。
「ああ」
『藤原千方の件で続報が』
「ふむ?」
『そちらに向かった、という推測が出て、儂の里に援護の要請が』
「はぁ・・・」
フェルがため息を吐いた。来ないのならそれで良かったのだが、何故かわざわざ東京に来るというのだ。ため息も仕方がない。
「わかった。見かけたら叩き潰そう」
『お頼みする』
フェルとしては、非常にどうでも良い。放置した所で彼女らは誰も困らない。が、浬達にちょっかいを出されるというのであれば、話は別だ。曲がりなりにも義妹となろう少女だ。流石に見過ごす事は出来なかった。
「おーい、貴様ら。千方がどういうわけかこっちに来るという話だ。天神市ではないかもしれんがな。というわけで、一応注意しておけよ」
「「「・・・へ?」」」
本から顔を上げることもなく告げたフェルに、一同が一斉に注目する。が、そんな一同に対して、フェルが胡乱げに告げた。
「どうせ皇居狙いだろう。私達が気にする必要もない。放っておけ」
「・・・い、良いの?」
「私は日本国民でもなし。別に日本の皇族が死のうと滅びようと関係も無い・・・まぁ、どこかの誰かの対処が面倒にはなるだろうがな」
侑子の問いかけにフェルはどうでも良さげだった。それはそうだ。彼女にとって日本の皇室というのはどうでも良い存在だ。日本と彼女のつながりなぞカイト一人だ。カイトが守っているから守っている、というだけだ。
それにしたって国体が守れれば他は気にしない。日本という国と浬達というカイトの家族が無事であるのなら、他はどうでも良かった。喩え内閣総理大臣だろうと今上天皇だろうと、区別はされていない。
「貴様らが行きたいのであれば、勝手にしろ。私は流石にそこまで面倒は見んぞ。まぁ、浬と海瑠に死なれると困るので、貴様らは強引にでも止めるが」
「うーん・・・」
やはり日本国民としては天皇が狙われてそれで良いのか、と思うらしい。が、フェルは相変わらず興味無しだ。まぁ、有っても不思議だ。というわけで、彼女らは今では他人事、と気にしない事にしたらしい。再び各々の作業へと戻っていく。
「ふぁー・・・」
浬達が各々の作業に戻ったのを受けて、フェルが眠たげに目をこする。そうして、フェルは少し眠くなったので少しの間お昼寝する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時からになります。




