第102話 閑話 ――蠢く者達――
浬達が新たにモルガン達の下で修行をやり直す事にして数日。その頃に、ついに千方が目覚める事になった。
「・・・お目覚めですか?」
「ああ」
風鬼の問いかけに答えつつ、ぐっ、ぐっ、と両手を握り千方が身体の調子を確かめる。目覚めた後にも関わらず何時もの様に汗だくになっている、ということはなく、それどころかどこか清々しい様な気配さえあった。
「・・・今までにない程に調子が良い」
「左様ですか」
千方の顔に笑みが浮かぶ。その身に纏う魔力は今までにない程で、繊細さ、荒々しさ共に桁違いだった。そんな彼は己の調子を確かめる様に、魔力で小鳥を編んで見せた。
「・・・ふふふ・・・」
魔力が手に馴染む。更には今まであったどこか儚さや脆さは存在しておらず、完全に一体化した事が理解出来た。
「さて・・・では、こんなじめじめした所は出る事にしよう」
「「はっ」」
今までベッドにしていた台座から降りると、千方が歩き始める。それに金鬼がコートを差し出し、千方はそれを羽織ると、そのままどこかへと、消え去るのだった。
それから、数時間。陰陽師達の一団が、千方が潜んでいた場所を訪れた。
「・・・あー・・・こりゃ、酷い」
鏡夜がため息を吐いた。そこは、洞窟だった。フェル達が探り当てられなかったのも無理はなく、彼らはフェル達の予想に反して洞窟に潜んでいたのである。
一軒家や何処か人の住める場所に、と考えた彼らのミスだった。まぁ、本気でフェル達も探してはいない。探り当てられなかったとて、不思議は無かった。
「兄さん、一応安全やろうけど、気ぃつけや」
「もう慣れた」
鏡夜は苦笑混じりに、横の青年へと告げる。青年は狩衣姿の陰陽師達の中で唯一、天狗や修行者の着る服を来ていた。なお、兄さん、と鏡夜は言ったが兄弟等ではなく、単に年上なのでそう呼んでいるだけだ。
とは言え、実際には鏡夜の従兄なのだが、それにしたって実際に会ったのはほんの二年前で、慕って兄と呼んでいるわけでもない。そこらについては長くなるのは割愛する。
ちなみに、名前は御子柴 総司という。戸籍上の正式な名前は御子神 春夜なのであるが、養子に出された時にミスがあって名付けられたこの名を使っていた。
「・・・血の臭いが鼻に付くな」
「ああ・・・こりゃ、人の血やな」
「違いがあるのか?」
「おう・・・まぁ、魔力の質の違いや。そこらは、まだ要修練って所やろ」
「ふむ・・・」
総司は地面に巻き散らかされた血の後に手をあてる。既に乾き、黒く変色していた。そうして立ち上がった彼は、目の前を見て顔を顰めた。
「酷い魔力の集積だな・・・」
「あぁ・・・出遅れたんが痛い」
総司の言葉に鏡夜も同意する。目の前には禍々しいとしか形容出来ない魔力が吹き溜まりの様に溜まっていた。死者蘇生という道理に反する事をした結果、世界に起きた歪みが集積していたのである。
「兄さん、頼むわ。こりゃ、浄化して散らしてやらんと、むちゃくちゃヤバイ魔物になりかねん」
「わかった」
鏡夜の求めを受けて、総司が錫杖を鳴らす。魔物。浬達はまだ出会った事が無いが、この世にはそう言うモンスターに似た物も存在していた。これは主にこういう風な禍々しい魔力の集積や蓄積によって、生まれる事が大半だった。
強さは、その魔力の濃度等様々な要因によって異なる。が、それを散らす事でその生まれる魔物を弱くしたり、もしくは生まれない様にしてやる事が出来たのである。そうして、しゃんしゃんと言う錫杖の音と、しばらく総司の何らかのお経の様な言葉が洞窟内に響き渡る。
「・・・終わった」
「おう。すまんのう。わざわざ鞍馬山の兄さんに出てもろて」
1時間程で晴れた禍々しい魔力を見て、鏡夜が感謝を述べる。鞍馬山、と言った様に総司の所属は実は陰陽師ではなく、鞍馬寺という烏天狗達が治める山になっていた。
養子になった時と再度御子神家に迎え入れられた際に彼と陰陽師達の間で少々軋轢があり、その当時弟子入りしていた鞍馬寺の所属のままにすることが鞍馬山との間で取り決められたのであった。服装と武器が一人だけ違うのは、そのためだった。と、そんな総司は鏡夜の礼に何も気にする事はなく、仕事の話をする。
「それで、中は?」
「ちょい待ち・・・」
「嫡男。やはり千方はここに居た模様です」
鏡夜の求めに応じたわけではないが、丁度その時、中を調べていた陰陽師達の伝令が二人の前に現れる。調査中にここで禍々しい魔力の集積を発見して、総司と鏡夜の出番と相成ったわけである。
陰陽師達も魔力を散らす事は出来るが、禍々しい魔力を浄化しながら散らすとなると修行者達の方が長けていた。が、実は総司は魔力の存在に関わってたった3年なのでもし万が一散らしている間に魔物化した場合には不安が残り、鏡夜が万が一に備えて一緒に居たのであった。
「ほんまか・・・どれぐらい前まで居そうやった?」
「およそ、半日前程まで。まだ残留している魔力が色濃い。少なくとも、昨夜まではここに居たはずです」
「あっちゃー・・・」
自分の家の家人の言葉に、鏡夜が額に手を当ててため息を吐いた。ほんの僅かなタッチの差で、逃げられたのである。と、そんな僅かなタッチの差とは言え逃してしまった事に、総司が疑問を抱いた。清明から注意を促されて、数週間。遅れたにしては、少し長かった様に思えたのだ。
「何でそんなに遅れたんだ?」
「古文書読み解いて、って簡単に出来るかい。兄さん、1000年程前の古文書簡単に読めるんか? しかも一冊二冊やないで。十冊二十冊ってあるんや。しかもやれ誰かの日記ややれ配下の手記や、って・・・しかもボロボロやから崩れたりせん様に繊細な注意払ってって色々やらなあかんねんで」
「・・・すまん」
どこか非難がましい鏡夜の視線を受けて、総司が視線をそらして謝罪する。実は総司は高校を中退していた。まともに通った記憶もない。
と言うか、実は彼は天神市出身で3年前までは天神市どころか東京全域でかなり名の知られた大不良だった。一応、更生した今は鞍馬寺を率いている鞍馬天狗の方針で勉強をしているが、それでも得意ではなさそうだった。
「と言うか、よくよく考えてもみ? 鞍馬寺所属の兄さんが呼ばれとんねんで。人手足りんねやわ。古文書読んだのも何時もの半分ぐらいの人員や」
「あー・・・」
鏡夜のため息混じりの言葉に、総司も納得する。そもそも、総司の所属は鞍馬寺だ。別組織なのである。それでも腕前が一流とかであれば頷ける話だが、彼はまだまだド素人が毛の生えた程度だ。
浬達よりも上だが、それでも素人を抜け出した程度の実力しかない。それを呼び寄せている時点で、人手不足はわかろうものだった。
「茨木童子やらなんやら、ってどっかの阿呆が矢射つからあっちと大揉めで怪我人多数って・・・ガチ阿呆やねんから・・・その挙句にこの事件に中国の道士やらに西の魔術師達からの調査依頼に、や。護衛やなんやで大忙しや。調査の人員も半分ぐらいに減っとる」
「ははは・・・」
鏡夜の悲しげな愚痴に、総司は苦笑するしかない。全ては、そこに行き着く。少し昔の戦いが尾を引いていたのであった。まだ入院中という者こそ少なくなったが、それでもリハビリ中という者は少なくない。
そもそも外に出れる者は少ないし、その少ない者達とて多くが天桜学園の消失や千方復活を受けて忙しく動いている。人手は何処も足りていなかった。
「ま、ええわ。それで、どこや?」
「こちらです」
鏡夜は一通り愚痴って満足したらしい。とりあえず居なくても数時間前までは居たというのなら、何らかの痕跡は残っている可能性はある。なので家人に案内してもらって、半日前まで千方が横たわっていた台座へと向かう事にした。
「・・・ここか」
「台座の血は全て、人の物と思われます」
「結構多いな・・・」
鏡夜は台座に残った血で描かれた紋様を観察しながら、千方の痕跡を探す。家人達よりも年下の彼だが、才能であれば草壁家では一番だ。彼が調査するのは至極当然だった。
「<<泰山府君祭>>の亜種・・・って話やけど、流石に俺もわからんな・・・しゃーない。ご先祖様に聞いてみるしかないか」
「お願いします」
鏡夜は台座を何度も確認して、自分では何もわからない事を素直に白状する。が、これは他の陰陽師達にしても無理のない事、と受け入れられていた。
なにせ<<泰山府君祭>>と言えば陰陽師の秘術で、現代に至るまで安倍晴明ぐらいしか極めた者はいないのだ。当然だろう。
と、言うわけで安倍晴明本人に問いかける事にした。と言っても何か特殊な魔道具を使って、というわけではなく普通にスマホだった。
『何かな?』
「すんません。千方の潜んどった所と彼の使ったらしい祭壇は見付けたんですけど、そっからちょいとわからん様になりまして・・・」
鏡夜は申し訳なさそうに、祖先の手を借りたい事を言外に告げる。なお、清明はこの間は男として立っていたが、今は何時もの女の子の状態らしい。実は女である、という事を知っているのは陰陽師では殆どどころか鏡夜しかいなかった。
『写してもらえるかな?』
「はい・・・灯り頼むわ」
「はい」
鏡夜がスマホのカメラを向けると同時に、周囲の陰陽師達が一斉に魔術で灯りを作り出す。それによって、洞窟内は昼間と変わらない程に明るくなった。
なお、鏡夜はヘッドセットマイクを付けている為、スマホを耳から離しても会話は可能だった。陰陽師達も文明の利器は使えるのである。魔術師だから機械音痴だ、という事はない。機械音痴が居るとすれば、それは当人の性質の問題である。
『ふむ・・・次、右斜め45度から。あぁ、そこそこ。ちょっとズーム』
「はい」
鏡夜は清明の言葉に従って移動しつつ、台座の各部をカメラに捉えていく。そうして一通り台座の観察を終えた所で、清明が推測を告げた。
『うん。これは忠行さんが私に教えてくれた<<泰山府君祭>>に似た物がある』
「ということは、やっぱ<<泰山府君祭>>と考えて良いんですか?」
『そうだね。<<泰山府君祭>>の一種、もしくは亜種と考えて良いよ』
鏡夜の問いかけを清明も認める。これで、千方の復活は陰陽師達にも確たるものになった。そしてその会話の内容を受けて、鏡夜が手で合図して、皇家へとこの内容を送る様に指示する。
「他、なんかわかりませんか?」
『うーん・・・』
鏡夜の問いかけに、清明が悩む様な様子を見せる。彼女が知っている<<泰山府君祭>>はそもそもがきちんとした物だ。しかも、千方と清明の間に直接的な面識はない。千方独自の術式についてわかることは少なかった。
『敢えて言うのなら、お盆を使う事にした術式かな』
「お盆を、ですか?」
『うん。お盆って魂が戻ってくるって言う概念じゃない。それを応用して、自分の魂を自分で呼び戻した、という感じかな』
「出来るんですか? んな一千年以上も前の魂を呼び戻すって・・・」
『無理無理。もう別の魂に生まれ変わっているよ。一度の転生での最長周期はよほど特殊じゃない限りは三百年ぐらい。長く見積もっても五百年かな。それ以上前になると、無理だし無謀だよ』
鏡夜の言葉に、清明が笑いながら無理と断言する。死んだ後、肉体に宿っていた魂は使いまわされる。魂は世界から見れば資源として貴重な物質だ。それ故、新規製造はまずされない。なので数百年もすれば前世の記憶は完全に魂の奥底に沈められて、別人としてまたこの世に戻ってくるのだ。
一応時折そのルールから逃れる魂もあるが、千方がそうであるか、と言われるとそうではない。なので既に当人の魂はどれだけ恨みを抱えていようと別人として転生している、と考えるのが筋だった。そして転生していれば、呼び戻す事は不可能だ。出来て、当人に前世の記憶を呼び戻させるぐらいである。
「じゃあ、これは何をやっとるんです?」
『そうだね・・・』
鏡夜の求めに応じて、清明は一通りの見立てを語っていく。それは大凡にしてフェル達が見立てた見立てと同じだった。どうやら、肝心な所は一緒らしい。
「そうですか・・・すんません。ありがとうございました」
『いいよ、別に』
「それで、もう一つええですか?」
『どこに行ったか、という話?』
「そうです」
清明の予測を鏡夜が認める。復活したのなら、気にするべきはどこへ行くか、だ。
『多分、東京かな』
「どうしてですか?」
『今の帝はそこに居るから。彼らは寡兵。落とすのなら、少数で一気にトップを落とすのが上策だよ。そして東の京の御所の魔術的な防備は・・・わかるよね?』
「はい・・・おい、今すぐ本家に行って親父と皇志さんに皇居の守り厳重にする様に言え。あっちが狙いかもしれん、やと」
「っ。はい」
鏡夜の言葉を受けて、陰陽師の一人が駆け足で皇家への連絡へと走る。皇居を狙われるのだけは、有り難くない。
『京都御所は私や忠行さんが作った守りがあるけど、東京の皇居は所詮一時的な場所としていた。私が関わったわけでもなし。魔術的な防備は言ってゼロに近い』
「わかっとります。すんません。なんや急がなあかんっぽいんで、これにて」
『うん。頑張ってね』
これは急がなければならない、と鏡夜が忙しなく通話を切る。流石に天皇家が狙われるとなれば、呑気に構えている場合ではなくなってしまった。陰陽師達にとって天皇家とは遠い親戚――皇家の皇はそこから貰った――だし、何より日本の象徴だ。そこが落とされるのは流石に見過ごせる事態ではなかった。そうして、鏡夜達も足早に洞窟を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




