第101話 千方の真実
当たり前といえば当たり前の話であるのだが、いくらカイト達がイギリス行きを許可したとて、はいそうですか、と即座にイギリスに行けるわけがない。当然そこには幾つもの準備があり、必要となる事があるのだ。
というわけで、それはまだまだ先の話である。なので今すべきことは結局、それに向けてビシバシと鍛錬を行う、という至極当然の事だった。と、その前にフェルのスマホに着信が入ってきた。
「うん?」
『舞夜です』
「ああ、貴様か・・・ああ、そう言えば調査を頼んでいたか。結果か?」
『はい。ご想像の通り、やはりもぬけの殻でした。痕跡は一切残っておらず、と』
舞夜からの報告に、フェルが一つ舌打ちをする。そんな所だろう、とは思っていたが、それでもやはり何の手掛かりもないというのは有り難くはなかった。
「ちっ・・・それで、家主はどうだった?」
『はい。おそらく異変を気取られぬ為にも、きちんと処置がされている様子です。情報が流出するのも承知済みでしょう。なので何もしませんでした』
「良い判断だ・・・ちっ、にしても尚更面倒な奴らだな・・・一度謀反を潰されたからか、油断がないな・・・」
フェルが顔を顰める。が、彼女はどこか他人事だ。敵はもう浬達は狙っては来ないだろう、という予想があったからだ。
そもそも千方達が浬達を狙った理由は己の復活の為だ。それを考えれば、敢えてカイトにインドラというビッグネームが守る浬達に手出しをするとも思えない。今回は放置で良いだろう。
所詮、千方の復活なぞ対処するのは陰陽師達の仕事なのだ。揉めるのがわかっている以上、下手に手出しをする必要性は感じられなかった。というわけで、いらだちをさっさと水に流す事にする。
「まぁ、良い。隠形鬼が降った事と合わせて、陰陽師の奴らには元アジトの事を教えてやれ。奴らも陰陽師。同じ視点からでしか見えない事もあろう」
『わかりました・・・もし万が一隠形鬼の引き渡しを言われた場合は?』
「無視しろ。奴らの命令を聞いてやる道理はない」
フェル達と言うかカイト達は確かに日本政府に協力して共同歩調を取っているが、それとこれとは話が違う。所詮、カイト達は日本政府とは別の組織だ。聞いてやる道理はなかった。なので引き渡せ、と言われようと無視すれば良いだけの話だった。
文句であれば、治外法権を認めた明治政府、太平洋戦争後に日本を統治したGHQ、その政策を引き継いだその後の政府に言うべきだろう。
「まあ、そう言っても奴らとて隠形鬼が寝返る事は半ば想定済みだろう。情報を持ち合わせていない事ぐらい百も承知のはずだ。言っては来ないだろう」
『わかりました』
「ふぅ・・・やはり、もぬけの殻だったそうだ」
「ん」
隠形鬼はフェルの言葉に頷く。そもそも寝返るのが理解されていて、その上で寝返ったのだ。何も情報が無い事ぐらいはじめからわかりきった話だ。とは言え、それでも彼女で無ければわからない話もあった。なので改めて、そこらを問いただす事にした。
「さて・・・改めて聞かせろ。藤原千方。なぜ、奴は蘇った?」
「蘇った・・・とは厳密には違う。千方はそもそも蘇ってなぞいない」
「ああ、やっぱり」
モルガンが大して驚く事もなく頷く。そんな事誰でもわかっていたことだ。死者蘇生をなし得た者は殆どゼロに近い。一番直近の例では、ウルクの王がなし得た程度だ。
それにしたって何らかの取り引きを交わして、きちんと世界から許可を得ての事だ。そうでない以上、これは当然の道理だった。と、言うわけで彼女らが立てている推測を口に出した。
「おそらく、だけどその人の記憶そのものを何処かに保存しておいて、それを誰か別の人に上書き保存した様な感じ・・・私達はそう思ってるけど、違う?」
「おおよそは正解・・・厳密には降霊術を応用して、過去の千方をコピーして、現代のある男に降ろした様な感じ」
「降霊術? あのいたこさんとかがよくやってるあれ?」
話を聞いていた鳴海が、首を傾げる。どうやら少し前の心霊番組でやってた事から思い至ったらしい。とは言え、厳密にはそうであるが、少し違った。なのでフェルが首を振る。
「あれとこれを一緒にするな。あんなテレビでやっている降霊術の大半は所詮は嘘っぱちだ。降霊術なぞ本当にやっていれば、今頃死人が出ているぞ」
「そうなの?」
「降霊術とは別人の魂を上書きするようなものだ。魂が混濁を起こして崩壊する・・・よしんば超級の腕前を持つ術者で表層心理とかを読み取れたとしても、それを出来る様な奴がテレビに出てやるとは思えんな」
「じゃ、全部嘘っぱち?」
「まあ、全部が全部、とは言わんがな。恐山のいたこの中には先天的に出来る者が居たのは事実だ・・・
が、心霊現象の大半は嘘だと思って良いぞ。私は単なるでっちあげの娯楽番組としか思っていない」
フェルの断言に、浬達はなんとも言えない空気を醸し出す。実際、テレビとフェルであればどちらが信憑性があるか、といえばどう考えてもフェルだ。片や胡散臭い番組と、片や堕天使の長とも言われるルシフェルだ。信憑性は誰がどう考えても後者に旗が上がる。
「・・・今日の録画消しとこ・・・」
「なんか・・・ね」
「はぁ・・・まあ、僕そもそも見えなかったから怖くないんだけどさ」
「「「はぁ・・・」」」
何か夢が壊された様な感じを得て、浬達一般家庭出身者達がため息を吐いた。とは言え、それを気にするフェルではなかった。というわけで、改めて彼女は隠形鬼に向き直った。
「とは言え・・・であれば、どうにかして魂の混濁を防いだわけか」
「そう・・・どうにももともとは流れの陰陽師だったらしい男に、千方の記憶・感情・経験など全てをぶち込んだかんじ。詳しくは知らない。私と水鬼は関わってないから。でも多分、騙したとかそんな所だと思う」
「ふむ・・・」
隠形鬼の言葉に、フェル達わかる者が頭を悩ませる。手練手管は忍者の得手とする所だ。嘘ではないのだろうし、過去名を馳せた彼女らであれば、現代の陰陽師の大半は騙し通せる。推測が事実だろう。
と、言うわけでまずはモルガンが口を開いた。ちなみに、隠形鬼の答えは期待していない。理解しているとも思えないからだ。
「魂の多重構造を利用して、意図的に上から貼っ付けたのかもね」
「魂の一番上の部分に写し紙の様に千方の記憶を貼っ付けた、様な感じですかね?」
「・・・そういう所と考えるのが妥当か。混濁する魂を分離させるには、やはり壁は必要か・・・」
「となると、あっちの子達の身柄を狙った理由は本当に生贄かな。記憶と言うか、千方時代の魂の定着率を上げる為に、が目的で良いと思う」
「ふむ・・・」
であればやはり今後狙ってくる可能性は低いな、と三人――ヴィヴィアンは会話に加わっていない――が頷き合う。それがわかったのが、一番の収穫だろう。そうしてそこに決着を着けてから、フェルがカイトへと問い掛けた。
「そうだ、カイト。貴様、降霊術関連ならば、得手の部類だったな?」
「一応は、だがな」
「今回の剥離は出来ないか?」
「無理だな。体力が保たんし、魔力はもっと保たん。更には今からやった所で、剥離は難しいだろうな。せいぜい、その後すぐとかならどうにかなったんだがな」
「そうか。ならば、救助は諦めだな」
どうにもこうにも話を聞いているとその下となった男も騙されたか馬鹿な事をしたか、のだけのようだ。であれば救う事も考えては見たらしいのだが、どうやらできそうには無いらしい。
本体では無いのだから仕方がないし、そんな縁もゆかりもない男の為にわざわざ異世界から彼が帰ってくるわけにもいかない。そもそもカイトの本体が帰って来た所で、すでにその頃には完全に定着してしまった後だろう。魂が崩壊しなかっただけ御の字。今生は諦めるしかない。
「救助は無理・・・であれば、どうなるの?」
「うん?」
「いや、ちょっと可哀想だなーって・・・」
千方はともかく、その下地になったらしい人物は騙されただけ、というのだ。なので浬のこの考えは中学生の彼女らは総じて持ち合わせていた意見らしい。
「まあ、封印処分か、あるいは・・・そこらは私達が考える事ではないな」
あるいは。その後ろに隠された文言は、言われなくても誰にでも理解出来た。そうして、全員が微妙な後味の悪さを感じる事になる。
「はぁ・・・貴様らが気にしても仕方がない。そもそも、この世界に関わる以上は理不尽に命を落とす事も承知して生きていたはずだ。ならば、これがそいつの天命だったのだろうというだけだ」
「そりゃ、そうかもしれないんだけど・・・」
鳴海が何処かやるせなさを滲ませる。確かに、彼は自らを殺しに来た。そしてランスロットの介在が無ければ死んでいただろう。
とは言え、それは『千方』が悪いのであって、『下地になった男』が悪いわけではないのだ。彼も犠牲者だ。やはり、やるせなさを感じるのはこの世界に染まりきっていないが故に、なのだろう。それに、ヴィヴィアンが優しげに微笑んで告げる。
「君たちはそれで良いよ。別にこの世界に染まるきる必要は無いからね・・・でも、覚えておいて。この世界にはどうやっても救えない時がある・・・全てをハッピー・エンドで終わらせる事は神様にだって難しいの。時には、無理と諦めるしか無い時もあるんだよ。ルルだってきちんと救おうとはしたでしょう? 無理だから、無理と言っただけなの。そこは、勘違いしてあげないでね」
「・・・うん」
ヴィヴィアンの優しげな語りに、浬達は頷く。彼女らとてわかってはいたのだ。これは何時もハッピー・エンドで終わる物語などではなく自分達が関わる現実なのだ、と。そうである以上、全てが上手く行かない場合はあると理解出来るだけの年齢ではあったのだ。
とは言え、これがフェル達の様に論理的、冷静さを滲ませた物だったりすれば、逆に受け入れられなかったりしたかもしれない。現実を受け入れられる年頃でもあるし、それでも、となる微妙な年齢ではあるのだ。やはりそこらは、ヴィヴィアンの持つ人柄が故に彼女らも納得したのだろう。
「まあ、そこはどうでも良いだろうさ。貴様らはその前に、自分の身を救え。せっかく拾える事が分かった命だ。拾いに行かないと損だぞ」
「あ、うん。それで、結局は何時も通りに訓練するだけなの?」
「そうだな。暫くは、基礎練習で良いだろう」
浬の改めての確認に、フェルが頷く。結局、大精霊達の力を借りる為にも、力が必要なのだ。ならばなすべきことは変わらない。それどころか、目的がはっきりと生まれた事でやる気が出たぐらいだ。
「ああ、そうだ・・・えぇと、空也くん、でしたよね?」
「あ、はい・・・えっと、ランスロット卿で良いですか?」
「ランスで構いませんよ」
「あ、はい・・・では、えっと、ランスさん。なんですか?」
空也の改めての問い掛けに、ランスロットが頷く。ランスロットは剣士。空也も剣士だ。ならば、提案は一つしかなかった。
「流派の差から剣技を教える事は出来ませんが、身体の使い方ぐらいは見て差し上げれますが・・・どうしますか?」
「!」
ランスロットからの申し出に、空也が目を見開く。空也の職分は近接戦闘。ランスロットも同じだ。武器種の差から正確には見てやれないが、それでも基本となる所ぐらいは教えてやれた。であれば、空也は迷う事がなかった。
「お願いします」
「はい・・・では、一度模擬戦をしてみましょうか。まずは色々と見ないといけませんからね」
「わかりました」
「じゃあ、君たちの面倒は私達が見る事にしようかな。アテネは帰っちゃってるしね」
「そうねー・・・まあ、運動ならヴィヴィが、魔術なら私が補佐出来るから、それで良いかな」
さっそく準備に取り掛かった空也とランスロットを見て、モルガンとヴィヴィアンも用意に取り掛かる。そして彼女らが本格的に動き始めたのを見て、浬達もまた、本格的に訓練をする為にジャージに着替える事にして、全員がそんな感じで動き始めるのだった。
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