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第8話 カウント・ゼロ

「ふ~は~! さいっこーの気分だぜ~!」


 月が落ち始めた頃、日本のとある山の中。その日、5メートル程の巨軀を誇る鬼が目覚めた。なぜ、目覚めたのか。それは簡単だった。彼を封じていた封印が解かれたからだ。


「ふ~! 誰かしらねえけど、良い奴がいたもんんだぜ! あのバケモンが施した封印を解いてくれるんだからよ~!」


 ごきげんな鬼は周辺に無作為に破壊を振りまいていく。人気のない山中だからまだ破壊は限定的だが、これが人里であれば、絨毯爆撃にでも巻き込まれなければならないような廃墟群になっていた事だろう。それほどの、破壊だった。


「ん~?」


 無作為に破壊を振りまいていた鬼だが、ふと、動きが止まる。周囲に人影が現れたからだ。それも、一つや二つでは無い。十は優に超える人影だった。

 人影は全員共通した衣服を身に纏っており、全員が弓矢や刀などの人を殺せる武器を構えていた。全てが刃引きや鏃を潰していたりはしておらず、一撃でも命中すれば致命打になりかねない威力がある武器だった。だが、それでも。この鬼の前には頼りなかった。


「お! ひっさしぶりだな~!」


 鬼が牙を見せて獰猛な笑みを浮かべる。それと同時に浮かぶのは、ある種の懐かしさだ。だが、彼を取り囲む人影の方にはそんな気配は無い。それどころか、真剣で、剣呑な雰囲気が漂っていた。


「轟音が鳴り響いたと思えば・・・なぜ貴様が復活している!」

「お~? んなもん誰かが封印を解いたからに決まってんだろ? ほれ」

「何!? <<月山の小刀(げっざんのこがたな)>>が! それに縄も!」


 鬼がずれて自身が今まで封印されていた場所を見せる。そうして、この集団のトップらしい男の驚きの声が響いた。彼の想定では、封印が地滑り等の何らかの要因で解けたのだろう、と鬼を抑えつけて再度封印を施すつもりだったのだ。

 だが、その封印の基点となるはずの小太刀は無くなっていた。瓦礫に埋もれてしまったのかわからないが、取り敢えずは今は無かった。

 鬼には触れない筈なので、鬼が何処かに投げ飛ばしたということはあり得ないだろう。おまけに、それらの力を強めていた筈の縄は完全に切断され、新たに作り直さなければならない程にズタボロだった。明らかに自然災害ではなかった。誰かがやったとしか思えず、明らかに、人為的な物だった。


「くそっ!」

「ほれ。じゃあ、行くぜ?」


 集団のトップらしい男の忌々しげな声が響く。一方、鬼はそれに笑みを浮かべ、腰を落とした。その様はまるで相撲の四股ようであった。


「ほ~れ! じゃあ、行くぜ! はっけよーい! おらぁ!」


 轟音を響かせて立っていた岩盤を打ち砕き、鬼が人影へと突進する。初撃では被害は出なかった。鬼が手加減したのだ。鬼は速攻で終わらせるつもりは一切なく、遊ぶつもりだった。


「本家へ連絡を送れ! それまでの間は時間を稼ぐぞ!」

「はっ!」


 トップの男の号令に、周囲の人影達が応じる。本家が来るまでの時間稼ぎ。そう、誰もが考えていた。だが、その応援が来る事は無かった。数時間後。日が登り始める頃。人影の誰もが倒れ伏して、ただ一人、鬼だけが立っていた。


「ぐ・・・」

「ちっ、さすがに最後の一歩はこの場所じゃあ無理か」


 鬼が倒れ伏して尚、命を失っていない人影達に舌打ちする。動くことは出来ないが、同時に致命傷は負ってもいなかった。鬼は飽きてきた頃から殺そうと考えていたのだが、出来なかったのだ。理由はその場所に敷かれた結界だった。


「<<不至の結界(いたらずのけっかい)>>か・・・ち、どこまでバケモンだ。にしても・・・ここまでやって奴が来ねえのなら、こりゃあいつは死んだか」


 鬼がにたりと笑みを浮かべる。それは喜びの笑みだ。そうして、鬼が消えた。


「本家に・・・何が・・・」


 鬼が去った後、集団のトップの男が呟く。この数時間後。救助部隊が到着して救助された彼らが知ったのは、更なる絶望的な状況であった。




 なぜ、救援が遅れたのか、援護が来なかったのか。それを語るには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。それはとある山で鬼が目覚めるより少し前のことだ。


「・・・聞いたか、と問う必要は無いな?」

「ああ・・・」


 誰かはわからないし、どこかもわからないが、複数の存在が屯する空間に声が響いた。複数の存在といっても、動いているのは両の指で数えられるぐらいだ。


「あの覇王と女帝が居なくなったらしい。完全に行方不明だそうだ。」

「くくく・・・相変わらず、笑わせてくれるぜ」

「どうする?」

「どうするもこうするもない。もとより奴らはあの二人によって抑えつけられていた者共。抑えがなくなれば、自然、こうなるだろう?」


 そう言って、誰とも知れない集団が、嘲笑を伴い周囲を見回す。そこには、様々な生き物の死骸が存在していた。その中には、少なくはあるが人間の手足も含まれていた。


「はぁ・・・違いない」

「しかし、少々やり過ぎたな。これでは誰も助かるまいて」

「久方ぶりだったのだ。仕方があるまい。それで、どうする?」

「どうもこうもあるまい。我らは我らの好きにするだけよ。止めるも良し、止めぬも良し。そもそも、各々好きにやるのがルールであろう? 止めたければ、止めてよいぞ?」

「誰が止めるか。我ら全員を止められるあれが化け物なだけよ・・・ふむ。どうやら流石に人間どもも気付き始めたか」

「ん?」


 集団の一人が指さした方向を、集団の全員が見据える。するとそこには、大勢の人間が集まっていた。彼らの手には刀や弓、札などが握られ、服装は巫女服や神官服等、まるで陰陽師の様である。

 それに気付いた集団の一人が裂けた様に口を大きく歪め、獰猛な笑みを浮かべる。その他の面子は半ば懐かしげに、半ば鬱陶し気な表情をしていた。


「あれは・・・懐かしいな。確か、戦国で見た立花の家紋だったか」

「あちらは安倍の式神か。数年前まで日夜戦っておったのに、数年見なんだだけでここまで懐かしい・・・それに、土御門に、ほう、草壁、土門まで居るのか。落ちぶれた一族だと思っていたが、どうにも中々・・・」


 顔に懐かしさが浮かんだ面々が、楽しげな笑みを浮かべながら人間達を観察する。一方、うっとおしげな顔だった面々は、それに背を向ける。


「我は去るぞ。愚物共の相手をするつもりは無い」

「ふん、構わねえ。俺の取り分が増えるだけだ」

「おお、中々にめんこい男子もおるなあ。どれ、少々遊んでやるとするか」

「参戦する。暇潰しには丁度良い」

「ふむ・・・これ以上参戦しても取り分が減るだけか。ならば、讃岐に帰るとするか」


 うっとおしげな顔をしていた面々が闇に消え、誰とも知れぬ存在は半分程度まで減少する。


「待て!」


 遠く、人間たちの集団から若い女の高い声が響いた。凛とした澄んだ声だが、影は一切気にせずに去っていく。去っていこうとする影に、思わず近くの若い男が手に持った弓をいかけようとするが、その前に二人に良く似た40代ぐらいの男に止められる。顔付きが似通っているので、三人は親戚なのかもしれない。


「やめろ! お前達に勝てる相手ではない! いや、それどころか俺達全員でも残った奴らに勝てるかわからん! 力を温存しろ!」

「父上・・・くっ! 余市、今は我慢だ!」

「ですが姉上! あれを逃せば何も知らぬ民に被害が!」

「悔しいが、紫陽やユートピアの奴らに任せるしかない。あちらとて今回の会合は知っているはずだ。見過ごすとは思えん」


 父親の言葉に、余市と呼ばれた少年は奥歯を噛み締めて悔しがる。だが、この時。彼らにも一つだけ誤算があった。彼が当てにした二つもまた、この騒動と原因を同じくする原因によって、止められるだけの状況になかったのだ。


「くぅ・・・まさか妖怪の力をあてにしなければならないなんて・・・」

「耐えろ、余市。私だって悔しいが、今は目の前の奴を倒す事に専念しろ。」

「ほほ、これはめんこい。どれ、可愛がってやろう」

「誰が貴様らの様な化生に!」


 余市が弓を引き絞り、全力で射る。そうして、それを合図として、夜明けまで続く壮絶な戦闘が開始されたのであった。

 そう。彼らは彼らで絶望的な戦いを行っており、この場にあらん限りの増援を送るのに手一杯であったのだ。それでも、彼らとて生き残る事で精一杯で、一体足りとも敵を打ち取る事は出来なかった。そうして、日が登る頃。敵の攻撃が終わる。


「ほほ、これはなかなかに楽しめた」

「おう、もう終わっとこうぜ。これ以上やると、あの馬鹿が介入しやがるし、そもそもこの戦闘だって本来はやらねえで良いんだからな」

「確かに・・・それにしても見事。よくぞ誰も欠けずに我らの攻撃を耐え抜いた。数年の修練が出ている」


 残った面々の中で、それなりにお喋りな面々が賞賛とも嘲笑とも取れぬ言葉を残す。彼らが賞賛するように、なんとか、全員命があった。だが、なんとか、だ。直ぐに傷の手当をしなければ、命が危ない者も少なくない。


「なぜ・・・何故貴様らが今頃動き始める! ここ数年、平穏を保ち続けた貴様らが!」


 そこに、割れた額から血を流しながらも必死で立ち続けていた余市と呼ばれた少年が怒号を飛ばす。それに、敵の集団の中でも何処か武人然とした男らしい者が答えた。


「ふむ・・・答えてやる道理は無いが・・・」

「おう、ねえな」

「だが、ここまで耐え抜いた褒美に答えてやろう。簡単だ。抑えがなくなれば、こうなるのも道理だろう。」

「って、答えんのかよ。後、その言い方だと、誤解与えんぞ・・・正確にゃ、何処かの馬鹿が目覚めさせたらしいから、だ」


 律儀に答えをくれてやった武人然とした男に、本来は山で目覚めた鬼よりも遥かに巨軀を誇った鬼が笑う。ちなみに、本来は10メートルを遥かに超える巨躯であった鬼だが、今は2メートル程にまで縮んでいた。


「抑え・・・だと・・・? まさか・・・<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>か! 皇花殿を攫った!」

「そうか、奴はそんな名前で呼ばれていたのか。それに、女を攫うとは・・・誤解だろうに。奴は引き取っただけだ。そこは、間違えんでおれ」

「ほほほ、そんな事はどうでも良いではないか。そろそろ日も登る。妾は眠い。もう行こうぞ」


 女の声を最後に、敵が消えていく。それに、余市が絶望感を胸に、忌々しげに悪態を吐いた。


「・・・くそっ!・・・っ、姉上!父上!」


 忌々しげに悪態を吐いた余市だが、即座に気を取り戻す。なにせ、父親も姉も倒れていたのだ。この集団の中でもそれなりに有力者であったので致命傷では無かったが、早く手当をしなければ後遺症が残る恐れがあった。そうして、絶望的な一夜が終わりを告げたのだった。




 それから、数時間後。そんな絶望的な一夜が日本の別の場所で行われていたとは知らない天神市立第8中学校の2年A組は、絶望とは無縁に色めきだっていた。今日、海外からの美少女転入生が入ってくるのだ。


「おーう、てめえら。元気にしてるかー」

「先生! おはようございます!」


 御門が入ってきた瞬間。男子生徒達の威勢のよい挨拶が響き渡った。誰も彼もが気合の入った服装をしていた。まあ、気合が入りすぎて若干似合っていない面子が多いのだが、御門からすれば、それも経験と笑うだけだ。


「まあ、奴なら気にしないだろ」


 気合の入った少年達を見て、御門が小さく笑う。これから来る少女の性格は、自分は良くしっていた。付き合いとしては長く、関係としては深くは無かったのだが、ここ数年となりそれなりに関わる様になって、その性格を知るようになったのだ。

 それ故に、彼女はここまで気合の入った少年達を一切気にしない事がわかっていた。期待感満載な少年達を少しだけ哀れに思うが、御門としても取りなせるわけではない。と言うか、とりなした所で無駄だ。なので、御門は少年達に対して何か苦言を呈するわけでもなく、口を開いた。


「良し。じゃあ、入ってもらうか」

「うっす!」


 元気よく男子生徒一同が返事をするが、誰もが開かれた扉から入ってきた美少女に、誰もが息を呑んだ。それほどまでの、美少女だった。

 そうして、ざわめきが支配していた教室に、沈黙が舞い降りた。入ってきたのは銀髪の美少女だ。しかも、並の美少女ではない。地球上のありとあらゆる美女達を並べたとしても勝るであろう、圧倒的な美少女だった。彼女は悠然と、教卓の前まで歩いて行く。その姿に、再び誰もが息を呑む。


「フェル・シルだ」


 少女が口を開く。澄んだ鈴の様な声でありながら、そこには威厳の様な物があった。そんな中、浬はふと、一人の美少女を思い出していた。それは、唯一彼女に比することが出来る自分の家の居候の美少女だ。なぜか、浬の脳裏には、彼女が浮かんだ。

 何故、浮かんだのかはわからない。だが、何かが似ていた。そう思わせる美少女だった。とは言え、違いも多かった。彼女は何処か氷の様な美少女であり、対して浬が思い出したのは陽の光の様な美少女だった。


「おう、じゃあ、席はあそこだ」

「ああ」


 呑まれなかったのは、唯一御門だけだ。御門は平然と口を開いて、浬の右横の席を指さした。そこには昨夜のうちに用意された彼女の為の席があり、フェルはそこを目指して歩いて行く。


「今日から頼む」

「あ、うん・・・」


 フェルから告げられた言葉に、浬が小さく頷いた。そうして、新たな一日の幕が上げる。これが、浬と海瑠の英雄譚が幕を開ける始まりの一日だった。

 お読み頂き有難う御座いました。ついにフェルちゃん登場です。断章より早く登場出来てよかった。

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