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「ありがとうございました」
城門の前で、アルフィーンはシャリオンに深く頭を下げた。
王子の呪いが解けた後、シャリオンは王子に最低限の治療を施してくれた。
すでに命の危機は脱しており、後は宮廷医師でも治療が可能だ。シャリオンの治療をすぐ横で見ていた宮廷医師達は、彼の的確な治療と薬の処方に深く関心を示していた。
シャリオンが最強の魔法使いであるとともに、優秀な医師であることは、もはや疑うべくもない。
シャリオンから、王子の呪いによりただれた肌を、完全に戻すことは難しいが、長い時間をかけさえすれば、あまり目立たなくなるだろうと言われて、王はやっと安堵の表情を浮かべた。
国王からの礼も、見送りも辞退したシャリオンを、アルフィーンのみが見送りにでている。
少女の姿に戻ったイディは、城下で買い物がしたいと、さっさと城を抜け出してしまったため、ここにはいない。
「いえ。
それより、お願いがあるのですが」
「はい?」
「イディの事。ご内密にしていただきたいのです」
真摯な眼差しを向けるシャリオンに、アルフィーンは微かに目を見張る。
「どうぞ、お願いします」
伝説の四大魔法使いが城下にいると分かれば、確かに城は放っては置かないだろう。
しかし、それ以上に目の前にいるシャリオンの力の方がすごいのではないのか?
「僕の力なんて、たいした物ではありませんよ」
アルフィーンの胸の内に答えるかのように、シャリオンは苦く笑う。
「僕自身の魔力など、たかが知れている。
僕に出来るのは、他人の魔力を吸い取るぐらいですから。それも、今は自分で完全に制御できるわけではない」
一息ついて、シャリオンは姿の見えない彼女を探すように、目を細めながら、城下を見下ろす。
「すごいのは彼女です。
あの女性は強く、美しいでしょう? 彼女の力は、彼女そのもので、それは決して誰にも汚されたりしない。
彼女の魂は自由で気儘で、誰にも束縛できる物ではないのです」
「シャリオン殿」
呼びかけに振り返ったシャリオンは、アルフィーンを強い眼差しで射抜く。
「だから、誰にも彼女を邪魔する権利はない。束縛する権利はない。
もちろん、僕にだってそんな権利はない」
「大切になさっているのですね。
わかりました。決して彼女の事は話しません。
まあ、話したところで、彼女のあの姿を見た者でなければ、信じられないでしょうが」
「ありがとうございます」
穏やかな笑みを浮かべたアルフィーンに、静かにシャリオンは頭を下げた。
そして、ゆっくりと城門を離れる。
「シャリオン!」
明るい声が近づいてくる。
金色の巻き毛を風になびかせて、愛しい女性が駆け寄ってくる。
シャリオンは柔らかな笑みを浮かべる。
抱きついてきそうな勢いで駆けてきながら、イディはシャリオンに触れる一歩前で立ち止まる。
それは定位置。
二人が一緒にいるための、シャリオンが出した条件。
決して自分に触れない事。
それを、イディは忠実に守っている。
イディがシャリオンに触れたら、シャリオンは彼女の魔力を吸い取ってしまうから。
自身の力を制御できない今のシャリオンには、それを止められない。
触れたら、きっとイディの魔力のほとんどを吸い取ってしまう。
だから触れない。
触れさせない。
触れたくても触れられない。
触れたら、魔女は魔女じゃなくなるから。
「ごめんね、僕は弱虫だから」
ぼそっと呟き出た言葉。
弱虫だから、貴方に触れる勇気がない。
その言葉に、イディは思いっきり嫌そうな顔をする。
そんな事は分かっている、というように。
それでも、イディはシャリオンの側を離れない。
いつか、シャリオンが諦めるのを待っている。
「ふん! 大丈夫よ。私はいつかあんたに思いっきり抱きついてやるから! 嫌と言うほど抱きしめてやるから。
覚悟なさい!」
イディが笑いながら、高らかに宣言する。
だってイディはシャリオンが好きで、シャリオンもイディが好きなのだから。
本当はどこにも、何の障害もないのだ。
触れられるほど近くて、でも触れられない距離。
いつかその距離がなくなる事を、イディは知っている。
だから彼女は、シャリオンの傍で笑ってみせる。
優しくて弱虫で、でも本当は強い魔法使い。
シャリオン・レイド・マクリール。
ウエストフィールドに住む魔法使い。その横にいつもいる、彼女の名前が別の名前で呼ばれる日も、そう遠くはないはずだ。