表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

「水使い!? では、四大魔法使いの一人だと!?」


 驚いたようにアルフィーンは叫ぶと、水色の魔女へと真っ直ぐに視線を向けた。


 作り物めいた美しい容姿。透き通るような、白い肌。

 しかしそれは顔のみ。

 両手は青黒くただれ、そのただれは首筋にまで及んでいた。

 怒りで歪んだ顔は、それでもなお美しかったが、やはり怒りの表情を貼り付けた人形を見るようだった。


「お前は、イディア」

 怒りに震えたその声は氷のように冷たく、室内の温度すら下げる。

「あら、スーリャ。相変わらず悪趣味ね」

「お前のその姿こそなんだい? ずいぶんと可愛らしい姿だこと」

「あんたと違って、私が本当の姿になると、誰も彼もが私の美貌に惑わされてしまうからね」

「ふん、馬鹿をお言いでないよ、その程度で」

「あんたこそ、その青黒い手は随分と手入れが行き届いているようじゃない?」

 あざけるように笑うイディに向かって、スーリャは顔を紅潮させた。


「お前の仕業かいっ!?」

 それにはイディは笑って答えなかった。

 スーリャは部屋をゆっくりと見渡し、王子の側に立つシャリオンに視線を止める。

「お前か?」

 凍えるほどに冷たい呼びかけを気にした風もなく、シャリオンはただ一心に呪文を唱え続けている。

 突然現れたスーリャに気付いていないのか、視線を送ることすらしなかった。

 無視されてカッとしたスーリャが、右手を小さく振ると、氷の矢が勢いよくシャリオンめがけてとんでいく。


「シャリオン殿!」

 アルフィーンが叫んでシャリオンへと駆け寄るが、間に合わない。

 シャリオンは視線を向けることなく、ゆっくりと空いた左手を上げた。

 氷の矢が、シャリオンの左手に吸い込まれて消滅する。


「なっ!?」

 スーリャが驚きに声をあげた。

 シャリオンは呪文を唱えるのを止め、シャリオンのすぐ横に駆け寄ってきたアルフィーンを振り仰いだ。

「下がって下さい」

 短くそう言うと、まっすぐにスーリャを見据える。


「これで全てです」


 その言葉と同時に、スーリャはびくんと大きく体をのけぞらせ、苦痛に顔を歪ませた。

 シャリオンが王子にかけられた呪いを全て返したのだ。

 アルフィーンが王子に視線をやると、王子の頬に微かに赤みが差している。


「王子……」

 アルフィーンから安堵の呟きが漏れた。

 ただれた肌が元に戻ったわけではない。愛らしかった王子の顔は、やはり思わず目を背けたくなるようなひどい有様だった。

 おそらく、完全に元に戻る事はないだろう。

 それでも、もう死の危機からは抜け出せた。

 それだけで、十分だった。


「このっ、このっ!!」

 

 苦痛に体をくの字にして苦しんでいたスーリャは、きっと顔を上げ、シャリオンを睨み据えた。

 彼女の顔は、半分が青くただれ、無惨な様子に変わり果てていた。


「はっ、自業自得」

 イディが短く吐き捨てる。


 スーリャの体から、水色の炎が立ち上った。

 怒りに燃える目を、真っ直ぐにシャリオンに向けて、小さく呪文を唱え始める。

 部屋の温度が急速に下がる。

 過ごしやすい温度に保たれていた部屋は、たちまち真冬のように寒くなった。


「止めなさい!」


 シャリオンが叫ぶが、スーリャは止める気配はない。水色の炎はさらに大きく広がっている。

 シャリオンめがけ、何度も繰り出される氷の刃。

 しかし、やはりそれはシャリオンには意味をなさない。

 怒りに我を忘れた様子のスーリャは、そのまま、シャリオンへと直接襲いかかってきた。

 シャリオンは王子の側から離れ、それを受け止める。

 シャリオンの体が青く輝く。

 収束する炎。

 平静な顔を保っていたシャリオンの顔が、微かに歪む。


「シャリオン!」

 悲鳴のような声が、アルフィーンの背後から聞こえた。

「大丈夫だよ、イディ」

 あまり大丈夫とは聞こえない声で、シャリオンが答える。

「腐ってもそいつは四大魔法使いなのよ! 無茶よ!

 そいつの魔力を吸い尽くせるわけないでしょう!?」

 イディがさらに強く叫ぶ。


 アルフィーンは、ただシャリオンとイディを交互に見やることしかできない。

 シャリオンに近づきたくても、見えない壁に阻まれているかのように、近づく事が出来ないのだ。


「っの、馬鹿っ!」


 短い罵声は、少女の物ではなかった。

 つやのあるアルトの声。

 驚いてアルフィーンは背後を振り返る。


 少女が立っていたはずのその場所にいるのは、少女とは呼べない、美貌の女性だった。

 朱金の髪がなびいていた。

 すらりと伸びた四肢。

 何より印象的な、紅玉の瞳。


「自滅するならよそでおやり。シャリオンを巻き込むんじゃないっ!」


 紅い炎が立ち上る。

 部屋の温度はたちまち元の温度へ戻り、さらに高くなっていく。

 少女とは言えないその女性は、つかつかとシャリオンの側へと近づいていく。

 見えない壁などないかのように。


「イディ……」


 シャリオンが弱く呟く。


「私のシャリオンに勝手に触るんじゃない!」


 そう叫んで、イディはスーリャの腕を掴むと、強引にシャリオンから引き離した。

 

 バチーン!


 小気味いい音が響く。

 イディがスーリャの頬を叩いたのだ。


「これ以上魔力を吸い尽くされたくなければ、とっととどこかへお行きっ!

 二度とシャリオンの前に現れるんじゃないよ!」


 頬を押さえたスーリャが、きっとイディを睨み付ける。


「イディ。イディア・レイシル!

 私をこのまま帰した事、後悔したって知らないよ!」


 吐き捨てるように言い捨てて、スーリャはすっと姿を消した。


「イディア・レイシルだって!?」


 驚きの声をあげたのは、アルフィーンだった。

 まじまじと、目の前に立つ炎を纏った女性を見つめる。


 水使いスーリャと対等に話し、彼女の魔力にも怯まない。

 そんな人間が、そういるはずがなかった。


「そうです。彼女は四大魔法使いが一人。

 偉大なる炎使いのイディア・レイシルです」


 どこか誇らしげにそう言ったのはシャリオン。

 彼は眩しそうにイディを見つめたまま、弱く微笑む。


「すみません。また、迷惑をかけてしまいました」

「そう思うんなら、もっとしゃんとしてちょうだい!」


 照れたようにそっぽを向きながら、そう呟いたのは、朱金の美女。


「ほら、早く王子を見てやりなさいよ。

 呪いを解いたら、後は医者の仕事でしょう?」

「はい」

 柔らかくシャリオンが微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ