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 息を詰めて、アルフィーンはシャリオンと王子を見つめていた。

 シャリオンが唱える呪文は、古い魔法言語のようで、アルフィーンには耳慣れない物だった。

 しばらくは何もおこらないようだった。

 王子の息はか細く、顔色は死人のようで、いつ息を止めても不思議ではない状態だった。


 初めの変化は、シャリオンに現れる。

 王子の手に置かれていた手が、青白くなっていた。

 初めは指先が。そして手の甲、手首へと、その色は広がっていき、やがて指先からどんどん青黒く変色していったのだ。袖に隠れているため、はっきりとは分からないが、変色はそのまま腕の上部へと向かっているようだ。


「シャリオン殿!」

 アルフィーンが思わず声をかけても、シャリオンはやはり同じ姿勢のまま微動だにしない。

「大丈夫、あの程度の呪い、シャリオンには何でもないわ」

 淡々と、いつの間にかアルフィーンの側まで来ていたイディが呟いた。

 思わずイディを見やると、しかしその言葉に反して、イディの顔は心配そうに歪んでいる。


 シャリオンの手の変色が進むに連れて、王子の手もまた微かに人間の色を取り戻していた。

 ただれた皮膚が元に戻ったわけではない。

 しかし、確かに少しずつではあったが、王子の腕は、白い部分が現れてきている。


「王子!」

 喜色の混じった声を思わずあげ、王子の傍へと近寄ろうとしたアルフィーンを、イディが引き留めた。

「今、シャリオンに近づいたらダメ」

「イディ殿?」


 だっと、背後から駆け寄る気配があった。

 王子の、シャリオンの側へと近づく影を、イディは止めない。


「下賎の者が、王子に触れるんじゃない!」 

 駆け寄り、王子からシャリオンを引きはがそうとしたのは王弟だった。

「馬鹿が」

 イディが小さく呟く。


「ぎゃあ!」

 シャリオンの肩に触れた瞬間、王弟ははじかれたように飛び退き、シャリオンに触れた右手をだらりと下げたまま、呆然とシャリオンを見やっていた。


「その右腕、もう使い物にならないわね」

 くっと、イディが冷たく笑う。

 アルフィーンが王弟の右腕を見ると、手の先が青黒くただれ、指は完全に腐り溶けていた。


「う、うわあっ!?」

 王弟は呆然と自分の手の先を見つめ、慌てて袖をまくり上げた。

 右腕は、肘から下が完全に腐り、異臭を放っていた。

 遅れて襲ってきた絶望的な痛みに、王弟は意識を失って倒れる。


「馬鹿が。シャリオンだからこそ呪いをその身に受けられるのよ。

 シャリオンが受けて圧縮した呪いに触れるなんて、馬鹿も良い事。

 ……あんた達」

 イディは呆然として突っ立ったままの兵士に声をかけた。

「その男を医師の元に連れて行って、その腐った腕を切り落としなさい。

 でないと、その男死ぬわよ?」

 ばらばらと兵士達が王弟の元に集う。

 それでも、王弟に触れる事を躊躇う兵に対し、イディはもう一度馬鹿にしたように笑ってみせる。


「良い部下をお持ちだ事!

 大丈夫よ、その男から呪いがうつる事はないわ。目障りだからさっさと連れて行って!」






「一体、何が………?」

 アルフィーンの問いに、イディは小さく笑う。


「魔法使いの属性って知ってる?」

「え? あ、地水火風の4大元素のことでしょうか?」


「そうね、たいていの魔法使いは、地水火風のいずれかの属性に分類される。4大元素の中で、最も自分にあった属性魔法を使うの。

 でも、シャリオンは違う。シャリオンが使うのは、全ての魔力。彼は、全ての魔力を自在に扱える」


 イディの言葉に、アルフィーンは目を見開く。

 魔法使いは、通常1つの魔力しか扱えないと言われている。

 全ての魔法使いが属する「理の塔」ですら、全属性を使う魔法使いなどいないはずだ。

 困惑した様子のアルフィーンに、イディは静かに答える。


「シャリオンの属性は闇。彼は闇の魔法使い。

 シャリオンが最強の魔法使いといわれるゆえんは、彼が四大魔法を取り込んで、己の力と替える事が出来るから。

 濃い呪いでも、シャリオンならそれを取り込んで打ち消すことができる。

 彼の前では、どんな魔法も意味をなさないのよ」

 呆然としてアルフィーンはイディと、シャリオンを交互に見やった。


「あの馬鹿」

 そう言われて、アルフィーンはとっさに誰の事か分からなかった。

「どうせあの馬鹿が、王子に呪いをかけさせたんでしょう?

 術が解けそうなのを見て、慌ててシャリオンを引きはがそうなんて馬鹿も良い事」

「王弟殿下が……」


「何よ。分かってたんでしょう?」

 ふん、っとイディは言い放ち、苦い顔をするアルフィーンに、さらにつっこむような事はしなかった。

「シャリオンだから呪いを受けられる。腕だけに集中させた濃い呪いに触れるなんて、自殺行為よ。まあ、自業自得だわね」


 その間にも、王子の顔色は、微かだが良くなってきている。

 シャリオンの方は、見る限りでは変化はないようだが、微かに息が荒くなっているようだった。


「シャリオン、そんな趣味の悪い呪いをかけた奴の心配なんてする必要はないわ!

 全部綺麗に返しちゃいなさい。それくらいの呪いで死ぬような女じゃないから!」

 乱暴にイディが言い放つと、シャリオンは小さく息を吐き、呪文の響きを変化させた。

 微かに低い、静かで美しい声がだんだんと大きくなっていく。


「イディ殿、貴方は、この呪いをかけた魔法使いをご存じなのですか?」

 先刻からずっと聞きたかった問いかけを、アルフィーンは口にした。

「宮廷魔法使いの結界を物ともしない、こんな陰険で悪趣味な呪いをかける魔法使いなんて、一人しかいないわ」

 嫌そうに顔をゆがめて、イディは答える。


「決まってるじゃない。最低最悪、性格極悪の魔法使い」


 その言葉に反応したように、突然、ぐわっと、空間が歪む。

 アルフィーンには、部屋の中央あたりが、ぐにゃりと歪んだように見えた。

 やがて姿を現したのは、一人の女性。

 水色に輝く長い髪に、濃い藍の瞳の持ち主。美しい水色の衣装を身に纏った、妖艶な美女。


「やっぱりこんな趣味の悪いことするのはあんただと思ってたわ」

 王子の部屋に現れた、宙に浮かぶ水色の魔女に向かって、イディは言う。


「水使い、スーリャ・ギルディック」


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