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ウエストフィールドの森の外れには、偉大な魔法使いが住んでいる。
彼は、世界最強の魔法使い。
その魔力は、世界を滅ぼすとも言われている。
不可能を可能とし、どんな奇跡も起こせるという。
地・水・火・風の四大魔法使いも、敵わない。
シャリオン・レイド・マクリール。
それが、世界最強の魔法使いの名前。
誰もが恐れる、孤高の魔法使いの名前。
「ウエストフィールドの森の外れに、世界最強の魔法使いがいるそうです。その者を召してみてはいかがでしょうか?」
「四大魔法使いの一人か?」
大理石で出来た玉座の前に控える近衛騎士の提案に、国王が、すがるような視線で問いかける。
「いえ、どうもそうではないらしいのですが……」
騎士は曖昧に返す。
実際、その噂を聞きつけてきたのも彼の部下で、ことの真偽は疑わしい。
四大魔法使い。
世界を構成する地水火風の四大元素。それぞれの使役を得意とし、他者の追随を許さぬ圧倒的な力を誇ると言われている、伝説級の魔法使いだ。その存在はまことしやかに噂されているが、彼らを実際に知る者は、この王都にすらいないといっていい。
そんな彼らをさらに上回る力を持つ魔法使いの存在など、容易に信じられるものではない。
しかし、今はそんなことにかまっていられる状態でもなく、真偽をただす時間もない。
「ううむ、とりあえず招いてみよう。真実その者が世界最強の魔法使いであるならば、王子も助かるかも知れない」
国王が妃を得て10年過ぎてやっと恵まれた待望の第一王子。彼が原因不明の病に伏せって1週間がたつ。
宮廷医師はもとより、国中の医師がさじを投げている。宮廷魔法使いにみせても、王立図書館の全ての蔵書をひもといても、原因はいまだ分からない。
たとえ取るに足らぬ噂であっても、確かめずにはいられない。
王子は、日に日に弱っているのだ。
「分かりました。すぐにその者をつれて参ります」
「頼んだぞ、アルフィーン」
「シャリオン・レイド・マクリール殿! マクリール殿はいらっしゃらないか?」
ガンガンッと、古い木造の扉を乱暴に叩くと、やっとのことで中からぱたぱたと軽い足音が近づいてきて、ゆっくりと扉が開いた。
アルフィーンの目の前に現れたのは、燃えるような赤い髪が印象深い、13,4歳くらいの、まだ幼さの残る少女だった。
「誰?」
愛らしい顔には似つかわしくない、ぞんざいな声で、いかにもうさんくさげな視線で少女が問いかける。
少女は、頭をぐいっと見上げて、下からアルフィーンをきっと睨み据えていた。
「王立騎士団、第一近衛騎士のアルフィーン・カッディスと申す。ここは、マクリール殿のお宅で間違いないか?」
腰を落とし、視線を少女の位置まで持って行ってから、アルフィーンは丁寧に自己紹介した。
「そうよ。で、何の用? 貴方、元気で健康そうに見えるけど?」
少女はアルフィーンを上から下までゆっくりと眺めてから、冷たく突き放す様に言う。出入り口を小さな体で塞ぐ様に立って、アルフィーンを一歩も中に入れようとしない。
「確かに私は健康だが? 私はマクリール殿に是非お会いしたいのだ。いらっしゃるのなら会わせてもらいたい」
あくまでも丁重に、アルフィーンは言葉を紡ぐ。
「あいにく、今は患者を診てるのよ。健康な体の人間には用はないわ」
「患者?」
少女の言葉にアルフィーンが小さく眉根を寄せると、少女は呆れた様にアルフィーンの顔を覗き込む。
「貴方、どの噂を聞いてここにやってきたの?」
挑発的な眼差し。
試す様な、あざける様な口調。
アルフィーンは言葉を詰まらせる。
どの噂と聞かれても、彼は部下から「最強の魔法使い」という言葉しか聞いてはいなかった。
「外れの森の、怪しい人間?
おかしな実験を繰り返す、狂った科学者?
騙されやすい、お人好しの医者?」
どれも聞いた事の無かったアルフィーンは、反射的に、横にいた部下に視線を送る。
部下が思わず視線を逸らした事から、彼はその噂を知っていた事がわかる。
「それとも」
少女が不敵に笑う。
「世界最強の魔法使いにご用かしら?」
「イディ。お客様?」
のんびりした声とともに現れたのは、患者らしい老人を伴った、ちんまりとした少年だった。
「初めまして、僕がシャリオン・レイド・マクリールです」
にっこり笑った少年は、不機嫌そうに給仕をする少女と同じ年か、せいぜい1つか2つ年上としか見えない。並んで立てば、少女より背は低いだろう。
柔らかいウエーブの、プラチナブロンドの髪。
透き通る様に蒼い、穏やかな光をたたえる大きな瞳。
鼻筋が通っていて、形の良い紅い唇に、控えめな微笑を浮かべた、美しい少年だった。
こう見えても彼は医者で、街から遠く離れた彼の家に、稀にやってくる患者達をみているらしい。
先ほどまでいた患者の老人は、帰り際、少年に深々と頭を下げて、連れに伴われて帰っていった。
「君が、世界最強の魔法使いといわれる、シャリオン・レイド・マクリール殿なのか?」
アルフィーンの声には、隠しきれない落胆の響きがあった。
隣に座る部下さえも、魔法使いの容姿までは聞き及んでいなかった様で、惚けた表情を隠そうともしない。
「そうよ。間違いなく彼が、世界最強の魔法使いよ。だから何だっての?」
少年が答えるより早く、お盆を持ったままの少女が言い放ち、まるで威嚇するかの様にアルフィーンを睨み付ける。
「イディ」
少年のたしなめる様な声に、ちらりと視線を送った後、少女は真っ直ぐにアルフィーンを見つめる。
「客? これが客? 家の外に魔法使いを5人も配置して、様子を窺わせる様な奴が?
あんたに少しでも頭があるんなら、あいつらを止めた方が良いわよ?
ここに魔力を放とうとした瞬間、あいつらは消し炭よ!」
「イディ!」
アルフィーンが驚いて立ち上がるのと、蒼白な顔でシャリオンが叫んだのは、ほぼ同時だった。
「イディ、止めなさい」
冷たく静かに響く声は、本当にこの優しげな少年から発せられたのか、と、アルフィーンは少年をまじまじと見やった。
「だってシャリオン」
少女は真っ赤になって少年の名を呼ぶ。
「イディア」
「分かったわよ。眠らせるだけにしてあげるわ」
渋々という様に、少女は呟く。それでも、アルフィーンを睨み付ける事は忘れない。
「シャリオンを傷つけるのは、私が絶対に許さないんだから!」