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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

緑色の魔術師の話

作者: 朝の光

 いつかその地にはびこった、あまりに無残な情景を。きっと誰も見たことがないような、あの赤色の絶望を。

 億えているだろうか?


 少女は少年へ希望を唄ったのだ。だが唄が報われるより早く、少女は“天敵”と化した。そう、赤黒く生々しく決まった形を持たない、醜く膨張してゆく肉塊である。血肉の塊は蠢き呻き泣き喚きながらに、どんどん質量を増してゆく。少女の成り果てたそんな様を、ただ見守ること以外に、何ができたと言えよう。

 そして、二人の少年が、目をむいたままそれを見つめていた。驚きのあまり息すら止めて、すっとんきょうな顔をして。

 ――駆けつけた彼の眼前には、そんな光景が広がっていた。

 その時点で彼ができることの、ただ見守る以外の一つ。それは、聳える“天敵”を封じ込むことであった。

 彼は携えた荷の中から何枚かのカードを取り出し、そのうち、ランスの描かれた1枚を虚空へと解き放つ。ほんの少しだけ得意気な顔で、だが緊張感を秘めた声で、彼は叫びを上げた。

「   !」

 その言の葉を認知できるのは彼のみ。カードの中から出現したランスをぐいと握り込むと、彼はキッと顔を上げた。

 ……さぁ、始めようか?

 彼の矛先は窓を割り壊し、ぐるりと小屋を紙のように引き裂いた。その間にも“天敵”の膨張は収まらない。こうでもしなければ、そこに佇む二人の少年は窒息してしまう。

 音高く拡散する小屋だった残骸から身を守ろうと、黒髪の少年が亜麻色の髪の少年を助け出した。咄嗟のことに驚いたように黒髪の少年を見やると、亜麻色の髪の少年は彼へと険悪な視線を投げ掛ける。無論彼に、いや、誰にも罪はないのだが。

 彼は改めて“天敵”と向き合う。手の中のカードをもう一枚使用し、彼だけの言葉で、鉄の馬を呼び出した。緑と銀に輝くそれとランスを構える様子は、さながら騎士のようである。

 ……僕は魔術師。そして、君と君の世界を守る騎士。

 崩れた小屋より速く大きくむくむくと拡散する少女だったもの。その身体から伸びる触手にも似た何かが、よく見れば少年一人を捕らえている。少女が希望の唄を捧げ、そして失敗したその者である。

 端から見ても解る灰色の身体は、石化の呪いに冒され、まさに石像そのもののようだった。石化の呪いは治療術を使用する代償である。きっとその少年は、今までに幾千の人の命を救い、祈り集う中にも呪いに阻まれ、そして今果てようとしていたのだ。

 彼は、少女が少年に唄った唄が、決して報われないものであったことを察した。

 もしや、放っておけばあの少年すら“天敵”と化してしまうやも知れない。そう予測を立てると、彼は再び新たなカードを宙へと放った。一瞬使うのを躊躇したようで、しかし選択は揺るぎない。呪文を歌い、彼はそこから巨大な大砲をあらわした。

「照準確認、標的固定。作動試験はそういえばしていないや。でも、僕が作ったものだから大丈夫」

 どんと重く()が響く。狙い違えず、砲弾は“天敵”の上方からどぅと暗く赤い雨を降らせる。赤い肉塊が赤く濡れてゆく中を、彼は馬を走らせ少年を救出する。すると、灰色の石がほどけ、人間の色が少年に戻ってきた。

 彼は驚き、微かに硬直した。なんせ少年の髪の色。目に眩しく光り輝く銀色が、少年の異質さを、特別さを物語っている。安堵を覚えた。もし自分が赤い雨を惜しんでいたら。少年が“天敵”となれば、封じ込めるなど不可能だったろうから。

 少年を二人に預けると、彼は著しい成長を遂げた“天敵”を見据える。

 何も描いていないカードを手の中に。そして馬を駆り、急所を突き、また呪文を口にすれば、封印は完了となるのだ。彼にはもう慣れた作業である。

 だが――

 少女は生きている。人間ではなくなってしまったとしても、確かにまだ命を持っている。ほら、“天敵”のとある一点に、少女の服だった赤い布切れが引っかかっている。布切れはその肉塊が少女たる証であり、少女だった名残であった。

 彼は暫しそれを見つめ、だが淀みなくランスを叩き込んだ。人だった名残は、“天敵”の急所となるから。

 そうすればもう、“天敵”に理性などなくなる。無謀に暴れるだけの、脳のない災厄。悲しい最期。

 彼は“天敵”へカードを振りかざし、欠片も迷わず、封印の呪文を唱えた。

「     !」

 カードに吸い込まれてゆく、赤色。今ようやっと命を終えた少女が、今彼に殺されてしまった少女が、いつか好んだ色だ。

 なくなった。

 残された三人の少年は、瓦礫の中に茫然とたたずんでいた。銀髪の少年を抱いて涙をこらえる黒髪の少年と、彼を視線で殺すような勢いで睨んでいる亜麻色の髪の少年。

 彼らは、億えている。

 赤い服を着た、中学生ほどの少女のことを。


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