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人喰い鬼の住む森

作者: り(PN)

(四日目の朝に泣きながら帰ってきた男の子のお話です)


 ある小さな町に淋しがりやの小学生の男の子が住んでいました。男の子は町はずれにある小山の、うっそうとしげった森が好きでした。

「また、あの森に行く気なのね。何度、行ってはいけないといえばわかるの」

 男の子が森へ行くのを見つけると男の子のお母さんは、きまってそういいました。

「あの森にはね、こわい悪魔が住んでいるのよ。食べられちゃったらどうするの?」

 お母さんの言葉には男の子に危険なところで遊んで欲しくないという気持が込められていましたが、男の子にはそれがわかりません。

「あの森には、昔から人喰い鬼が出るという言い伝えが残っているのよ。人間を食べるのを、たった三日がまんしただけで死んじゃうくらい、喰い意地のはった、こわい鬼なのよ。あなただって、そんな鬼にあたまからバリバリと食べられてしまうのはいやでしょう」

 お母さんは男の子をさとすようにいいました。

「けど……」

 男の子はいいたい気持ちを心の中に押さえて、くっと、くちびるをかみしめました。

(あの森には、こわい人喰い鬼なんていない。いるのは、お父さんとお母さんのいないかわいそうな小鬼だけなんだ!)

 お母さんにしかられるたび、男の子は何度そのことを口にだそうと思ったか知れません。

(でも、いっちゃだめさ。もし、ボクがそれをいってしまったら、大人たちは大声で笑いものにするか、さもなきゃ、カムカムを見せものにつかまえてしまう)

 世の中のめずらしい動物を捕らえ、見せては売る大人たちを知っている男の子は、かならずそう思いました。

 男の子は、その日もお母さんの目を盗んで、そろそろ勢いを増しはじめた、寒い北風がヒューヒューとうなる中、『がざりんこうの森』にまで行くことに決めたのでした。


「やあ、また大きくなったんだね!」

 この前きたときより、ひとまわりも大きくなったカムカムを見て男の子はいいました。

「うん、キミと友だちになってから、すくすくと育つようになったんだよ、シゲル」

 カムカムは親しみを込めて男の子にそういいました。

「だけどボク、もう長いこと、ここにいられない」

 カムカムの突然の言葉に男の子はびっくりして聞きかえしました。

「どうして?」

「もうすぐ、この山と『がざりんこうの森』をつぶして、新しい工場をたてるのだって。昼間、この近くを通りかかった人たちが話していたよ」

 カムカムは水晶のように透き通った両目で、足もとをじっと見つめながらいいました。

 そのしぐさに男の子は、ひとりぽっちの小鬼のさびしい気持ちを胸が痛くなるほど感じました。

「でも、ボクたちは友だちじゃないか。もし、キミとはなれてしまったって、ボク、キミのこと忘れやしないよ」

 気落ちしているカムカムを見ていられなくなった男の子は自分もいっしょになぐさめるようにそういいました。

(そうさ、少し遠くへいったからって忘れるようなやつは友だちじゃないんだ!)

 

 それから二週間のあいだ、男の子は「がさりんこうの森」へ行くことができませんでした。小学校も学年が上がると、勉強がむつかしくなるのです。男の子たちのクラスは、少し前に行われた全国テストの成績があまりよくなかったので担任の先生から補習の授業を受けていたのでした。けれど、そのあいだ一日だって男の子はカムカムのことを忘れたことはありません。そして二週間と一日目に、学校の先生から、

「みんなも知っているように、あの『うすぎたない森』に、こんど新しく工場が建つことになった。ああいう工場を作って、人々の役に立つためには、さあ、勉強しなくてはいかんぞ!」

 先生の話に胸のはりさけそうになった男の子は、その日、まっすぐ家には帰らずに「がざりんこうの森」へと向かったのでした。


「カムカム、どこにいるの、ボクだよ、シゲルだよ」

 冬の早い夕ぐれにすっぽりと包まれ心なしか不気味な感じのする『がさりんこうの森』で男の子はカムカムを探して歩き続けました。

「どうしたんだろう? もしかしたら、もうひっこしちゃったのかな?」

 男の子は歩きながらカムカムとの楽しかった思い出をふりかえっていました。


 男の子が初めてカムカムと出会ったのは、まだ暑い夏の盛りでした。友だちと三人とセミ取りに行き、他の友だちは二匹も三匹も捕まえてホクホクしていたのに男の子には一匹もつかまりまりません。みんなが帰り、男の子がひとりしょぼんとしているところへカムカムが話しかけてきたのでした。

「ねえ」

「……」

「キミ、ひとりなの?」

「……」

「もしよかったら、ボクとおはなししてくれない?」

 男の子はびっくりして、あたりを見まわしました。けれど、どこから声がしているのか、まったくわかりません。

「どこ?」

 男の子は声に向かって呼びかけました。

 けれど、それきりプツリと声がしなくなりました

「どうしたの?」

 男の子が呼びつづけます。

「でてきてよ」

「……」

「ね、お話ししてあげるからさ」

「ほんと!」

 聞こえてきた声は心から嬉しそうでした。

「でも、ボク、こわいよ!」

 男の子には声のいっている意味が、よくわかりませんでした。

「逃げたりしないでね!」

 そういうが早いか、その声の持ち主は男の子の前に姿を現わしました。男の子のもたれていた木の、ちょうど一本先の木の上から飛びおりてきたのです。

 目の前に立ったその子には、まっ白いつのが一本ありました。金色の髪が目の少し上までかぶさって、背の高さは男の子の胸くらいです。笑うと右のほおに、かわいいえくぼができました。

 男の子は、その子が現れたほんの一瞬、後ろに身を引きましたが、その子が逃げ去ろうとするので、あわてて呼びとめました。

「まってよ!」

 その子の足がビクンと止まります。

「ボクは、キミがこわいんじゃないんだ。ただ、あんまり急にでてくるものだから、その、ほんのちょっぴり、びっくりしただけだよ」

 男の子がそういうと小鬼は、くるっと向きかえりました。

「ほんと! ほんとにボクのこと、こわくない?」

 よほど人間にきらわれつづけてきたのでしょう。その小鬼には男の子の言葉が、まるで信じられないようでした。

「うん、こわくないよ!」

 男の子は自信をこめて、きっぱりといいきりました。

「ボク、ずいぶん弱虫だけど、キミのことは、ぜんぜんこわくないや。学校の先生の方が、ずうっとこわいよ!」

「ガッコウ?」

「そう。ちょっとさわぐと、すぐ立たされるし、宿題もいっぱい出るしね」

 そういうと男の子はクスリと微笑みました。すると小鬼もつられて、えくぼのできる、かわいい笑い方をしました。

「ボクはカムカム。お母さんもお父さんもいなくなっちゃって、ひとりでこの森に住んでんの」

 小鬼は少しもじもじしながらいいました。男の子はそれを受けて、

「ボクは、シゲル。あそうしげる。あっちの小さな町に住んでんの」

 男の子は、もときた道を指さしながらいいました。


 さあ、それから二人が何をしたと思います?

 セミ取りをしたのです。

 カムカムは男の子の虫カゴに一匹のセミも入っていないのをちゃあんと知っていました。

「わあ、すげえ! おまえ、これ、あれからひとりで取ったの?」

 次の日、学校のプールにセミがいっぱい入った虫カゴをもっていくと、男の子はたちまちセミ取りの名人にされてしまいました。

「うん。だって、森じゅうの木をかけずりまわって取ったんだもの。たいへんだったんだよ」

 本当は、ほとんどのセミはカムカムがつかまえたものでしたが、男の子はだまっていました。

「へえ、五十三びきもいる! しかも、大きいのばっかり!」

 ともだちのムーくんがそう叫ぶと男の子のまわりは、もう黒山の人だかりでした。そして、

「ボクのビー玉あげるから」

 とか、

「ボクのメンコと、取っかえっこしてよ」

 とかいうクラスの子たちが次々と現れて、男の子は生まれてはじめてみんなの人気物になるという喜びを味わいました。

(花や星座の名前を教えてくれたのはカムカムだし、かけっこではやくなれたのも、それになにより淋しくなくなったのも、みんなカムカムのおかげなんだ!)

 男の子は、ふっと胸をなぜおろしました。


 男の子がそんなことを考えていたときです。

 男の子の後ろの木の枝がガサッとゆれ動きました。

「なんだ、カムカム。そこにいたの!」

 男の子はほっとして、ため息をつきました。

「あー、よかった。こんなに暗いんだもん。ボク、このままひとりだったら、暗闇に溶けちゃいそうな気がしてたんだ」

 けれどカムカムは、木の後ろからでてこようとはしませんでした。

「カムカム!」

 男の子は急におそろしくなりました。

(ボクは聞いたことがある。この森の人喰い鬼は子供のときは何でも食べられるけど、大人になると人間しか食べられなくなるんだって。……そして、もし人間を食べないと、こんどは自分が――)

 男の子は駆け出しました。いま思いついた考えが自分でも、あんまりおそろしすぎたからです。


 その日、男の子は家に帰ってはきませんでした。


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