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平凡娘と獣と騎士と。  作者: 葉月ナツメ
終章
77/78

それから 1

 レイドさん達トゥイタギアの騎士に別れを告げて、数日後、私達はソドウィザムへと帰って来た。

 次の出立まで十日間の休みが得られ、それならばと、その日の夜は無事の帰還を祝しての宴会となった。

 ミレットさん、ヴィルさん、リューイさんは飲み比べを始め、ユスティさんとクリムさんが苦笑しながら静かにそれを眺める。

 団長と副団長は二人で向かい合い、談笑しながらお酒を酌み交わしている。

 お酒を飲めない私はレンと、スイと名付けたあの翠の獣と一緒に料理を堪能していた。

 イシュマさんは、不在。

 ソドウィザムへの帰路の途中で届いた手紙に、『帰還したらすぐ、その足で実家に顔を出すように』とあったらしく、渋々といった様子で出かけて行ったのだった。


「ふふ、イシュマさん、今頃はご家族と楽しく晩餐してるのかな? ちょっと嫌そうにしてたけど、久しぶりにご家族に会うんだもんね。きっと楽しんでるよね。ね、スイ、レン」

「オン」

「キュイ」

「あっらぁ、知らないのぉフィー? イシュマが嫌そうにしてた理由~」

「え?」


 食事をしながら、スイとレンを相手に話していると、飲み比べ中のミレットさんが酒瓶とグラスを持ったまま私のほうへフラフラと歩いて来た。

 ミレットさんは何か面白いものを見たように口の端を上げてニヤニヤしている。


「イシュマさんが嫌そうにしてた理由……ですか?」

「! ちょっとミレット、よしなさ」

「そう! イシュマはねぇ、縁談がきたから呼び出されたのよ! だから嫌そうにしてたってわけ! 今頃は大変なんじゃないのぉ、イシュマ! 全く、さっさと行動しないからよねぇ! きゃははっ!」

「……え……?」

「ミレット! もう、飲み過ぎよ!」

「……リューイ、ヴィル。その勝負、ミレットは棄権させるわ。いいわね?」

「ああ」

「了解」

「え~~っ!? 何でぇ!? ああっ、か、返してぇぇ!!」


 ユスティさんとクリムさんに手にしていた酒瓶とグラスを奪われ、ミレットさんは抗議の声を上げる。

 その三人に背を向けて、リューイさんとヴィルさんは飲み比べを続行した。

 騒ぐ平団員達を横目に、団長と副団長は我関せずといった様子でお酒を楽しんでいる。

 そんな皆を視界に入れながら、私は一人呆然としていた。

 ……イシュマさんに、縁談。

 ミレットさんが告げたその言葉だけが、頭の中をグルグルと回っていた。


★  ☆  ★  ☆  ★


 翌日。

 全体訓練を受けに、私は皆と全騎士達が集まる場所へと向かう。

 皆と同じように、イシュマさんともいつものように挨拶を交わせたのに、"縁談"という言葉が頭に浮かんで、私はどうしてもその目を見る事はできなかった。

 いつもなら並んで歩く道も、ユスティさん達を挟んで、離れて歩く。

 そんな私を、イシュマさんは一度ちょっと困ったように、けれどどこか嬉しそうに見たあと、リューイさんやヴィルさんとの会話に入った。

 ……ど、どうしよう。

 このままじゃ、段々気まずくなっちゃうだけだよね……。

 でも、『縁談どうなったんですか』なんて、聞けないし……。

 私とイシュマさんの関係は、ただの同じ団の仲間なだけであって、恋人ってわけじゃないんだし……。

 そう思うと、ただでさえもやっとしていた気持ちが下を向く。

 次第に顔も俯いてきて、私は地面を見ながら無言で歩いた。

 すると。


「あ……あのさぁイシュマ? そういえば、縁談ってどうしたの? 昨日、話に行ったんでしょ?」

「!」

「は? どうしたって、何言って……って……ああ……」


 ふいにミレットさんが上ずった声でどこか棒読みにイシュマさんに問いを発した。

 それに対し、私はピクリと体を揺らし、イシュマさんは怪訝な声をあげた後、何かに納得したような声を出す。

 その横で、他の四人は呆れたような、そしてどこか責めるような目をミレットさんに向け、ミレットさんは何故か肩を縮めて小さくなっている。


 「勿論、断るように頼んだよ。……俺には、縁談と聞いて沈んでくれる、可愛い子がいるからな。なぁ、フィー?」

「っ……え?」


 イシュマさんに突然そう声をかけられた私は、その内容の意味がわからず目を見開いて首を傾げる。

 するとイシュマさんは、ふ、と苦笑した。


「わからないかフィー? 俺は」

「クリミド様! おはようございます!」

「! ……ラールバルズ嬢……」

「あっ……」

「うわ、きた……」

「あらら……」


 更に続けようとしたイシュマさんの言葉に被さるように、前方から弾んだ女性の声が聞こえた。

 次いで、皆の嫌そうな声が聞こえ、視線が一ヵ所に集中する。

 それを追って、私もそちらに視線を向ければ、いつかの日、馬車から降りてまでイシュマさんに声をかけてきた、ツインテールの令嬢がいた。

 ラールバルズ嬢と呼ばれたその令嬢はイシュマさんに駆け寄ると、息を整える為少しの間を開けた後、ふわりと微笑んだ。


「クリミド様、お会いしとうございましたわ! 流星旅団の方々がお戻りになられたと聞いて、私飛んで参りましたの! ねえクリミド様、お聞きになりまして? 私と貴方様が、婚約するお話が進んでる事! もう私嬉しくて! 私、きっとクリミド様のよい妻に」

「ラールバルズ嬢、そのお話なら、申し訳ありませんがお断りさせて戴きました。今日、父から正式にご連絡がいくはずです」

「なり……えっ? ……ク、クリミド様? 今何て仰いましたの? よく……」

「縁談は、お断りをさせて戴きました、と。誠に申し訳ありませんが、私には心に決めた女性がおりますので」

「……え……? ……こ、心、に……。……私では、なくて……?」

「はい。……すみません、ラールバルズ嬢」

「………………」


 そう言ってイシュマさんが頭を下げると、ラールバルズ嬢はしばらく呆然とイシュマさんを見つめた。

 けれどやがて、ゆっくりと再び笑みを作り、口を開いた。

 その目には、微かな敵意が見え隠れしている。


「……そう、ですの……。……クリミド様のお心を射止めた方なら、きっと素晴らしい方ですのね? ……どちらのご令嬢ですの……?」

「はい。我が団の団長が、後見を務める方です。とても可愛いらしい女性なのですよ」

「えっ? ……流星旅団の団長様、って……? ……ス、スターテス侯爵様……!?」

「はい」

「……ス、スターテス侯爵様の、後見……。そ、そう、ですの……」

「はい」

「…………。……わ、私、これで失礼致しますわ……」

「はい、それではお気をつけて。……お元気で、ラールバルズ嬢」


 にっこり笑って話すイシュマさんの言葉に、何故かラールバルズ嬢は段々とその目に浮かんだ敵意を薄れさせ、最後には肩を落として去って行った。


「えっと……今のって? 団長の後見って聞いたあと、顔色が変わったみたいだけど……?」

「それはそうよ。だってあの子、どこの令嬢かを聞いて、嫌がらせするつもりだったんでしょうから」

「えっ、い、嫌がらせ!?」

「ええ、イシュマを諦めるように、ね」

「でも、団長の後見があるとなれば話は別。スターテス侯爵といえば貴族の中でもトップクラスの実力者だもの。敵に回すようなマネ、よほどの馬鹿でなければやらないわ」

「だからこそ、イシュマは団長の名前を出したのよ。良かったわねフィー? これで安心よ」

「え? よ、良かったわねって……? 何で私……え? だ、団長の後見……?」


 そ、そういえば、私の後見も、団長がしていたような……。

 で、でも、イシュマさんの想い人は、団長が後見をしている、可愛い子……なんだよね?

 えっと、つまり……?


「……だ、団長が後見を務める人って、私以外にもいたんですね……?」

「へっ? ちょ、ちょっとフィー……?」

「おいおい、何でそうなるんだ? ……とりあえず、縁談と聞いて沈むくらいには俺に好意を持ってくれてる事はわかったから、これからは遠慮なしにアタックするからな? 覚悟しろよ、フィー?」

「え? …………。……え、ええ!? わ、私っ!?」

「他に誰がいるんだ? 団長が後見を務めてるのは、お前ただ一人だぞ?」

「!!」


 いつの間にか側に来ていたイシュマさんは、むにっと私の右頬を優しく摘まみ、柔らかく笑ってそう言った。

 次の瞬間、私の顔の熱はボンっと音を立てて沸騰する。


「え、ええええっと、イ、イシュマさ……っ!!」

「オンッ!」

「おっと……!」


 真っ赤になった私がオロオロと戸惑っていると、スイが一声鳴いて、私とイシュマさんの間に割って入った。

 イシュマさんは大きく一歩下がって距離を取ると、じっとスイと見つめ合って、やがて苦笑した。


「わかったわかった。焦らずゆっくりやるよ。フィーを困らせたいわけじゃないしな。フィー、とりあえず、今の話は心の片隅に置いておいてくれ。……はあ。全く、厳しい保護者ができたものだな」

「え? ほ、保護者? って、え? あの?」

「さ、行くぞフィー。これ以上立ち止まってると訓練に遅れる」

「え、あっ? は、はい……! って、あれ? み、皆がいない!?」

「ん? あいつらなら、ほら、向こうだぞ?」

「え? ……あっ!? い、いつの間に!?」

「俺がお前に話しかけたあたりからだな」

「そんなぁ!? ……も、もう、皆っ、待って下さいよ~~!! 置いてくなんて酷いです~!!」

「何言ってんだ、気を利かせてやったんだよ!」

「はは、ごめんフィー。馬に蹴られたくないんだよ」

「そうそう。お邪魔はしないわよ!」

「仲間の恋路は暖かく見守らないとね?」

「そういうことね」

「なっ、こ、恋路、って……!! ……うぅ、わ、私、私が先に行きます!! レン、スイ、行こう!!」

「は? あ、おい、フィー! 待て!!」


 小走りに皆に駆け寄った私は、口々に放たれるその言葉に恥ずかしくなって、訓練前にも関わらずスイ達と共に全力で駆け出し、皆を追い抜いて走り去った。

 その後を、イシュマさんが追ってくる。


「あらら……これはもう、競走にしちゃう?」

「お、いいなそれ! 集合場所がゴールだな!」

「よし、じゃあ、最下位が全員の昼飯奢りな?」

「いいわよ。負けないわよ~?」

「ふふ。それじゃあ、よ~い……スタート!」

「イシュマ、フィー! 集合場所まで競走! 最下位が全員のお昼ご飯奢りよ~!」

「えっ!?」

「お、そうなったか。……そのまま頑張って走れよフィー!」

「え~~~!!」


 こうして何故か突如始まった競走は、やがて魔法を使って速度を強化するものにまで発展し、結果、魔法を苦手とするリューイさんが最下位となった。

 これはこれで結局、結構楽しかったのけれど、訓練前に全力疾走した私達を、団長と副団長は呆れた目で見て、『元気があるのなら』と、午後にも団の訓練が追加されてしまったのだった。


一時間後に それから2 が投稿されます。

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