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平凡娘と獣と騎士と。  作者: 葉月ナツメ
再び、トゥイタギアへ
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目が覚めて

 目が覚めると、見知らぬ天井が目に入る。

 ああ、昨日はテントで野宿じゃなくて、何処かの街か村で、ちゃんと宿に泊まったんだったっけ……?

 旅生活の中、見慣れぬ部屋で目を覚ます事にもすっかり慣れた私は、起き抜けのぼんやりした頭でそう考えて、体を起こした。

 すると、視界の端に翠色をした何かがうごめくのが映る。


「オォンッ」

「え……」


 そちらに視線を向けると同時に、翠色をしたそれは音を発した。

 ……音……いや、鳴き声だ。

 あの子の。

 まだうまく働かない頭がそう答えを叩き出し、視界がはっきりあの子の姿を認識する。

 途端、昨日の出来事が脳裏に蘇った。


「あ……ああ、そっか……私、あの魔獣に……。……こうして無事でいるって事は、貴方とイシュマさんに助けて貰ったのかな?」

「オンッ」

「……そっか。ありがとう。……また、貴方に助けられたね」


 そう言って手を伸ばし、あの子の頭をそっと撫でた。

 するとあの子は気持ちよさそうに目を閉じて軽く頭を下げ、されるがままになる。

 そうしてそのまま撫でていると、ベットの隣にある机の上からオレンジ色をした物体が飛び出してきて私の肩に着地し、頬にその体を擦り寄せてきた。


「わ、あはは、くすぐったいよ、レン。ふふ、おはようレン。……そういえば、昨日はレンにも庇ってもらっちゃったよね。ありがとう。体は平気? レン?」

「キュイッ!」

「そう。なら良かった」

「! ……起きてたのか、フィー。良かった」

「フィー! 良かった! おはよう、気分はどう?」

「おはようフィー。傷は治っている筈だけれど……体に違和感はないかしら?」


 私が二匹と戯れていると、ふいに部屋の扉が開いて、イシュマさん、ミレットさん、ユスティさんが入ってきた。

 三人は起き上がっている私の姿を見て安堵したような表情を浮かべ、口々に私を気遣う言葉を口にする。


「おはようございます。もう、大丈夫です。……イシュマさん。昨日は、イシュマさんに助けて貰ったんですよね? ありがとうございます」

「いや、俺だけじゃない。そいつと、リューイ達も含めた平団員全員にだ。……それに、俺に礼を言う必要はない。一緒に行動してたのにお前から離れて、結果、駆けつけるのが遅れてお前に怪我をさせた。礼を言われる資格は、俺にはないよ。……すまなかった、フィー」

「えっ、イ、イシュマさん、そんな! 謝る必要なんてありません! 頭を上げて下さい!!」


 私の言葉にイシュマさんはその表情を歪め、あろうことか私に深々と頭を下げた。

 そんなイシュマさんに驚いて、私は慌ててベットから駆け降り、イシュマさんの前へと移動する。


「いいえフィー。イシュマの謝罪は当然よ。貴女の仲間だけれど、同時に、私達の護衛対象でもあるのだから」

「そう。陛下は、貴女を守る事を条件に団への入団を許可なさったと聞いているわ。イシュマはそれに違反したの。罰と謝罪は当然よ」

「ば、罰!? じゃあまさか、団長から何か……!?」

「……気にしなくていい、フィー。当然の事だ。……それより、お前はそいつに言うことがあるだろうフィー? それとも、もう言ったのか?」

「え、あっ……ま、まだ、ですけど……でも……!」

「いい、俺の事は気にするな。さ、早く言うべき事を言ってしまえ」

「う……」

「ほら」


 罰と聞いて取り乱す私に、イシュマさん達はまるで何でもない事のように言葉を重ね、私をあの子へと向き直させる。

 それでもまだ罰の事を気にする私に、イシュマさんは薄く笑って、とん、とその背中を押した。

 ……どうやら、これ以上食い下がっても平行線をたどりそうだ。

 私の事で罰なんて受けて欲しくないし、護衛対象、という言葉にもちょっと引っ掛かりを感じるけれど……それが陛下のご意志が関わっている事であるなら、私にどうこう言える次元の事では、ないのかもしれないし。


「……はぁ……」


 私は一度溜め息をつくと、気持ちを切り替え、あの子に向かって数歩踏み出す。

 そして膝をついて目線を合わせると、ゆっくりと口を開いた。


「……あのね。聞いて欲しい事があるんだ。私、ここへは、貴方に会いに来たの。会って、私と、ううん、私達と一緒に来て欲しいって、お願いする為に。……貴方は足が速いし、今までは誰かに見つかってもその足の速さで逃げ切れてきたかもしれない。でも、それがずっと続くという保証はないでしょう? 以前も、昨日も、貴方は私を助けてくれた。だから今度は、私が貴方を助けたい。もう逃げる必要のない、安心していられる場所をあげたいの。お願い。私達と、一緒に来て?」


 私がそう言葉を終えるまで、あの子はじっと私を見つめ微動だにしなかった。

 言い終わって、私達の間に静寂が訪れること、数秒。


「……ォンッ」


 あの子はそう短く一声鳴いて、首を縦に振った。

 振ってくれた。

 その時のあの子の表情は、どこか微笑んでいるように見えて、胸に広がる嬉しさに、私も満面の笑顔を浮かべたのだった。


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