魔獣退治
イシュマ視点です!
……何が、いけなかったのだろう。
フィーに、戦闘になったら敵を完全に倒した事を確認するまでは気を抜かないようにと、事前に忠告していなかった事か?
フィーなら、もし何かあっても、俺が戻るまで対応できるだろうと、判断を誤った事か?
俺なら、少しくらい離れても、大事に至る前には駆けつけられると、己を過信した事か?
目の前で崩れゆく体を見て、醜く顔を歪め、俺は自分の過ちを呪った。
「フィーーーッ……!!」
悲痛な叫び声が、自分の口から漏れた。
咄嗟に唱えた魔法は数秒間に合わず、彼女を守ろうと捨て身の体当たりをしたレンは振り上げられた手に弾かれ、フィーはそのまま、引き裂かれた。
遅れて届いた俺の魔法が、フィーの側から魔獣を退けたけれど、フィーは倒れ、動かない。
ようやく側に駆け寄り、素早く状態を確かめると、フィーは弱々しいが呼吸はしていた。
まだ、生きている。
その事に安堵したが、すぐに治癒しなければ危ないだろう。
だけど、今は治癒魔法をかけている暇はない。
まずは魔獣をなんとかしなければ、俺もフィーの二の舞になる。
……団の皆がいてくれれば、手分けする事も可能なのに……!!
焦りの混じった苦々しい思いを抱え、俺は空に向かって緊急事態発生の合図を放つ。
頼むから、急いでここまで来てくれよ……!!
空に輝くそれを一瞥し、俺は一度深く息を吸い、そして吐くと、殺気を込めた視線を、魔獣に向けた。
その魔獣は、数時間前出会ったあの翠色の魔獣と全く同じに見える。
しかしあいつなら、フィーにこんな真似はしないだろう。
「……よくも、俺の大事な女を傷つけてくれたな? お前にも、同じ痛みを味わって貰うぞ」
「グルルルルル……ッ」
俺の言葉を聞くと、魔獣は低く唸り声を上げた。
どうやらこの魔獣も、あいつと同じで言葉を理解するらしい。
前足で軽く地を蹴り、いつでも走り出せる体勢に入っている。
俺は腰に差した剣を引き抜き、刀身に風を纏わせて構えた。
俺の後ろには、フィーがいる。
これ以上フィーを傷つけさせない為にも、この位置から動く事はできない。
距離があるうちは魔法、接近したならこの魔法剣で応戦するしかない。
少なくとも、助けがくるまでは。
魔獣が地を蹴り、俺に向かって駆け出すのを合図に、戦闘開始となった。
「……なるほど、速いな。……それも、あいつと同じかよっ!」
嫌悪を込めてそう言い放つと、俺は対象をどこまでも追跡し攻撃する光弾を、数個放った。
★ ☆ ★ ☆ ★
「イシュマ! フィー! 無事か!?」
「すまない、遅くなった!」
「待たせたわね。……それで、イシュマ? 貴方、どうしてフィーを抱えているのかしら?」
「えっ、ちょっ、ちょっと! フィーどうしたの!?」
「何よこの服についた血!? あんた、何やってたの!?」
「……少し、離れてたんだ。悪い、俺の責任だ。団長達は?」
気を失ったフィーを抱き寄せ、治癒魔法をかけていると、皆が駆けつけて来た。
けれどその中に団長と副団長の姿はない。
「団長と副団長は、トゥイタギアの騎士達と一緒に、村に残っているわ。私達と行き違って、魔獣がまた村を襲いに来る可能性もあったから」
「こちらの探索は、私達に任せるそうよ」
「……そうか」
「それよりイシュマ! フィー、大丈夫なんでしょうね!?」
「ああ。傷も塞がったし、もう心配ない」
「そうか。なら問題は、あっちだな」
「イシュマ。あれ、どっちがどっちだ?」
俺の問いにユスティとクノンが答えると、ミレットが地面に膝をつき、俺の腕の中のフィーを覗き込む。
大丈夫だと答えると、リューイとヴィルが少し離れた場所に視線を移した。
そこには、二体の翠色の魔獣が向かい合い、睨み合っていた。
恐らく、互いに互いの隙を狙って攻撃するべく、タイミングをはかっているのだろう。
「さあな。俺にももうどっちがあいつなんだか、さっぱりだ」
敵の魔獣の動きは、予想以上に速かった。
一度接近した時に下腹部を斬りつける事には成功したが、手応えは薄かった。
斬りつけた部分の体毛は散り、斬られた後があるはずだが、やはり浅かったのか、魔獣の動きに衰えは見られなかった。
近づくのは得策ではないと判断したのか、魔獣はそれ以降俺に近づく事はなく、ただ放たれる魔法を避けるだけだった。
俺の魔力切れを待っている。
そう判断した俺は一向に当たらない攻撃をやめ、魔獣が焦れて再び接近してくるのを待つ事にした。
そうして互いに様子見に入って、しばらく。
ふいに茂みが揺れる音がして、そこから翠色の物体が飛び出してきた。
それは敵の魔獣と全く同じ姿の、魔獣だった。
『! お前……あいつか!?』と、目に入ったその姿に声を発すると、その魔獣は俺を見て、次いで少し視線を落とした。
俺の背後、地面に横たわるフィーを見たのだろう。
次の瞬間、その魔獣は、あいつは、怒りに満ちた唸り声を上げ、敵の魔獣に飛びかかって行った。
同じ姿形の魔獣は、やはりそのスピードも全く同じで、そこからは二匹の戦闘になった。
絡み合う二匹のその素早い動きは目で追うのも難しく、どちらがどちらなのかすぐにわからなくなり、援護のしようがなくなった俺は、フィーの治癒に専念するよりなかった。
「敵の魔獣の下腹部には、俺が斬りつけた傷があるんだが……二匹の動きが速くて、傷を見つけても、動き出すとすぐにどっちが敵かわからなくなるんだ。こんな事になるなら、目立たない下腹部じゃなく、わかりやすい頭部か背中に斬りつければ良かったよ」
「下腹部か……この暗闇じゃ、確かに見つけにくいな。しかも、イシュマが目で追いきれない程速いなら、尚更だな」
「何言ってるの! 敵はフィーを傷つけたのよ!? ただ手をこまねいて見ているだけなんてあり得ないわよ! 仲間が受けた屈辱は晴らさなきゃ!」
「そうね。その通りだわ。ユスティ、フィーと支援をよろしく」
「ええ、任せて。イシュマ、代わるわ。貴方は戦闘に加わって。……フィーに怪我させた失態、きっちり取り返しなさい」
「……わかった。けどとりあえず、どうにか見分けをつけないとな」
「下腹部の傷を見つけたら、魔法で印でもつけるか?」
「避けられないよう、足止めが必要だな」
「……その足止めが一番、難しいけどな。あいつにも手伝って貰えれば難易度は下がるんだが」
「なら手伝って貰えばいいじゃない! ねぇ、フィーの恩人さん! 私達、貴方と敵を区別したいの! 敵に印をつけるから、手伝ってちょうだい!」
「オォン!」
「へ? 今の、返事か? 了承、したのか?」
「……あの魔獣、俺達の言うことでも聞いてくれるのか……? フィーじゃなくても?」
「……どうやら、そうらしいな。よし……やるか!」
ミレットの言葉に了承の返事らしい鳴き声が返り、俺達は若干驚いたが、あいつの協力が得られるなら、それに越した事はない。
まずはあいつと敵の魔獣の見分けをつけて、攻撃に転じる。
一人では当てる事さえできなかった魔法も、皆と共闘するなら当てる方法はある。
それに、魔獣の動きについていけるあいつもいる。
勝ち目は十分に出た。
……フィー、喜べ。
お前の目が覚める時には、無実の証明と共に、あいつがお前の側に、いるからな。
俺はフィーの顔を見て心の中でそう語りかけると、その嬉しそうな笑顔を想像して一度小さく笑った後、フィーをユスティに預け、立ち上がった。