油断という名の
「風の刃! …………ああもう、また外れたっ!」
手を水平に伸ばし、こちらに向かって駆けてくる魔獣に狙いを定めて、魔法を放つ。
もう何度も繰り返したそれは、しかし魔獣に当たる事はなく、どれも直前で避けられてしまっている。
この魔獣は、とにかく素早い。
そして機敏だった。
進行方向の少し先を狙って攻撃しても、すんでのところでくるりと反転してしまう。
「こういう相手にはどうしたら攻撃が当たるの……! 捕まえなきゃならないのに!」
そう、あの子の無実を証明する為には、この魔獣を捕まえなきゃならない。
体の特徴を損ねるような魔法も、勿論使えない。
けれど並大抵の魔法では避けられてしまう。
……どうしたらいいのか、全然わからない。
避けられる度に気持ちばかりが焦って、余計に命中率が悪くなっている気がする。
……せめて、イシュマさんさえ、戻ってきてくれたら。
そうしたら、何かいい案を出してくれるかもしれないのに。
そんな事を考えて、イシュマさんに頼ってばかりの自分が情けなくなる。
強くなりたい、誰かを守れるような騎士になりたいと、あの人拐いの一件のあと強くそう思ったのに、恩人のあの子の無実を証明する為に魔獣を1匹捕らえる、ただそれだけの事さえ、誰かを頼ってしまう。
情けなくて、悔しい。
いつまでもこんな自分で、いたくない。
「……何か……何か、方法は……! 考えなきゃ、考えるんだ……絶対、何かいい方法があるんだから……!」
こちらの様子を伺うように私の周囲をグルグルと駆け巡る魔獣の動きを必死に目で追いながら、頭をフル回転させる。
……やっぱり、速い。
まっすぐ駆けてくるからと正面からまっすぐに魔法を放っても、進行方向の少し先を狙って放っても、避けられてしまう。
魔獣の周りを囲むように放っても、この速さではきっと同じ事になると思う。
「……ん?」
……魔獣の周りを、囲む?
……もし……もし、魔獣が走っても避けきれないくらいの距離に、辺り一帯に攻撃魔法を放ったら?
魔法はイメージで発動するんだよね?
それなら……できるかも……?
いちかばちかの賭けだけど、やってみる価値はある、はず。
「……よぉし……。覚悟しなさい……!!」
大事なのは、魔法発動のタイミング。
辺り一体全てに魔法を発動させるのは、いくらなんでも無茶だ。
私の様子を伺って周囲を走っている時は、やるべきじゃない。
放つのは、様子見をやめて、私に攻撃する為にこっちへ向かってくるとき!
魔獣の動きに目を凝らしながら、じっとその時を待つ。
やがて、緊張が汗となって滴り落ちた、その時。
魔獣は直角に向きを変え、私に向かって駆け出してきた。
……よし、今だ!
「光の刃よ、降り注げ!!」
どうか、魔獣を捉えて!!
その思いだけを込め、私は声高に魔法を唱えた。
そしてその思いは、魔獣の悲鳴にも似た咆哮によって、叶えられた事が示されたのだった。
「……や、やった……できたぁ……!!」
ズシン、と音を立てて魔獣が倒れ、動かない様を見て、私は喜びと安堵で力が抜け、その場にへたり込んだ。
これで、あの子の無実を証明できる。
その為の真犯人の捕縛を、私自身の手で行う事ができた。
……これで、やっと少し、恩が返せる。
目を閉じて、ほぅっと長い安堵の息をつく。
けれど次の瞬間、近くで、カサリと草が揺れる音がした。
あ、イシュマさん、戻ってきたのかな?
そう思って、ゆっくりと顔を上げる。
すると視界に、素早くこちらに迫ってくる翠の物体が映った。
「……え?」
「フィー!! 何してる、油断するな!!」
「っ!」
背後から、イシュマさんの焦りを含んだ鋭い声が響いてくる。
その声に、私は咄嗟に両手を前に突きだし、魔法を唱えようと口を開いた。
しかしそれは一瞬遅く、目の前で鋭い爪がキラリと光る。
それは、倒れ動かなかった筈の、魔獣のものだった。
「いやぁっ……!!」
容赦なく降り下ろされるそれに、私は悲鳴を上げる事しか、できなかった。