奮闘虚しく。
足音がすぐ近くまで聞こえてくると、私は一度目を閉じ、深く深呼吸をした。
再び目を開くと、先頭を歩く男と目が合った。
「いたぞ!」
当然の如く、男は声を上げ、私を指差す。
それを追って、周囲にいた男達の視線が私に集まった。
さぁ……足止めだ!
「氷の檻!」
「なぁっ!?」
私に向かって走り出した男達が、ある程度纏まった所で魔法を発動させ、四方を氷で出来た檻で囲む。
男達の背丈を軽く越えるそれに阻まれ、男達の足が止まった。
やった、成功だ!
「追いかけっこは終わりです。残念でした! 暫くそこで反省してて下さい!」
そう言うと、私はくるりと体を反転させ、男達に背を向けて再び駆け出した。
けれど、数歩進んだ所で、背後から伝わってきた熱気に足を止め、後ろを振り返った。
「……っ!?」
目に入った信じがたい光景に、息を呑む。
作ったばかりの氷の檻は、どこからか現れた炎に溶かされ、消え去っていった。
「うぁ~、あちちちちち……」
「もうちっと加減してくれよ、ボス」
「文句言うな、仕方ないだろう」
溶けて水になった檻の向こうから、男達が呑気に話ながら歩いてくる。
「嘘……そんな……」
私が呆然とそう呟くと、男達の一人が私を見て、不敵に笑った。
「やぁ、驚いたよ。まさか異世界人のお嬢さんが魔法を使えるとはね。騎士に習ったのかな? ……けど、所詮付け焼き刃だ。俺と魔法勝負しようなんて、無謀だぞ?」
「……魔法、勝負……!?」
つまり、あの人は、魔法を使えるって事?
そんな、そんな人が誘拐犯の中にいるなんて、想定してない……!!
「お嬢さん。俺達は追いかけっこなんてしたくない。だから大人しくしてくれ。なっ?」
「っ、冗談……!!」
諦めるわけにはいかない。
魔法使いがいたって、何がいたって、想定外だからなんて言い訳にならない。
失敗するわけにはいかない。
彼女達は、絶対に逃がす。
その為の足止めをするんだ、絶対に!
氷の檻が駄目なら……っ!!
「土の鎖!」
私は地面に手をつき、魔法を唱えた。
直後、地面から細長い紐状になった土が伸び、男達の手や足や首、腰などに巻きつき、動きを奪った。
「うわっ……! 動けねぇ!」
「おやおや……これは、抵抗する、という事かな? 無駄な事を」
「……無駄かどうかなんて、やってみなきゃわからないでしょう! 私は、諦めるわけにはいかないの!!」
「へぇ? いいな、それ。……そういう人間をぐうの音も出ないほどに負かして、絶望に染まった顔で許しを乞わせると、何とも言えない気分になるんだよな。……楽しくなってきた」
「っ……!」
土に絡め取られたまま、瞳に暗い光を灯らせて怪しく笑うその男に、私はぶるりと体を震わせた。
この人、何で、こんなに余裕なの……?
……怖い。
「水の幕! 風の戒め! 氷の檻っ!」
言い知れぬ恐怖から、私はじりじりと後ずさり、距離を開けて彼らの周囲を幾重もの魔法で覆った。
……けれど、残念ながら。
それらが何の意味もないものだったという事を、私はすぐに知ることになったけれど。