逃亡作戦を練りました。
どのくらい経っただろう。
車輪の音がしなくなり、馬車の揺れもなくなった。
止まったんだろうか?
「さあついたぜ! ここからは歩きだ!」
そう言われ、私は腕を引かれた。
……まずい!
降りてもし上を見上げられたら、あれに気づかれる!!
私はとっさに足を踏ん張って、男に抵抗するふりをしながら、意識を天井に向け、氷細工を消した。
「このアマ! まだ逆らおうってのか!」
突然男がそう叫び、バシンという音と共に、頬に痛みが走った。
また殴られたらしい。
男は強引に腕を引っ張り、引きずるようにして私を外へと降ろした。
そのまま強く腕を引かれ、歩かされる。
ジンジンと痛む頬に、わずかな悔しさと恐怖を覚える。
……ああ、駄目だ、しっかりしなきゃ。
この先はきっとアジトだ。
どうにかして皆に、ここの場所を知らせなきゃ。
私は周囲の音に耳を澄ませた。
風に木の葉が揺れるざわめきに、鳥の声。
足にあたる、伸びた草の感触。
……森の中……?
え、森の中って、どうやって知らせればいいの?
木や草に、氷細工を作るのは、見つかる危険があるから駄目だよね。
他に……他に、何か方法はないかな?
ああ、もう、イシュマさんに色々な事態を想定した対処法を教えて貰っておくんだった……!!
私は結局何もいい方法が思いつかないまま、何かの建物に連れて行かれた。
「ほぅらついたぜ! ここが倉庫だ! 中にはお前と同じ商品達が鎮座してるからな、仲良くしてろよ! ははは!」
そう言うと男は目隠しの布を外し、私を突飛ばした。
はずみで一、二歩前に進むと、後ろの扉がバタンと閉められ、鍵のかかる音がした。
……うん、そうだよね。
鍵はかけるよね……。
私はため息をひとつつき、部屋の中を見回す。
中には数人の女性達がいた。
この人達が拐われた被害者達だろう。
皆若くて美人だ。
……この人達を見る限り、私は珍しい異世界人ってだけで拐われたね。
色々、体の造形のレベルが違い過ぎる。
……まあ、いいけど……。
とにかく、何とか皆にこの場所を知らせるか、自分達で逃げ出す方法を考えないと。
私は改めて部屋の中を隅から隅まで見回した。
すると、かなり高い位置に、窓がある事に気がついた。
あまり大きくないけど、女性一人ずつなら通れそうだ。
私は後ろの扉を振り返る。
扉は全体が石で、覗き窓などはついていなかった。
うん、これなら見られる心配はない。
私は窓がある壁に近づくと、口を開いた。
「石の階段!」
そう唱えて手を下から上へ振り上げると、ボコボコという音と共に石がせり上がり、階段が出来上がる。
私は一歩ずつそれを昇り、窓の外を見た。
見える範囲に見張りはいないみたいだった。
けれど通って来たであろう獣道は、見えない範囲から伸びている。
そこに見張りがいたら逃げ出すのは難しくなる。
「う~ん……レンがいてくれれば、森の動物のふりして偵察をお願いできるんだけどなぁ……」
「キュン?」
「え?」
私がレンの名前を呟くと、下から返事が聞こえた。
外套がもぞもぞと動き、そこからレンが顔を出す。
「レン……! ついてきてくれたの!?」
「キュン!」
「ありがとう! あ、じゃあレン、この建物の周囲に人がいないかどうか、見てきてくれる?」
「キュン!」
私は、上へ持ち上げるタイプだった窓を開け、レンを外へ出した。
次いで視線を部屋の中へ移すと、階段の回りに女性達が集まっているのが目に入った。
さっきまでと違い、その表情には希望の光が宿っている。
私は階段を降りると、口を開いた。
「ひとつお聞きします。皆さん、長距離でも、頑張って走れますか?」
この問いに女性達は一瞬戸惑う様子を見せたけど、すぐに決心したように強く頷いてくれた。
……うん、なんとかなるかな?
「では、日が落ち暗くなったら闇に紛れてここを逃げ出しましょう。……私はフィー・ストロベル。ソドウィザムの騎士です」
そう名乗ると、女性達の表情は更に明るくなった。
それだけソドウィザムの騎士の名前が人々に高評価を得ているんだろう。
まして、ここは他国。
その評価は、他国を巡る流星旅団が築いたもののはずだ。
仲間達が築いたものを、私が落とすわけにはいかない。
失敗はできない。
頑張らなきゃ。
私は沸き上がったプレッシャーに耐えながら、暗くなるのを待った。