ちょっぴり仕返ししました。
「…どういう事だ」
レイドはイシュマに視線を移し、低い声で呟いた。
その目は怒りをたたえている。
「どういう、とは?」
イシュマは真っ直ぐにレイドを見つめ、平然と問い返した。
「決まっているだろう!」
そう怒鳴り声を上げ、レイドはイシュマに詰め寄り胸ぐらを掴んだ。
「サクさんを唆して騎士にしたのは貴殿だろう!?どういうつもりだ!サクさんは何もできない一般の女性だぞ!?それをっ!!」
「…唆してとは、人聞きが悪いな。おれはそんな事はしていないが?」
「このっ、ぬけぬけと…!」
平然といい放つイシュマに、レイドは怒りを増長させ、掴んだ胸ぐらをギリッと締め上げた。
「…なあ。少しは落ち着いて、一度後ろを見てみたらどうだ?」
「何!?…後ろがどうし…っ!?」
締め上げられて尚、落ち着いた声色で、ちらりと背後を見て促すイシュマに、レイドはそのまま顔だけを動かして背後を見る。
そして次の瞬間、息をのみ、驚愕の表情を浮かべた。
レイドの背後にはフィーがいた。
フィーは、その手に氷の矢を持ち、レイドに向けて構えていた。
「サクさん…!?」
「…私は、フィーです。…イシュマさんを離して下さい。仲間に対する暴言や暴力は、許しません」
フィーは矢を構えたまま、ゆっくり、そしてはっきりと告げた。
「なっ…」
レイドは絶句した。
イシュマの胸ぐらを掴んでいた手も力を無くし、するりと下に滑り落ちる。
イシュマは掴まれた部分の乱れを直すと、口を開いた。
「…理解したか?何もできない一般の女性だったサク・ヒムカイはもういない。彼女はソドウィザムに来た数日で魔法を覚えた。魔力は決して高くないし、使える魔法もまだ少ないが、そこにいるのは紛れもなく、流星旅団の一人、おれ達の仲間の、フィー・ストロベルなんだよ」
「…そういう事です。私は唆された訳でも、強制された訳でもありません。自分の意思で誘いを受けて騎士になったんです。それを勝手に決めつけてイシュマさんにあんな真似して…そういえば、最初の頃に受けた扱いも、私まだ許しきれてないんですよね。…いい機会です!レイドさん、覚悟して下さい!」
「え!?」
「!…待て、フィー…!」
フィーは氷の矢を消し、右手を上に上げた。
上から下に、滝のように思いきり水をかぶせるイメージで!
「ウォーターフォール!」
魔法の文言を言うと同時に、フィーは右手を勢いよく振り下ろす。
次の瞬間、レイドの頭上から大量の水が落下した。
バッシャーーーン!!
「っ!」
頭から水をかぶり、全身びしょ濡れになったレイドは視線を落とし、自分の体からポタポタと落ちる滴を、呆然と見つめた。
「よし完璧!レイドさん、これで全部手打ちにしてあげます」
フィーは満足そうに言った。
「フィー…待てって言っただろう…」
「え?…ああっ!?ごめんなさい、イシュマさん!」
イシュマのどこかげんなりした声色を聞いて、フィーはイシュマを見ると、慌てて側に駆け寄った。
レイドのすぐ後ろにいたイシュマは、巻き添えをくらい、濡れてしまっていた。
「ええと、ハンカチ、ハンカチ…!」
フィーは急いで鞄をあさり、ハンカチを取り出すと、背伸びをしてイシュマの顔を拭く。
「いい、フィー。自分でやる。下手をするとお前まで濡れるだろう」
イシュマはフィーの手からハンカチを取り、わしゃわしゃと頭を拭きだした。
「うう…本当にごめんなさい」
フィーは眉を下げ、俯いた。
イシュマはそんなフィーを見て苦笑する。
「いい、気にするな。けど次は、ちゃんと仕返しの対象者にのみ、魔法を発動させてくれ。失敗は、きちんと次にいかせよ?フィー?」
「…は、はいっ。わかりました…!」
「よし。ならいい。反省して、次うまくやる決心したなら、それで終わりだ、フィー。なっ?」
そう言って、イシュマは、ポン、と、フィーの頭に手を置いた。
「え…」
フィーがノロノロと顔を上げると、微笑んでいるイシュマが目に入った。
フィーはわずかに目を見開き、次いで、困ったように苦笑した。
「もう。イシュマさん、ちょっと私に甘くないですか?もっと怒っていいのに」
「何言ってる。こんな事くらいで怒ってられるか。ミレットの悪戯に比べたらずっとマシだぞ?」
「へ?ミレットさんの、悪戯?」
「ああ。フィーも気をつけろよ?ミレットは、遠征先でストレスが溜まるとな…」
「あら、フィーには仕掛けないから大丈夫よ?…だから、余計な事言わないでくれるイシュマ?」
「言わなくてもじきに知るだろ…」
「うるさいリューイ!」
「イシュマ、いつまでもそのままじゃ風邪をひくわよ」
「はいタオル。洗って返してよね」
「必要なら、魔法で熱風送ってやるぞ」
「え、魔法で熱風?ヴィルさん、あとでそれ教えて下さい!」
「わかった、あとでな」
「あら、フィー。魔法を教わるなら、ヴィルじゃなく私かイシュマがいいわよ?」
「そうそう!ヴィルじゃ教え方下手だからわかりづらいって!」
「…何だよ、悪かったな」
「え?えっと…」
いつの間にか側に集まってきた団員達に囲まれ、フィーは雑談を始める。
その様子を、レイドはじっと見つめていた。
その表情はどこか寂しげでもあり、羨ましげでもあった。
「アベニカ殿、だったな。部下が失礼をした。申し訳ない」
後ろから聞こえた声にレイドはぴくりと体を震わせ、ゆっくり声の主を振り返った。
そこにはフェザークとルヴィークが立っていた。
「…いえ。自分の過去の過ちのせいですから、お気になさらず。…着替えますので、お先に失礼します。どうぞ支部の部屋は、お好きにお使い下さい」
「…すまない。一泊世話になる」
フェザークの返答を聞くと、レイドは何も言わず支部の建物の中へと消えて行ったのだった。