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平凡娘と獣と騎士と。  作者: 葉月ナツメ
幕間
53/78

追想~イシュマ視点

トゥイタギアで魔獣退治。

それは、いつもと何ら変わりない任務のはずだった。

けれど、トゥイタギアの騎士達と合流し出発した直後、隊長からかけられた言葉がきっかけとなって、このおれーーイシュマ・クリミドにとって、忘れられない任務となった。



「イシュマ。今回の遠征、トゥイタギアの騎士達の中に一般の女性が混じっている。異世界からの来訪者だそうだ。思う所があって同行させたらしいが、魔獣との戦闘中が気がかりだ。彼らがしかと守れるのならばいいが…もし不測の事態が起こった場合、お前にフォローを頼みたい。彼女を護衛を最優先に。…できるか?」

「…隊長。できるか、ではなく、やれ、でしょう?やりますよ。承知しました」

「では頼む。…お前ならば問題ないとは思うが、守るべき民に万一、怪我を負わすような事があれば……わかるな?」

「はい。重々、承知しています」

ソドウィザムの騎士にとって、一般の民は王と同様、守るべき存在だ。

王と民の両者が危険な状態に陥っていた場合、他の国ならば王優先だろうが、うちの国では、手を尽くして両方助ける、が普通だ。

それができなければ、ソドウィザムの騎士たる資格はない。

失敗すれば罰が下される。

今回、その女性に怪我をさせれば、しばらくの間正規の騎士から見習いに格下げされ、隊の皆から、散々雑用を押しつけられる事だろう。

…それにしても、どんな理由があれば、一般人を、それも女性を、危険な遠征に同行させる事が許されるのか。

トゥイタギアの騎士の気が知れない。



夜は宿営地で交流の為の酒宴になった。

とはいえ、隊長や副隊長は酒など飲んでいないし、他の皆も一杯をちびちび飲んでる程度で、酒より話に興じている。

…ただ、ヴィルだけは浴びる程飲んでいるが、あいつはめっぽう酒に強いので問題ない。

比べてトゥイタギアの騎士達は、そんなおれ達に気付く様子もなく酒をあおっている。

…おいおい、ここは街じゃないぞ?

魔獣や野盗が現れて襲われたらどうする。

仮にも騎士なら、どんなに酔っていようと自分の身くらいは守れるんだろうが、今回は守らなきゃならない一般人がいるんだろうが…。

そう思い溜め息をひとつつくと、視線を感じた。

顔を向けると、隊長と目が合う。

その目が強く言っていた。

飲むな。

おれは即座に自分の杯をヴィルに押しつけた。



翌日、大量の魔獣と戦闘になった。

女性の護衛は昨日同様、トゥイタギアの女性騎士二人が担っていた。

二人もいれば問題ないだろう。

そう思っていた。

しかし、丁度一匹切り伏せて、様子見にそちらに視線を向けた時、信じられないものを見た。

女性騎士二人はこっちに向かって駆けてきていた。

守るべき、女性を一人残して。

…馬鹿かあいつら!

心の中で毒づいて、女性の元へ駆ける。

次いで、女性の顔が強ばっている事に気付く。

女性の視線を追うと、その先に魔獣がいた。

舌打ちして、速度強化の魔法を自分にかけ、一気に女性との距離を詰め、その腕を引いた。

力加減を忘れ、地面に倒れ込ませた事は、失敗だった。

それを目撃していたミレットが皆に話し、乱暴だなんだと仲間内から、おもに女性陣からネチネチと非難された。



遠征三日目、驚くべき事が起こった。

少し離れた場所から女性を護衛していたおれは、女性の傍に魔獣が現れたのを見て、剣に手をかけ地を蹴った。

しかし次の瞬間、女性は嬉しそうに魔獣に話しかけた。

魔獣のほうも、襲うでもなく、逃げるでもなく、ただじっとしている。

やがて、トゥイタギアの騎士が駆けつけて来ると、女性は魔獣を逃がそうとしているようだった。

おれはゆっくりと女性の元へ歩き出した。

トゥイタギアの騎士は女性を何とか説得し、魔獣から離そうとしていた。

しかし女性は一向に聞き入れない。

やがて、この場は魔獣を逃がす事に決まり、おれは魔獣をそこまで送ると言い出した女性に、安全の為に付き添った。

別れ際、女性は魔獣を抱き締め、どうか元気でと言って体を離し、去っていく魔獣の姿が小さくなるまで手を振って見送った。

宿営地に戻ると、トゥイタギアの騎士は改めて女性に魔獣の危険性を説こうとした。

けれど女性は聞く耳を持たないばかりかやがて怒りだし、おれの元へ走ってきて、おれの馬に乗せて欲しいと言い出した。

トゥイタギアの騎士は慌てて女性を宥めにかかったが失敗に終わり、おれに女性を頼むと、肩を落として自分の馬の所へ歩いていった。

その姿に少しだけ憐れみを感じたが、おれにとってこの状況は好都合だった。

帰路につく間女性とずっと他愛のない話をした。

女性はヒムカイサクと名乗った。

サクさんとの話は、かなり楽しかった。

終始笑っていた気がする。

やがて、話は今日逃がした魔獣の事になった。

サクさんはあの魔獣を恩人だと言った。

この世界に迷い込んだ時、あの魔獣に助けられたらしい。

魔獣が人を助けるなど、聞いた事がなかった。

しかしあの魔獣とサクさんの様子を思えば、嘘とも思えない。

旅団には、魔獣の調査という任務がある。

しかしその任務は一向に達成されない。

だが、魔獣と触れ合えるなら、いずれ任務完了の報告ができるだろう。

…サクさんが欲しい。

任務達成の為に、きっと唯一、必要な人材だ。

そう思った。



街に着くと、自国の騎士から、翌日約束の地へ立つようにと伝令が言い渡された。

まだ一緒ならと、おれは明日も自分の馬に乗るかと、サクさんに尋ねた。

しかしそこに、トゥイタギアの騎士が割って入って来た。

あの落ち込みから浮上したのか。

トゥイタギアの女性騎士がサクさんを連れて行くのを見て、おれは何故か面白くない気分になった。

口からは皮肉めいた言葉が出る。

トゥイタギアの騎士が悔しげに顔を歪めた所で、隊長から制止がかかった。

元々サクさんは、トゥイタギアの騎士預かりの身だ。

おれは隊長の命令でトゥイタギアの騎士のフォローという形で、サクさんの傍にいたに過ぎない。

その隊長に引けと言われては、引くしかない。

わかっているのに、どこか割りきれない気持ちから、おれは隊長に尋ねた。

様子を見に行くくらいは、いいですよね?と。

隊長から好きにしろとの返答を得て、ようやくおれの心は落ち着いた。



その後、サクさんはソドウィザムに定住が決まり、セイヴィリム陛下の許可を得て、名もフィー・ストロベルと改め、流星旅団の一員となった。

これで魔獣の調査は進むだろうし、何より、ずっと一緒にいられる。

その事に喜んだのも束の間、隊長から、フィーの希望でまたトゥイタギアに行くという事を聞かされる。

あの魔獣を迎えに行きたいとフィーは言うが、それだけの理由だろうか?

まさか、あのレイドとかいう騎士に会いたくなったんじゃ?

…いや、フィーのあの騎士への態度からして、そんなはずはない。

だが、もしもそうなら…。

モヤモヤとした気持ちを抱え、おれは一人、さっさと部屋へ引き上げていった。

遅れて部屋へ戻って来たヴィルとリューイに、態度が悪い、気になるなら直接聞け馬鹿、と頭を叩かれた。

翌日、買い物に出かけ、ユスティさんの計らいでフィーと二人になったおれは、ヴィルとリューイの言葉に従って、さりげなく尋ねてみた。

するとフィーは大笑いした上で、否定した。

私の傍には、イシュマさんがいてくれるのに。

フィーのその言葉は、何よりおれを喜ばせた。



トゥイタギアへ発つ前日、おれ達は再び買い物に出た。

そこでおれは、ユスティさん、クリム、ミレットから、フィーに何か贈り物をしろと詰め寄られる。

男はまず甲斐性よ!贈り物のひとつぐらい、ポンとやってみせなさい!とミレット。

身につける物がいいわね、他の男が贈った物をフィーが身につけてたら、あのトゥイタギアの騎士、どんな顔をするかしら。とクリム。

入隊祝いとして贈れば、フィー、きっと喜ぶわよイシュマ?トゥイタギアに行く前に、フィーの気持ち、少しでも多く掴んでおきなさい。今度は、あの騎士に引いてもらわなければね。とユスティさん。

こういう時の三人には大人しく従ったほうがいい。

おれは皆と別れて、一人フィーへの贈り物を探した。


あの騎士に引いてもらわなければ。

それには激しく同感だ。

トゥイタギアへ行けば、きっとあのレイドという騎士が出てくるだろう。

けど、今のフィーは流星旅団の一員だ。

もう、トゥイタギアの騎士預かりの身じゃない。

おれが引く理由はどこにもない。

フィーは旅団にも、おれにも必要な存在だ。

渡すものか。

トゥイタギアの国がある南の空を一瞥し、おれは再び、街を歩いた。

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