偶然?の出会い
声の主は、見知らぬ女性だった。
綺麗な銀髪をツインテールにし、フリルやリボンがふんだんに使われた、薄紫のドレスを着た女性が、嬉しそうな笑みを浮かべて近づいて来る。
なかなかの美少女だ。
「偶然ですわね。いえ、運命というのかもしれませんわね。私、ちょうどクリミド様にお会いしたいと思っていましたの。そうしたら馬車の窓から、クリミド様のお姿を目にして…驚きましたわ。きっと、運命の女神様が私に味方して下さいましたのね。この私こそ、クリミド様にふさわしいと、そうお考えなのかもしれませんわ」
女性は頬を染め、とろけるような視線をイシュマに向けた。
…うわあ。
よく恥ずかしげもなくあんな台詞言えるなあ。
しかも街中で…周囲の目とか気にならないのかな?
…でも、この人、イシュマさんが好きなんだ…。
こんな美少女に想われるって、悪い気…しないよね?
あっ、もしかして、もうすでに恋人とか…!?
それならあの台詞を堂々と言うのも、納得だけど…………恋人、なの?
フィーはちらりとイシュマを見る。
「えっ」
イシュマの表情を見たフィーは思わず声を出してしまい、慌てて両手で口を押さえる。
イシュマは微笑みを浮かべていた。
しかしその微笑みは、フィーにはどこか作り物めいて見えた。
「お久し振りです、ラールバルズ嬢。偶然ですね。ご健勝なようで、何よりです。私に挨拶をする為ににわざわざ馬車を降りて来て下さるとは、光栄です。しかしもう陽も落ちた。馬車に乗り、供の者がいるとはいえ、夜は危険です。一刻も早くご自宅にお戻りになられたほうがいい」
え、"私"?
今イシュマさん、"私"って言った?
いつもは、"おれ"なのに…?
フィーが首を傾げると、隣で、小さく笑う声がした。
隣に視線を移すと、いつのまにかユスティが立っていた。
「ふふ。フィーは、初めて見るわね。あれは、貴族としてのイシュマよ。侯爵子息、クリミド家の一人としての顔」
「…貴族としての、イシュマさん…?」
「私達には、貴族子息や令嬢としての付き合いが、どうしてもあるから」
「面倒だけどな。…ちなみに今のイシュマの台詞は、素で言うと次の通りだ。運命なんかじゃなくただの偶然だ。いちいち馬車止めて下りてくるな。早く帰れ。だな」
ユスティとは反対側の、フィーの隣に立ったリューイは、つまらなそうに言った。
リューイの向こうに、女性を促して馬車に連れて行くイシュマが見えた。
「リューイさん…。…え、ていうことは、あの人、イシュマさんの恋人じゃあ…」
「恋人?まさか。…フィー、間違ってもそんな勘違いするなよ?イシュマに恋人はいない。まあ、俺達にもだけど。フィーにそんな勘違いされたら、イシュマは絶望するぞ?」
「ぜ、絶望…?どうしてそんな」
「余計な事を言うなリューイ!」
「えっ」
イシュマの声に、リューイから、その背後に視線を移すと、リューイのすぐ後ろにイシュマが立っていた。
「お、戻ったか。ラールバルズ嬢は無事送り返し…た、訳じゃなさそうだな」
「しつこく食い下がるから切り上げた。姿がなくなれば大人しく帰るだろう。フィー、さっさと移動するぞ」
「えっ、あ、はい!」
「モテる男は大変だな、イシュマ。…彼女、いつも偶然、通りかかるもんな。どうやって調べてるんだか…よっ、色男」
「やかましい。…モテてるのはおれじゃない事ぐらい承知してるだろう?くだらないこと言うな」
「…まあ、な」
「え…?」
いつもより低い声で短く交わされた二人の言葉に、フィーは目を瞬いた。
「ああ、何でもない。さ、行くぞ。じゃあ皆、また後でな」
そう言うと、イシュマはフィーの手を取って歩きだした。
「えっ!…あ、あの、イシュマさん…!?」
突然繋がれた手にフィーは動揺し、イシュマを見上げた。
「…夜とはいえ、まだ人も多い。はぐれ防止の安全措置だ。気にするな」
「あ…な、なるほど。…わかりました…」
そういう事なら、仕方ない。
この行為に、別に特別な意味はない…。
フィーはこのあと、買い物の間中、繋がれた手を意識しないよう、必死につとめた。
去り際、イシュマにつれられて行くフィーを、ラールバルズ嬢が敵意に満ちた目で見ていた事など、フィーは全く気づいていなかった。