束の間の団欒
フィーはフォークを手に取り、目の前のお皿に盛られた料理を口に運んだ。
途端に口の中に広がる旨味に、頬をゆるめる。
「おいし~…!」
「でしょう?この街で宿をとるなら、やっぱりここよね」
「ああ。食事はうまいし、清掃はしっかりされてるし、サービスも良くて価格も良心的だし、な」
「だよねぇ。ん~おいし~!」
「作る必要も、片付ける必要もない食事は、やっぱりいいよな」
「はは、同感」
「そういや聞いたか?先頃、王都で第三師団の奴が、麗しの氷雪令嬢に交際申し込んだって話」
「え!何それ!?詳しく!」
「…麗しの氷雪令嬢?」
「ソドウィザムの伯爵令嬢に、とても美人と評判の方がいるのよ。でも異性からのお誘いは氷のように冷たい言葉でお断りしているらしいの」
「それでついたあだ名が、麗しの氷雪令嬢、ってわけ」
「へえ…」
「けど例に漏れず、玉砕したらしいぜ。カチンコチンに凍ったんだとさ」
「そういう噂は多いのに、挑戦者は減らないよねえ。氷雪令嬢は迷惑なんだろうけど、女としてはそうまでモテるのは、ちょっと羨ましいよね」
「…何だよミレット、お前にそういう感情あったのか?驚きだ」
「リューイ、それどういう意味!?」
「あはははは!」
「笑うなヴィル!」
団員達は食事をしながら、他愛ない事を話しては笑い合う。
王都を出て以来の、寛いだ時間を過ごしていた。
ここはソドウィザムの国境近くの街、コウギョム。
フィー達が出発したあの日から、四日が経過している。
四日ぶりの街で、団員達は他人の手で作られた食事を楽しんだ。
「さぁて、数日ぶりのふかふかベッドにダイブする前に、買い出ししなきゃね」
「そうね。手分けして早く済ませましょう」
「賛成。街にいるんじゃ、酒も飲みたいしな」
「だな。夜営だと緊急時に備えて飲めないし。付き合うぜヴィル」
そう言いながら団員達は席を立ち、宿の入り口へ向かう。
「ちょっと、ヴィルはいいけど、リューイは程々にしなさいよ?明日に響いたら承知しないからね」
「大丈夫よクリム。私とミレットとイシュマで見張るから」
「うんうん!ついでに、ちょこっと飲むけどね!」
「…おれも参加か。まあ、いいけどな」
「もう…全員、ちゃんと量は控えておいてよ?」
「…あの、クリムさんは参加しないんですか?」
それまで団員達の会話を静かに聞いていたフィーは、浮かんだ疑問に首を傾げながら尋ねた。
私とミレットとイシュマで見張る、ってユスティさんは言った。
つまり、皆で酒盛りをするんだろう。
けど、クリムさんは、量は控えておいて、と言った。
その言い方は、まるで輪の外から釘を刺すみたいだった。
という事は、クリムさんは酒盛りに加わらないみたいに思える。
「ええ。私は参加しないわ。…飲めないのよ、私」
「ふふ。昔の、あの時のクリムには驚いたわよね。懐かしいわ」
「…やめてユスティ。団長達の前でのあんな失態、思い出させないで」
ユスティの言葉にクリムは両手で顔を覆い、軽く首を振った。
…昔、何があったんだろう?
聞いてみたい気もするけど…クリムさんの様子を見るに、聞かないほうがいいんだろうなぁ。
「うふふ、ごめんなさい。…さて、それじゃ、誰が何を買うか決めましょうか」
「そうね、こんな話はさっさと終わりにしましょ。…補充が必要なのは、水とパンと肉と野菜と灯石よね」
灯石。
それは、一度火をつけると、六時間は燃え続けるという不思議な石だ。
石なのに燃える。
最後は真っ黒になって二度使えない為消耗品だが、野宿する際はとても重宝し、旅人には必須アイテムらしい。
「イシュマとフィーが水、クリムとユスティさんと俺がパンと肉と野菜、ミレットとリューイが灯石でいいだろ」
「意義なし!荷物はよろしくリューイ!」
「はいはい」
「私とクリムはパンを持つから、肉と野菜はヴィルね?」
「そうね。さずかに全部は免除してあげないと」
「それはどうも」
「じゃあまた後でな。フィー、行くぞ」
「は…」
「クリミド様!お久しゅうございますわ!」
フィーの返事は、突然聞こえてきた声に掻き消された。