出発です。
フィーはまだ薄暗い中、王宮前広場を目指して歩いていた。
「フィー、眠気はない?」
「いつもの早朝訓練より早いもんね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です!…いよいよ、あの子を迎えに行けるんですから」
「そう。ならいいのだけれど。嬉しそうね、フィー」
「はい、嬉しいです!」
フィーは笑顔でそう返した。
「ふぅん。…けど、広場に行ったら、もっと嬉しい事があるかもよ?」
「え?」
「ミレット。駄目よ」
「えへ、ゴメン」
「???」
な、何だろう?
今のミレットさんの顔って、何かしらからかう時のもの…だったけど。
広場に行ったらもっと嬉しい事…?
フィーは前方に見えてきた広場を見つめ、軽く首を傾げた。
「全員揃ったな。先日話した通り、これからトゥイタギアへと向かう。目的は前回遭遇した翠色の魔獣の確保。その一点だ。前回同様、トゥイタギアの騎士が途中から合流する。恐らく、同じ隊だろう」
「え、同じ隊って…じゃあ、レイドさんの?」
「だろうな」
「やっぱり、そうなるでしょうね」
「そっか…レイドさん達に、また会うんだ…」
もう会う事はないかもと思ってたんだけど。
………う~ん、嬉しい、という気持ちは沸いて来ないなぁ。
お世話になったし、感謝はしてるはずなのに…やっぱり最初の事がまだどこかで引っ掛かってるのかな?
視線を少し下に落とし、思考に沈み始めたフィーを団員達はちらりと見ると、すぐにイシュマに視線を移した。
皆の物言いたげな視線を受けて、イシュマは一瞬、憮然とした表情を浮かべる。
しかしすぐにそれを消し、いつも通りの表情に戻ると、フィーの側へ歩み寄った。
「フィー。馬、おれのに乗っていくだろう?」
「え?あっ、はい!よろしくお願いします!」
イシュマの声に思考から引き戻されたフィーは、慌てて返事をした。
「ああ。じゃ、行くぞ」
「はい」
フィーとイシュマは、少し離れた場所に佇むイシュマの馬に向かって歩き出した。
「それと…これ、やるよ。…入隊祝い、とでも思ってくれ」
そう言って、イシュマは鞄から、ピンクの可愛らしいリボンのかけられた小さな箱を取り出した。
「え…?」
フィーは軽く目を見開き、その箱を見つめた。
「…早く受け取ってくれ。こんなリボンのついた箱を持って立ってるのは、正直恥ずかしい」
「あっ、えっと、はい。…ありがとう、ございます。イシュマさん」
フィーは照れたように微笑んで、そっと箱を受け取った。
「あの、今、開けてもいいですか?」
「…馬に、乗ってからならな。皆を待たすし、出発が遅れる」
「あ…そうですね。ごめんなさ…い…」
謝りながら視線を箱からイシュマに移したフィーは、イシュマの表情を見て動きを止めた。
イシュマの頬にはうっすらと赤みが差している。
…恥ずかしい、って、つい今しがた言ってはいたけど、この表情って……照れて、る?
「…何だよ」
「…ふふ。い~え、何でもありません」
じっと見つめてきたフィーに、イシュマはぶっきらぼうにそう言い放つ。
けれど、そんな言葉とは裏腹に、頬の赤みが増したのを見たフィーは、笑顔で返した。
「…くそ、見るな。ほら、早く乗るぞ」
「は~い」
イシュマはひらりと馬に股がると、フィーに手を差し出した。
フィーがその手を掴むと、ぐいっと引っ張りあげられ、フィーは馬に乗せられる。
「ふぅ。今度、一人で馬に乗る練習もしなきゃですよね、私」
「…それは別にいいだろ。おれが乗せるよ、ずっと。…フィーが、嫌でなきゃな」
「え」
「出発!」
イシュマの言葉に、フィーがイシュマを振り返るのと同時に、フェザークの声が響いた。
「ほら、前向いて掴まれ。走らせるぞ」
そう言いながら、イシュマは馬を動かした。
「わっ、はい!」
揺れ出した体に、フィーは慌てて前を向き、手綱の端を掴んだ。
「…あの、イシュマさん。今の話…本当にいいんなら、よろしくお願いします…」
フィーは前を向いたまま、遠慮がちにそう呟いた。
すると背後で、イシュマが小さく笑う気配がする。
「ああ、頼まれた。任せろ、フィー」
「…はい。じゃあ、お任せしました」
イシュマの返答に、フィーは笑顔でそう返した。
次回から、更新を数日おきに変えます。
詳しくは活動報告にて。