今日も訓練です。
午後になって、フィーはフェザークと一緒に魔法訓練場へとやって来た。
「フィー!良かった、まだ団長と一緒だったんだね!お昼になっても食堂に来ないからどうしたのかと思ってたんだよ」
「団長の用事が長引いたのですか?」
「フィーも団長も、お昼はちゃんととったんですよね?」
フィーとフェザークの姿を見たユスティ達が駆け寄って、口々に尋ねた。
「はい、大丈夫です。ちゃんと団長さんと一緒に食べました」
「フィー。私の事は、団長、と呼びなさい。もうさんづけは必要ない」
「え?あ、はい。わかりました。団長」
「よし。では、皆、整列!本日の訓練を始める!」
フェザークの一声で、団員達はすぐさま横一例に整列する。
「本日は、剣と魔法、両方の訓練を行う。6人全員で敵を倒して貰おう。敵は、私とルヴィークだ」
「え、団長と副団長ですか!?」
「6人全員で…!?」
団員達は顔を見合わせた。
ルヴィークさん…じゃなくて、副団長が皆さん…皆の訓練に参加するなら、私は一人で魔法の練習かぁ。
今日は新しい魔法を教えてくれるって話だったはずだけど…一人で練習してられるような魔法なのかな?
フィーはちらりとルヴィークを見た。
その時、団員の一人から、スッと小さく手が上がる。
「団長、質問があります」
イシュマは短くそう言って、フェザークを見た。
「聞こう。何だ?」
「いくら団長と副団長が相手でも、おれ達6人が全員でかかるなら、勝つことはそう難しくないと思いますが?」
「…イシュマの言う通りです。訓練というには、少し簡単に思われます」
イシュマの言葉に、ユスティが同意の声を上げた。
他のメンバーも、頷いている。
「ふむ、そうだな。私達二人では、お前達が束になれば難しい敵ではあるまい」
「では、他に何か?」
「その点については、フィーに協力してもらうんだよ」
「え?」
私!?
「フィーに…?」
「フィー、土の防壁で、魔法の使い方については理解しただろう?支援魔法なら、イメージ次第でどんなふうにも使える。だから、今日は土以外の系統を練習して欲しい。火と水、風に光。それぞれ簡単な小玉を作って投げるんだ。…この、6人に向かって」
「え、ええ!?」
ろ、6人に向かって、って!?
「…なるほど。フィーに妨害させるわけですか」
「団長や副団長の攻撃を防ぎながら反撃するだけじゃなく、フィーが放ってくる魔法にも注意しなきゃいけないのね」
「しかもフィーは魔法の初心者中の初心者。どんなのがくるかわからないというプレッシャーもあるわね」
「それともうひとつ。万一フィーが魔法に失敗したら、その弊害からは、お前達がフィーを守るようにね」
「…うわぁ、一気にハードル上がったな」
「フィーが放つ魔法だけじゃなく、フィー自身にも気を配らなきゃならないわけか」
「皆、訓練内容は理解したな?では、訓練を開始する!」
「はい!」
フェザークの宣言に返事を返すと、全員がすぐにある程度の距離を取って木刀を構えた。
ただ一人、呆然と立つフィーを除いて。
え、え~と…私、もうちょっと説明が欲しいんですけど…。
皆に向かって魔法使って、大丈夫なの?
もし当たったら、怪我するよね?
それに、魔法失敗したら、その弊害からは…って?
弊害って、何が起きるの?
そ、その辺りの説明、欲しいんだけど…もう、駄目?
フィーは既に始まっている戦闘を見ながら、一人戸惑った。
「フィー、何をしている!妨害を開始しなさい!」
「えっ!で、でもっ…」
フェザークから厳しい声が飛び、フィーはオロオロと後ずさった。
「!…攻撃止め!一時中断する!」
フィーの様子を見たフェザークはそう言うと、フィーに駆け寄ると、かがんで視線を合わせた。
「フィー、どうした?」
「…あ、あの、私…み、皆に、魔法なんて…もし、当たって怪我したら…」
「…ああ、そうか、そういう事か。…皆、聞こえたか?フィーはこう言っているが、どうだ?」
フェザークは団員達を振り返って尋ねた。
団員達は苦笑している。
「どうと言われても…。フィー?私達、たとえどんな状況だろうと、初心者の魔法に当たるほどドジじゃないわよ?」
「だね。まっ、団長達も相手じゃあ、注意は必要だけど」
「心配せず、どんどん放ちなさいなフィー。当たらないって証明してあげるわ」
「むしろ心配なのは、フィーの失敗のほうだろ?気をつけろよ?」
「その場合起こりえる暴発や制御不能からは、しっかり助けるさ」
「…フィーは、治癒魔法も習うんだろ?なら、仮にもし万が一当たって怪我しても、フィーが治癒魔法で治してくれれば、問題なくないか?」
「!」
あ…そっか、そうだよね?
当たったら、しっかり謝って、責任取って治癒魔法で治せばいいんだ。
失敗して起こる弊害…暴発と制御不能?からは、皆がちゃんと守ってくれるんだし。
「…わかりました!やります!」
フィーは気を取り直し、そう言った。
「よし。では、訓練再開!」
フェザークはひとつ頷いて、そう告げると、ルヴィークの隣に戻って行った。
再び攻撃が始まる。
…さて、それじゃ、私も妨害しないと。
えっと、火と水、風と光、だったよね。
小玉を作って、皆に向かって放つ、と。
小玉、かぁ…う~ん、小玉、小玉…。
…火の玉とか、そういうのでいいのかな?
………うん、それでいいよね、イメージしやすいし。
火の玉、って言うと、文言はやっぱりこれだよね。
フィーは両手を前に出し、手首をくっつけ、掌を開いた。
「ファイヤーボール!」
フィーがそう唱えると、ボウッという音を立てて、勢いよく火の玉が飛んでいく。
「や、やった、一回でできたぁ!」
フィーはそう声を上げ、ガッツポーズを作って喜んだ。
しかし、次の瞬間。
「うわっ!?」
という声が上がり、リューイの左肘が燃える。
「えっ!?」
「リューイ!」
フィーが驚きの声を上げると同時に、クリムが慌ててリューイの左腕に水の魔法を放ち、火を消した。
「リュ、リューイさん!ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
フィーは大慌てでリューイに駆け寄った。
すると、リューイを始め、その場の全員が目を丸くしてフィーを見た。
「え?…え?な、何ですか?皆、どうしたんです?」
フィーは全員の顔を見回して、戸惑い気味に尋ねた。
しかし誰も何も言わず、その場に沈黙が流れる。
「………う、う~ん…どうやら土の防壁をクリアした事で、フィーは完全に魔法のコツを掴んだようだね」
その沈黙を破ったのは、ルヴィークだった。
「えっ?」
コツを掴んだ?
えっと、そんなこと、まだ全然ないと思うんですけど…?
「そのようだな。皆、決して侮らず、気を引き締めてかかるように。では再開する!」
「はい!」
「へ?え?え?」
戸惑ったままのフィーをよそに、訓練は再び再開された。
…よ、よくわからないけど…とにかく私は、妨害すればいいんだよね?
うん、じゃあ次は、水でやってみよう。
「ウォーターボール!」
フィーが手を前に出し、そう唱えると、水の玉が勢いよく飛んでいく。
すると、攻撃していたミレットがすぐに反応し、飛んできた水の玉に備えて構え、剣を振って叩き斬った。
あれ?
さっきは皆、避けてやり過ごそうとしてたはずなのに。
…まあ、いいや、とにかく次いこう。
あとは、風と光。
これは玉より、刃とか矢のほうがイメージしやすいかな。
よし、それでいこう。
風の刃、すなわち。
「かまいたち!」
フィーが右手を左から右に振ってそう唱えると、風が起こり勢いよく吹き荒れた。
「何!?」
「げっ!?」
フィーの声が聞こえると、団員達は攻撃をやめ、自分達とフィーの間に土の防壁を作り、態勢を低く落とした。
「へ?」
その様を見て、フィーはぽかんと口を開けた。
フェザークとルヴィークは顔を見合わせ、目で会話をすると、ルヴィークはフィーの側まで歩いて来て、ぽんと肩を叩いた。
「フィー、よくわかった。君は支援魔法と治癒魔法を習いたいと言ったけど、実は攻撃魔法のほうが得意だね?」
「へ?…いえ、得意も何も、私の世界に魔法はありませんでしたし…」
「え?あ、ああ、そうか。そうだったね。なら、適性かな…とにかく、君は攻撃魔法のほうが才能がありそうだ」
「えっ!?…で、でもあの、私戦闘は…!」
「ああ、わかっているよ。戦闘には加えない。けど、注意を引くだけの訓練相手には、ちょっと向かないかな」
「え。…えっと、それじゃあ、私は何をしたら?」
「フィー、大丈夫だ。することは変わらない。だが、訓練内容を少し変える。…皆、木刀を置け。フィーの魔法を防御魔法で防ぎながらフィーの元へたどり着き、フィーの頭に触れ。それを訓練とする」
「え!?」
な、何それ?
「フィー、小玉でなくていい。全力で攻撃魔法を使い皆がたどり着くのを妨害しろ。では始め!」
フェザークがそう告げると、団員達は木刀をその場に置き、フィーに向かって歩き出した。
「え!?えっ!!」
フィーはオロオロと後ずさる。
「はは。ほらフィー、攻撃魔法。全力で唱えて妨害しないと」
ルヴィークは笑いながらそう言った。
「ぼ、妨害…全力で…!?」
な、何で突然こんな訓練に変わったのかよくわからないけど、とにかく言われた通りにしないと!!
「攻撃魔法、攻撃魔法…小玉じゃなくてもよくて………なら!降り注げ、光の矢!」
フィーは右手を上げ、そう唱えると、勢いよく振りおろした。
すると、いくつもの細長い透明な棒が、空から勢いよく落ちてきた。
「…いきなりこれかよ!」
「ユスティ、イシュマ!お願い!」
「任せて!闇でいくわよイシュマ!」
「了解!」
イシュマとユスティは両手を上にあげ、団員達の頭上に真っ黒な闇の防壁を張った。
光の矢は闇の防壁に阻まれ、次々に消えていく。
「…これじゃ、私達のほうが防壁の魔法の訓練になるわね。ふふ」
「笑い事じゃないぜユスティ?フィーの世界、本当に魔法なかったのかよ?一般人がこんなのすぐにイメージできるか普通?信じられねぇ…俺、自信なくすぜ?」
「リューイは魔法苦手だもんね。修得にずいぶん苦労してたよねぇ」
「お喋りはそこまでにしとけ。…次何がくるかわからないし、速度魔法使って一気に勝負かけようぜ」
「そうね。…仮にも一般人相手に苦戦はあり得ないわ。ソドウィザムの騎士が」
「…そうだな」
「…ええ、そうね」
クリムの言葉に、皆一様に雰囲気を変える。
そして、光の矢がやむと同時、団員達はとてつもないスピードで走り出した。
「えっ!?」
瞬く間に距離を詰められ、驚くフィーに、団員達はポン、ポン、と次々に頭に触れた。
「え?あ、あれ?」
「はい、終了!」
最後にリューイがフィーの頭に触れて、そう言った。
「ふむ…まあこんな所か。では次は、そうだな。三対三の試合をするとしよう。ルヴィーク、フィーには治癒魔法を教えておいてくれ」
「了解しました。フィー、こっちに」
「あ、はい。…あの、副団長。今皆が使ったのは、どういう魔法ですか?」
歩きながら、フィーは尋ねた。
「ん?ああ。歩いたり走ったりする速度を上げる魔法だよ。支援魔法のひとつだ」
「支援魔法の…あの、なら、今度教えてもらえますか?」
「わかった。今度ね」
そう言うと、ルヴィークは治癒魔法の説明に移っていった。