ショッピングです。②
婦人服専門店、オーレイディール。
子供服から婦人服まで、キュートからフェミニン、セクシーなものまで、幅広い品揃えであらゆる人に支持されている有名店である。
「うわぁ…広~い…」
店に一歩足を踏み入れ、フィーはポツリと呟いた。
店内はとても広く、端が見えない。
「フィー、こっちだ。広いから、はぐれるなよ」
「あ、はい」
店内を進むイシュマに、フィーはついていく。
イシュマの足取りには迷いがなかった。
「…あの、イシュマさん?ここって、婦人服専門店って、看板に書いてありましたけど、女性の服しかない…んですよね?」
「ああ、そうだ。婦人服専門店だからな」
「…そうですよね」
…なのに何で、男性のイシュマさんが、そうも慣れた様子で店の中を歩いて行くんですか、っていうのは…やっぱり、聞かないほうがいいんだよね…?
「………フィー。あんたの言いたい事は分かる。婦人服専門店なのに何で男のおれが店内に詳しいのかって聞きたいんだろう?」
「えっ、い、いえ…!」
「さっき言ったろう。おれ達が暇してると、ユスティさん達に荷物持ちに駆り出されるって。この店にもよく来るんだよ。店の中まで付き合わされてるから、構造も詳しくなったんだよ」
「え、あ、な、なるほど」
「…さぁ、納得した所で、服、見てみるといいぜ。ユスティさん達がチェックするの、この辺りの服だから」
「あっ、はい!じゃあ、ちょっと待ってて下さいね」
フィーはイシュマから離れて、服を物色し始めた。
えっと、旅生活だから、動きやすい服がいいよね。
スカートより、パンツで…あ、これいいかも…。
ああでも、あっちのも可愛いなぁ。
フィーはせわしなく視線を移し、場所を移動し、目ぼしい物を手に取り、吟味していく。
「…………」
イシュマは黙ってフィーについて行き、その様子をただ見ていた。
やがてフィーは服から視線を外し、辺りをキョロキョロと見回した。
「もういいのか?」
イシュマがそう声をかけると、フィーはびくりと体を震わせる。
「ふぇ!?…あっ、い、イシュマさん…はい、選び終えました」
「………フィー?おれの存在、忘れてたな?」
イシュマはじとっとフィーを睨んだ。
「うっ。す、すみません…つい、夢中になっちゃって」
「…やれやれ。まあいい、会計はこっちだ。ついてこい」
「はっ、はいっ」
二人は会計を終え、店を出た。
フィーはイシュマの隣を歩きながら、複雑な表情でイシュマの顔と、その手にある荷物を交互に見つめていた。
…どうしよう、やっぱり、私の荷物なのに、持って貰うなんて気が引けるよ…。
でも、何て言えばいい?
ただ自分で持つって言っても、却下されそうだし…。
「…フィー。ユスティさん達な、格はそれぞれ違うけど、三人とも貴族令嬢なんだよ」
「へっ!?あ、そ、そうなんですか」
と、突然、何だろう?
「だから、街に買い物に出ても、お供がつくわけだ。で、荷物はそのお供が持って、自分では持たない。それが普通なわけだ。…騎士になって、実家に帰った時以外、お供はつかなくなったから、自分でも持つようになったけど、暇な時おれ達を荷物持ちに使うのはその名残なんだな」
「ああ…なるほど」
「…あんたは、自分の荷物を人に持たせるのは気が引けるようだけど、今日はこのままおれに持たせろ。おれが持たずに帰ったら、おれがユスティさん達に叱られるから。…おれを助けると思って、な?」
「えっ…」
助けると思って…って、でも、それ、何か違うような気がするのは私の気のせい?
「…フィー。おれが叱られるのが見たいのか?」
「えっ!いえ、そんな!」
「なら、このままおれが持ってていいな?」
「えっ、う…は、はい…」
「よし」
にっ、とイシュマは不敵な笑みを浮かべた。
…ま、丸め込まれた。
けど、まあ…イシュマさんがいいんなら、いい、よね…?
フィーはそう自分を納得させた。
そんなフィーを横目で見て、イシュマはふいに笑みを消し、真顔になると、ためらうように口を開いた。
「…ところで、だ。なあフィー。トゥイタギアに行くの、あんたの希望だったよな。あの魔獣を、助けたいって」
「あっ、はい。帰ったばかりでまたになりますけど、よろしくお願いしますね、イシュマさん」
「……トゥイタギアに行く理由って、それだけか?」
「え?」
それだけ、って?
質問の意味がわからず、フィーは首を傾げた。
イシュマは足を止め、そんなフィーをじっと見つめた。
「イシュマさん?」
イシュマを数歩追い越し、フィーも足を止める。
「…あんたはこの世界に来てしばらくの間、トゥイタギアであの騎士達と過ごしたろ?…今になって、あの騎士達と離れた事が心細くなった…とかは、ないのか?」
「…心細く?レイドさん達と離れた事が?」
「ああ。だから、またトゥイタギアに行きたいなんて」
「ぷ…あはははははは!!」
「!…フィー?」
突然笑いだしたフィーに、イシュマは目を丸くした。
「ご、ごめんなさい。でも、そんな事はないです。あの子を助ける以外に、トゥイタギアに行く理由はありません」
「ない?…本当か?」
「はい、本当です。…ぷ、心細くだなんて…あるわけないじゃないですか。私の傍には、イシュマさんがいてくれるのに」
「………おれ、が?」
「はい。…この世界に来て、最初から私に優しくしてくれたの、イシュマさんが初めてだったんですよ?レイドさん達なんて、私を縛るは、攻撃するは…最初は、散々だったんですから」
「は?縛る?攻撃する?」
「はい。酷いでしょう?」
「…………」
フィーの発言にイシュマは絶句した。
「だから、心細くなんて、全然ないんですよ、イシュマさん。…心配、させちゃいました?」
「…いや、心配した訳じゃない。ただ…」
「ただ?」
「………何でもない。帰ろうぜ、フィー」
「?はい」
再び歩き出したイシュマに、フィーはついて歩いた。
宿舎に帰るまで、イシュマが終始笑顔でいた理由を、フィーは自分に対する心配事が晴れたからだと、そう信じて疑わなかった。