新たな獣に出会いました。
「ああ、そういえば、少々遠回りをするよ」
朔がセイヴィリムに自分の世界の話をしていると、ふいにセイヴィリムが思い出したように告げた。
「遠回り、ですか?」
「うん。まっすぐに王都へ帰るより、寄り道をしたほうが娘さんに…サクさんに、このソドウィザムという国をより知って貰えるだろうと思ってね」
「あ…。…お気遣い、ありがとうございます。嬉しいです」
「…いや、礼などいいよ。それよりも、休憩した騎士団支部から菓子を持ってきてあったのを忘れていた。サクさん、食べるかい?」
「え、いいんですか?わぁ、いただきます!」
差し出されたカラフルな色のお菓子たちを見るなり朔は顔を輝かせ、ひとつ手に取り口に運んだ。
それを見ているセイヴィリムが、申し訳なさそうな表情をしていた事など、朔は気づきもしなかった。
その日の夕方、宿泊する事になった場所で、朔は一人佇んでいた。
『天幕を張り宿泊の支度をするから、すまないがしばらくここで待つように』と、イシュマの上役、フェザークから言われた為だった。
…王様が一緒でも、天幕を張って野宿するんだ…。
私はてっきり、王様が一緒だとどこかの街か村まで行って宿を取るものだと思ってたけど…。
そんな事を思いながら、朔はぐるりと辺りを見回した。
正面には、見渡す限りの草原。
けれど背後に目をやれば、そこには深い森が広がっていた。
森林浴とかしたら、気持ち良さそう。
待ってるだけなのも暇だし、少しだけ行こうかなぁ。
…あっ、でも、一人だし、もし魔獣とかいたら危ないかも?
今は、イシュマさんも、私の護衛については…くれてないみたいだし。
うん、危ない、やめよう。
朔は森へ入るのを早々に諦め、騎士達が天幕を張っている場所に視線を戻した。
…それにしても、だいぶ時間が経った気がするけど…まだなのかな?
遠征の時は、こんなに時間かかってなかったはずだけど…まあ、あの時より騎士さんの数多いし、王様もいるしで、やっぱりかかる時間も違うのかな?
それならそれで、仕方ないとは思うけど…暇、なんだよねぇ。
天幕張るの、慣れてないけど…手伝いに行ったら、邪魔になるかなあ?
朔がそう考えを巡らせていると、背後から何かが飛んできて、斜め前の地面に落ちるのが視界の端に映った。
「ん?」
何だろう?
朔は落ちたものに視線を移した。
まず目に入ったのは、鮮やかなオレンジ色。
ピンと尖った耳、ふわりとした尻尾。
小さな四つ足の体。
朔に気がついたのか、振り返り、見上げたつぶらで大きい朱色の瞳。
「え…かっ、可愛い~…!!」
そう声をあげると、朔はすぐさまオレンジ色の小さな獣の前にしゃがみこんだ。
「こんにちは!キミ、この森に住んでるの?今はお散歩中?良かったら少しだけ私と遊ばない?」
朔は矢継ぎ早にオレンジの獣に向かって質問を投げかけた。
オレンジの獣は微動だにせず、ただじっと朔を見上げている。
「う~…可愛い…!ねぇ、撫でていい?」
朔は手を伸ばし、オレンジの獣の頭を撫でた。
オレンジの獣は目をつぶり、気持ちよさげに撫でられている。
「ふふ、気持ちいい?ああ、ホントに可愛い…!連れて帰りたいくらい!」
「…ならば、連れて帰るかい?そうしたいなら、してくれて構わないよ、サクさん」
「へっ?」
突然後ろから声をかけられ、朔が驚いて振り返ると、森の木々の間に、何故かセイヴィリムが立っていた。
「王様…?」
セイヴィリムは森を出て、ゆっくりと朔に近づく。
その後ろには、騎士達が付き従っていた。
「え?あ、あれ?騎士さん達は、天幕を張ってたんじゃあ…?」
何で、森から出てくるの?
朔が首を傾げていると、セイヴィリムが口を開いた。
「少々、確かめたい事があってね。騎士達には協力をしてもらっていたんだ」
「確かめたい事、ですか?」
「うん。…しかし、報告は受けていたが、実際に目にすると驚くものだね。魔獣がそうも大人しくしているなど、信じがたい」
「へ?魔獣?」
そうも大人しく…って?
魔獣なんて、どこにいるの?
朔はキョロキョロと周囲を見回した。
「サクさん。魔獣はそこにいるそれだよ。今貴女が撫でている、その獣だ」
「え?」
セイヴィリムの視線を追って、朔は下を見る。
そこにはオレンジ色の獣がいた。
「え、この子?この子は違います。魔獣じゃなくて、動物でしょう?」
朔の問いに、セイヴィリムは首を横に振る。
「いいや、魔獣だよ」
「ええ?でも…だって、この子こんなに大人しいですよ?魔獣って、人を襲う生き物なんでしょう?そう教わりました」
「うん。大半はそうだ。だが…これはあまり知られていないが、中には人を襲わず、攻撃されるとただ逃げるだけの魔獣がいるんだよ。我が国の騎士は他国にも赴き、魔獣退治をする事が多い。故に昔から、ごく稀に、そういう魔獣に遭遇したという報告が上がるんだ」
「…人を襲わず、攻撃されると逃げる?」
そういえば、あの子…翠色の獣がそうだった。
私をあの宿営地に案内したあと、レイドさん達に攻撃されて、逃げて行った…。
「今も、その魔獣を、騎士達が攻撃して、逃げたのを追いかけていたんだ。まあ、攻撃はわざと外したし、貴女の所へ行くように、追いたてていたんだがね」
「え、ええ?ど、どうしてそんな事を?」
「うん、きちんと全て説明をするよ。だがまずは、場所を移そう。天幕の中なら落ち着いて話ができる。…説明をした上で、サクさんに尋ねたい事もある。さあ、行こうか」
セイヴィリムは数歩歩いて朔を追い越すと、振り返り、朔に歩くよう促した。
「は、はい」
朔は立ち上がり、セイヴィリムの後を追うように歩きだした。
すると
「サクさん。こいつ、連れて帰りたいんじゃなかったのか?」
また後ろから、そんな声がかけられた。
「え、イシュマさん?連れて帰…って、あ!そうだ、その子…!!…あっ、えっ、で、でも」
魔獣だ、って、言ってるし、連れて帰るのはまずいんじゃないの?
朔は困ったようにセイヴィリムと騎士達を交互に見た。
「サクさん。そうしたいのならそうするといい。先ほど私は許可を出した。そして私が許可した事に異を唱える騎士はいないよ」
朔の様子を見て、セイヴィリムが穏やかにそう言った。
騎士達は皆一言も声を出さず、沈黙している。
だ、大丈夫なのかな?
朔は一抹の不安を残しながらも、オレンジ色の獣に向き直った。
「ああ言って貰えてるけど…私と一緒に来る?」
朔がそう尋ねると、オレンジ色の獣は少しの間じっと朔を見たあと立ち上がり、朔の足に擦り寄る。
次いで、朔の体をつたい、器用に朔の肩によじ登ると、ちょこんと座りこんだ。
か、可愛い…!!
「これからよろしくね!あ、キミの名前、何にしようか?」
肩に座った事を一緒に来る意思表示だと捉えた朔は、オレンジ色の獣を撫でながら歩き出した。
この一件が、ソドウィザムでの自分の在り方を左右する事になっていたなど、この時はまだ、何も知らずにいた。