知らないうちに事態は動く。
時は少し戻り、ここは、ソドウィザムの一行が休憩に立ち寄った街。
その街の騎士団支部の一室で、ソドウィザムの王、セイヴィリムは、香りのいい紅茶を飲み、くつろいでいた。
そんな時、部屋の扉からノックの音が聞こえて来た。
「誰だ?」
護衛の騎士がすぐに反応し、来訪者を確かめる。
「流星旅団団長フェザーク・スターテス、並びに団員イシュマ・クリミドにございます」
「流星旅団の?」
護衛の騎士はセイヴィリムを振り返った。
セイヴィリムは騎士に向かって頷くと、次いで扉へ向かって声をかけた。
「入室を許可する。入りなさい」
「は、失礼致します」
扉が開き、フェザークとイシュマは部屋に入った。
「スターテス、何用かな?トゥイタギアへの遠征の報告なら、約束の地でされたはずだが」
「はい。ですがそれとは別に、追加報告すべき事柄が発生しまして。あの、異世界のお嬢さんにも関連する話でございます」
「あの娘さんに?ほう…一体何かな。聞こうか」
セイヴィリムは紅茶のカップを置き、まっすぐにフェザークを見た。
「は。では、こちらの、イシュマ・クリミドより。イシュマ」
「は」
フェザークに促され、イシュマは口を開いた。
「団長より、また例の、人を襲わず逃げ出す類いの魔獣に遭遇した事は、ご報告が上がっていると存じますが」
「うむ、聞いた」
「その魔獣の事を、サクさん…異世界の娘が、恩人だと、私にそう話したのです」
「恩人?」
「はい。その魔獣に遭遇した折りも、彼女は我々騎士からその魔獣を庇い、無謀にもその体にしがみつきました。ですが、魔獣は大人しく、ただじっとしており…その場は逃がす事に決まると、促す彼女について並んで歩くという行動を取りました」
「ほう、それは興味深い…だがしかし、あの娘さんは本当に無謀と言える行動をするのだな。襲ってこなかったとはいえ、魔獣にしがみつくなど…私達には考えられん」
「はい。我々…この世界の人間には不可能な行動かと存じます」
「うん?……なるほど。そうか。言いたい事はわかった。確かに、魔獣に偏見も先入観も持たず、体に触れるという事をやれるあの娘さんならば、あの類いの魔獣の調査も可能かもしれん。…だが、危険だ。おいそれと許可はできんな。…流星騎士団に尋ねる。心して答えよ。何があろうとあの娘さんを守りきる自信はあるか?」
「…元より、その自信がなければこのような話は致しません」
「民は、守るべき存在でございますれば」
イシュマとフェザークは、まっすぐにセイヴィリムを見て答えた。
「いい返事だな。ならば、あの娘さんにその意思があるかを尋ねよう。…この先に、あの類いの魔獣の目撃情報があったな?」
「はい。王都へは少々、遠回りになりますが」
「構わぬ、向かうとしよう。娘さんは私の馬車へ。事を見届けた後、話を持ちかける。それで良いな?」
「御心のままに」
そう言って、イシュマとフェザークは騎士の礼を取った。
「…やれやれ。あの娘さんには安穏な日々を送れる場所をと、そう思っていたのだが。お前達に欲しがられてしまうとは、ある意味不運だな」
セイヴィリムは、ソドウィザムへ来る事が決まった時の朔の笑顔を思い返し、苦笑したのだった。