綺麗な獣に助けられました。
朔が翠色の獣に見入っていると、その獣は朔から顔を背け、そのまま朔に背を向けて歩き出した。
「あ…」
行ってしまうー。そう思った朔はとっさに手を伸ばしたが、その手は獣に届く事なく、獣との距離は少しずつ開いていく。
「あっ、あのっ!助けて、くれたんだよね?あの野犬…じゃあなくて、えっと、獣から!ありがとう…!」
朔は声を張り上げ去っていく獣に感謝の言葉を伝えた。
相手は獣。
言っても通じるとは思えない。
けれど、間違いなく、あの獣は自分を助けてくれた。
なら、通じないとわかっていても、お礼を言ってもおかしくないよねーー?
朔は胸の内でそう問いかけ、自答するように小さく頷くと、改めて草原を見渡した。
…ここはどこなのだろう?
自分はさっきまでいつもの通学路を、家へと向かって進んでいたはずだ。
急な雨に降られて。
そう、雨。
降っていたというその証拠に、自分の髪や制服はまだ湿っている。
けれど。
「晴れてる…よね」
朔は空を見上げて呟いた。
次いで今度は下を向き、青々と茂る草を見る。
「…周りも、建物も家も電柱も、道路さえなくて、草原だし」
訳がわからないー。
朔は大きく溜め息をついた。
とにかく、人を探してここがどこかを聞かなくてはーーそう思い再び顔を上げると、数メートル先に去ったはずの翠色の獣が立っているのが目に入った。
獣は、こちらを向いている。
「…オォン!」
朔と目が合うと、獣は一声吠え、くるりと朔に背を向け歩き出し、少し進んだところで立ち止まり、また朔のほうを向く。
「…?」
何をしているのだろう?
朔は不思議に思って首を傾げた。
「オォンッ!」
獣がもう一声吠えた。
そしてまたくるりと朔に背を向けたが、今度は顔だけ振り返り朔を見た。
「!」
ついてこいって、言ってるんだ!
朔は唐突に理解し、急いで獣のほうへ駆け出す。
それを見た獣は前を向き、再び歩き出した。