能力調査されました。
翌日早朝、朔は大きな鞄を持って玄関前にやって来た。
「来たかお嬢さん。荷物は私が持とう。馬はこっちだ。おいで」
朔に気づいたレイドが近づき、朔の手から鞄を取ろうと手を伸ばした。
すると朔は慌てて一歩下がり、鞄を抱え込んだ。
「お嬢さん…」
朔の行動に、レイドは少しだけ困った顔をした
「あ、あのっ、えっと、すみませんが、私、今日も」
「いいや。今日は私が連れていくよ。イシュマ殿も了承済みだ」
「えっ!?」
朔は驚き目を見開いた。
「お嬢さん。…私では、嫌かい?」
「え…えっと、そんな、事は…」
どこか悲しげな表情でそう聞かれ、朔は返事に困った。
しかしレイドはさらに尋ねる。
「なら、私で、いいかな?」
「う………はい」
朔は渋々頷いた。
「ありがとう。じゃあ行こうか。さあ、荷物を」
レイドは再び手を伸ばし、今度こそ朔の鞄を受け取り、歩き出した。
朔は周囲をぐるりと見回したが、玄関先に集まっている騎士達の中にイシュマの姿を見つける事ができず、溜め息をひとつつくと、レイドのあとをついて行った。
その日の夕方、朔は約束の地にあるいくつかの建物のひとつの、その一室でテーブルに突っ伏し、うなだれていた。
「大丈夫かい?お嬢さん」
正面に座っているレイドが、見かねて声をかけた。
しかし朔は返事を返さなかった。
レイドは困ったように苦笑して朔を見つめる。
しばらくそのままの状態が続いたが、ふいに部屋の扉がノックされる音を聞き、レイドは立ち上がった。
「どなたかな?」
扉の前に移動すると、レイドは扉を開けずに向こう側へと声をかけた。
「イシュマ・クリミドだ。サクさんの様子を見に来た」
「!」
その声を聞いて、レイドは僅かに眉を寄せた。
「…入って、いいか?」
開かない扉に、イシュマは尋ねた。
「…ああ。今開ける」
少しの間をおいてそう言うと、レイドは扉を開けた。
「サクさんは?」
「そこにいる」
レイドは一歩下がり、朔の座る場所を視線で示した。
イシュマは部屋に入ると、レイドが示す方向を見た。
「…あ~…」
うなだれている朔が目に入り、イシュマは苦笑すると、朔に近づいて行った。
「サクさん?大丈夫か?」
「…え…イシュマさん…?」
朔は目を開け、ノロノロと顔を上げた。
「…随分、落ち込んでるみたいだな?」
「…イシュマさん…私、駄目でした。もうどの国にも、引き取られないかもしれません~」
朔は見るからに情けない顔をしてそう言った。
この約束の地に着いてすぐ、朔は広い部屋に連れていかれた。
その部屋は円形になっていて、端には数段高い場所にいくつかの机と椅子が等間隔に置かれている。
その椅子にはそれぞれ12人の人間が座っていた。
まだ年若い人から老齢の人、男性が多いが女性もいる。
…この人達が、この世界の各国の王様達?
12人の人間からじっと見つめられ、朔は知らず知らず身を強ばらせた。
「娘、中央まで進みなさい」
「あ、は、はいっ」
王の一人からそう命じられ、朔は部屋の中央へと歩き出した。
中央の床を見ると、大きな白い円形の模様が描かれていた。
朔がその中心まで進むと、円形の模様は突如、金色の光を発し、天井まで筒状に伸びた。
「えっ!?」
朔は驚き、キョロキョロと周囲を見渡す。
しかし各国の王は誰一人動じておらず、朔はその様を見て理解した。
こ、これも能力調査の一環なんだ…はあ、びっくりした。
朔は筒状に伸びた金色の光を見つめた。
すると、何かの模様が浮かび上がっているのに気がついた。
あれ?これって、この世界の文字だ。
ええと…何々?
身長、体重、視力、聴力……え、何これ?健康診断?
ていうか…ちょっと待って!
体重まで調査に必要!?
乙女のプライバシーは守って欲しいんだけど!!
そう思って体重の項目を見ると、そこだけ数値は空白だった。
な、なんだ…その辺の考慮はしてくれてるのね。
朔は安堵して他の項目に視線を移した。
体力、力、魔力、賢さ、速さ、運のよさ…この辺は、RPGゲームのステータス画面みたい…。
あ、私、魔力がある。
数値は……う~ん、多いのか少ないのかよくわからない…どのくらいが、この世界の一般的な数値なんだろう?
朔はちらりと各国の王達の様子を伺ってみた。
王達はそれぞれ、
「ほう…」
「ふぅむ」
「なるほど…?」
などと小さく呟くか、黙ってただ数値を見ているかで、反応が読めなかった。
ど…どうなんだろう?
朔が不安になり始めた頃、一人の王が口を開いた。
「娘、いくつか、質問をしても良いかな?」
き、きた!
「は、はい!どうぞ!」
頑張ってなんとか答えなくっちゃ!
朔はそう気合いを入れ直した。
しかし…そんな思いも虚しく、各国の王からの質問は専門用語らしきものが飛び交い、何を聞かれているのかさえ朔にはわからず、全くと言っても過言ではない程、答えられなかった。
「どの国にも、なんて事はあり得ないさ。大丈夫だ。そんな心配はしなくていい」
半泣きになっている朔に、イシュマは慰めの言葉をかけた。
「でも~…!」
「お嬢さん。もし仮に、万が一、そんな事になったなら、私から我が陛下にお願いしてみよう。トゥイタギアに住めるように。陛下はお優しい方だ。きっと聞いて下さるだろう。だから、安心しなさい」
尚も不安そうな朔に、レイドは笑顔を浮かべ優しい声でそう言った。
しかし。
「……トゥイ、タギアに……?」
「………」
レイドの言葉に、朔は微妙に嫌そうな表情を浮かべる。
レイドは笑顔を保ったが、心は深く傷ついた。
イシュマは気の毒そうな目でレイドを見た。
その時、扉からノックの音が聞こえ、次いで男性の声が響いた。
「申し上げます!異世界の来訪者殿、結論が出た為、今一度裁断の間へ来るようにと陛下方が仰せです!」
「へっ!?」
「お、決まったみたいだな」
「そうらしい。では行こうか、お嬢さん」
レイドはそう言って立ち上がると、朔に手を差し出した。
だが朔はそれに気づかず、立ち上がってイシュマの腕にしがみついた。
「どっどうしようイシュマさん~…!結論って、どうなったのかなぁ~!?」
「だ、大丈夫だって!ほら、行くぞ」
レイドが手を差し出したのを見ていたイシュマはレイドから視線を反らし、朔を促して部屋を出た。
「………」
レイドは二人の後ろからついていったが、その目はほのかな怒りを宿し、その視線はイシュマに向けられていたのだった。