帰還しました。
一行は支部へと戻って来た。
朔はイシュマの手を借り、馬から降りた。
支部の使用人達が騎士達から手綱を引き取り、馬を厩舎へと連れていく。
「ねえイシュマさん。今日はまだ、支部に泊まるんでしょう?」
「ああ、国には明日朝イチで発つはずだ」
朔とイシュマはそんな話をしながら、支部の玄関へと向かう。
「第二小隊、そしてソドウィザムの騎士達よ。遠征ご苦労であった」
「ん?」
「え?」
突然かけられた声に前を向くと、玄関前に数人の男性が立っていた。
「宰相閣下!」
レイドが驚いたような声を上げ、次いで手を胸に当てて、騎士の礼をとった。
第二小隊の面々もそれに習う。
「宰相…閣下?」
宰相って、日本でいうと、大臣のようなもの…だったっけ?
そんな人が、騎士達がいる支部に何の用で来たんだろう?
…まあ、私には関係ないだろうけど。
「…うちの騎士もいるな。何かあったのか?」
イシュマは真剣な表情で呟いた。
「え、ソドウィザムの騎士さん?」
「ああ。別の隊の騎士だ」
宰相の斜め後ろには、確かに鎧姿の騎士がいる。
ふぅん、あの騎士さんも、ソドウィザムの騎士さんなんだ。
「…貴女が、異世界からの来訪者ですね?」
「へっ?」
朔が騎士をまじまじと見ていると、いつの間にか宰相がすぐ近くにいて、声をかけられていた。
「あ…え、えっと、はい。そうです」
慌てて朔が答えると、宰相は頷き、告げた。
「国際会議の日取りが決まりました。お帰りになったばかりで申し訳ないが、明日、第二小隊と共に約束の地へ向かって下さい。一行には私や陛下もおりますが、約束の地へ着くまで貴女と接する機会はないでしょうから」
「こ、国際会議…?」
何それ?
どうして私にそんな事を言う必要が…………え、ちょ、待って?
い、今、約束の地って言った!?
つまり国際会議って、私の定住地を決める為のものって事!?
あ、明日~~~!?
突然告げられた内容に、朔は呆然と立ち尽くした。
「それでは、またかの地でお会いしましょう。…アベニカ、彼女の護衛、今しばらく頼みましたよ」
「はっ!」
レイドの返事を聞くと、宰相は立ち去っていった。
次いで、宰相の斜め後ろにいた騎士が前に出ると、口を開き、よく通る声ではっきりと告げた。
「流星旅団に我が宰相閣下の命を申し伝える!トゥイタギアの騎士と協力し異世界の来訪者を約束の地まで護衛せよ!かの地に到着後、我が陛下の護衛に加わるように!以上!」
「はっ!」
ソドウィザムの騎士全員が騎士の礼をとり、返事をする。
それを聞いて、その騎士も立ち去った。
騎士の姿が見えなくなると、イシュマは朔に視線を移した。
「というわけで、もうしばらく一緒だな。日取りは恐らく、遠征に行ってる間に決まったんだろうが…明日発つとは、急だよな。大丈夫か?」
「…大丈夫じゃ、ない。心の準備とか、全然できてない…」
朔は宰相がいた場所を見たまま、呆然と呟いた。
「あー…まあ、だろうな。…けど、ま、そんなに固くなるなよ。ただ聞かれた事に答えればいいだけ…のはずだ。心配ないさ」
そう言ってイシュマはポンと朔の肩に手を置いた。
「で、明日はどうする?一緒に行くんだし、またおれの馬に乗って行くか?」
「…あ!そっか…えっと、いいですか?」
イシュマの言葉にはっとした朔は視線をイシュマに移し尋ねた。
話題の転換に成功したと見て、イシュマは笑みを浮かべた。
「ああ、構わないぜ。じゃあ明日も一緒に」
「いや、明日は私が私の馬で連れていく」
「えっ」
イシュマの言葉を遮って聞こえた声に、朔とイシュマは揃って声のした方向を向いた。
そこにはレイドがいた。
後ろにはキキとルルもいる。
「今日お嬢さんをここまで連れてきてくれた事には礼を言おう。だがこのお嬢さんは我々が保護した存在だ。あとの事はこちらで世話をする」
「さあお嬢さん、部屋へ帰って荷造りしましょ。手伝うわ」
「今夜はご馳走食べましょうね!しっかり英気を養わなくっちゃ!」
「えっ、えっ?わわ、引っ張らないで…!」
キキとルルに左右から手を捕まれ、朔は支部の中へと連れていかれる。
「あっ、あの、イシュマさん!今日はありがとう、また明日お願いします!」
「ほらほらお嬢さん、早く早く!」
朔の姿が建物内に消えると、イシュマは頭を掻いて、口を開いた。
「また明日お願いします、って、言われたけど?サクさんはおれの馬に乗るつもりみたいですよ?」
「サクさん…?…それは、あのお嬢さんの名か?」
「は?…おいおい、まさか、名乗っても貰ってないのか?…どれだけ信用されてないんだよ」
イシュマは呆れた声を出した。
「くっ…!」
レイドが悔しさに顔を歪めると同時、凛とした声が響いた。
「イシュマ、やめろ」
「隊長」
声の主はイシュマの上役の男性だった。
男性はレイドとイシュマの間に立つと、レイドを見て口を開いた。
「部下が無礼な事を申してすまない。あのお嬢さんはそちらと行動を共にするのが自然。明日は、貴方の馬で同々されるといい」
「…は、では、そのように。失礼する」
レイドはそう短く答えると、最後にイシュマを一瞥し、支部の中へと消えていった。
「…あの騎士達はサクさんを気に入ってるようなのに、何でサクさんの信用は低いのかねえ?」
イシュマは軽く首を傾げた。
「…恐らく、最初の人となり調査で、やり過ぎたのだろうな。故に信用を得るのが難しくなったのだろう。…約束の地での会議が終わるまでが彼らに残された期限となる可能性がある。邪魔はしてやるな、イシュマ。いいな」
「はい、隊長。…けど、様子を見に行くくらいは、いいですよね?」
「…ほう?…お前も、随分あのお嬢さんを気に入ったようだな。好きにしろ」
「はい」
そんな話をしながら、二人は、支部の客舎へと、歩いて行った。