遠征・二日目~後編~
その夜はまた、酒宴になった。
朔は一人輪から外れ、宿営地の中をぶらぶらと散歩していた。
騎士達がいる方向からは、絶えず笑い声が響いてくる。
…皆さん、元気だなぁ。
昼間あれだけの数の魔獣と戦ったのに。
騎士なんてやってると、あんなの普通の事なのかな?
だとしたら…ちょっと、凄いかも…。
そんな事を考えながら、朔はテクテクと、宿営地を歩く。
「なあ、どこまで行くんだ?その先はもう宿営地の外だぞ」
「えっ?」
突然聞こえてきた声に、朔は驚いて振り向いた。
すると、少し離れた場所に男性が一人立っているのが見えた。
「あ…ソドウィザムの、えっと、イシュマさん?」
「名前、覚えたのか」
イシュマはゆっくりと朔に向かって歩いてきた。
「で?どこまで行くんだ?宿営地の外まで行きたいなら、付き合うけど?」
「あっ、いえ。単なる散歩ですから。宿営地の中だけでいいんです」
「そ。なら、引き返すんだな。散歩はいいが、あまり端まで行かないほうがいい。うっかり宿営地から出ると危険だぞ?」
「は、はい。気をつけます。それじゃあ」
「ああ」
朔はペコリと頭を下げると、元来た道を引き返した。
び、びっくりした…。
皆さん酒盛りしてて、こっちには誰もいないと思ってたのに。
………。
…あれ?
そう、だよね…お酒を飲む飲まないは別として、全員、あっちにいるはずなのに。
イシュマさん、こんな所で何してるんだろう?
ふと不思議に思った朔は足を止め、後ろを振り返った。
すると、少し距離を開け、イシュマが同じ方向に歩いて来る。
「…何だ、どうした?」
足を止め、振り向いた朔に気づくと、イシュマは隣まできて、立ち止まった。
「い、いえ、あの、イシュマさんは、ここで何してるのかなって」
「おれ?」
「はい。だって、皆さん向こうで酒盛り中でしょう?なのに、どうして一人でこんな所に?」
「…んー。…それをいうなら、あんたは?どうして一人でこんなとこ散歩してるんだ?」
「え、私ですか?私は…ただ、なんとなく」
「…なんとなく、ね。なら、おれもなんとなくだな。なんとなく散歩」
「え?………。」
…これは。
もしかして…もしかしたら…!
初めの頃のレイドさん達同様、"異世界人は何をするかわからない"とかいう考えからくる……見張り!?
となると、何かおかしな事したら、手首拘束で連行再び!?
「あっ、あの!私、散歩やめます!皆さんの所に戻りますです!はい!」
「は?」
朔はくるりと体を反転させると、大慌てで酒盛りがされている場所へ向かって走り出した。
「おい…?何を…。急に、どうしたんだ?」
イシュマは首を傾げながら、歩いて朔の後を追った。
「おや、お嬢さん、どこへ行っていたんだ?」
戻って来た朔の姿を見て、レイドは声をかけた。
「ちょ、ちょっとそこまで!」
朔は急いでレイドの隣に座った。
「お嬢さん?」
朔の強ばった表情が目に入ると、レイドは朔が来た方向に視線を移した。
レイドの視界に歩いて来るイシュマが映り込む。
「…貴殿は確か、イシュマ殿、だったか。昼間はお嬢さんを助けて戴いて、本当にありがとう。一杯、いかがかな?」
レイドはイシュマに向かって声をかけ、酒瓶を差し出した。
しかしイシュマは首を振った。
「いや、酒はいい」
「おや、飲めないのかい?」
「そうじゃない。…おれはまだ、仕事中なんでね」
「仕事中?今も、まだ?」
「っ!」
レイドとイシュマのやりとりを聞いていた朔は息を飲んだ。
仕事中。
つまり、やっぱり、見張りなんだ…!!
「…このお嬢さんの調査なら、終了しているが?」
息を飲み、更に顔を強ばらせた朔を見て、事情を察したレイドはイシュマに厳しい視線を向けた。
「ああ、聞いている。だからそれじゃない」
「それじゃない?なら、何なのかな?」
イシュマの返答に、レイドは目をスッと細めて更に尋ねた。
「…ふぅ。…なら言うが。保護対象に対する貴殿らの対応は一体どうなっているんだ?」
溜め息をひとつついて、イシュマはレイドに尋ね返した。
「何?」
「そのお嬢さん、ついさっき、散歩ついでに一人で宿営地を出ていこうとしていたぞ?こんな夜にそんな事になったらどうなるか、わかるだろう?」
「な!?…お嬢さん、それは本当かい?」
「うっ…ご、ごめんなさい。宿営地の中を、散歩するつもりだったんですけど」
「あんたが謝る事かね?どこからどこまでが宿営地か、説明されたのか?」
「えっ。いえ…」
「知らないなら、宿営地を外れても仕方ないだろう?謝るのは、あんたじゃない。…違うか?トゥイタギアの騎士殿」
「…いや。まさか、お嬢さんが一人で宿営地を歩き回るとは…いや、言い訳だな。すまない。言っておくべきだった」
「でなければ、誰か一人、常につけておくべきだな。…動かない人形じゃないんだ。自由に歩き回る事くらい、思いつくだろうに。昼間の件といい、詰めが甘いんだよ」
「…そう、だな。返す言葉もない。…貴殿の、仕事とは…」
「このお嬢さんの護衛だよ」
「え?」
「上からの指示でね。…貴殿らがどんな思惑があってこのお嬢さんを同行させたのかは知らないが、戦えない一般人を連れてきたなら、きっちり守りきるのが、騎士の務めだろうに。もう少ししっかりする事だな。…このあとは、任せたぞ」
そう言うと、イシュマは離れて行った。
「見張りじゃ…なかったんだ…」
イシュマの背中を見つめながら、朔はぽつりと呟いた。
その横で、レイドが悔しげに顔を歪めていた事に、朔は気づかなかった。