遠征・二日目~前編~
翌日もまた、魔獣が目撃された場所に向かった。
朔はレイドの馬に同乗し、馬上から流れる風景をただ眺めていたが、ふと、奇妙な感覚が沸き起こった。
「あれ?この場所…見たこと、ある?」
「ああ、気づいたかい?お嬢さん」
周辺をキョロキョロと見回しながら朔が呟くと、レイドが頷いて言った。
「ここは、私達が初めて出会った場所の近くだ。今夜の宿営地も、あの場所になる」
「初めて出会った?…ああ、あのキャンプ地…じゃなくて、宿営地の!うわ、まだたったの数日なのになんだか懐かしい。そっかぁ、またあそこに行くんですね」
「ああ。お嬢さんは、あの日にこの世界へ来たのだろう?」
「はい。……。…あの子、元気かなぁ」
朔はレイドの言葉に頷くと、正面の、街道の向こうを見ながら、ぽつりと言った。
「あの子?…この辺りに、知り合いがいるのかい?」
レイドは首を傾げて朔を見た。
「いえ、知り合いっていうか………あ、ああっ!あの子の事、また攻撃しちゃ駄目ですよ!?」
朔は背後のレイドを見上げ、少しだけ口調を荒げて言った。
「…攻撃?」
レイドは首を傾げたまま聞き返した。
表情に変化はないが、その目はわずかに険しくなる。
「あの子です!あの翠色の動物の子!この前みたいに攻撃しないで下さいね!?…あの子、魔獣じゃないのに、酷いです!」
「…あの獣か…。魔獣じゃない、とは、なぜそう思うのかな?お嬢さん?」
「だって!レイドさん、昨日道すがら魔獣について教えてくれたでしょう?魔獣とは、人に深い悪意を抱いた動物がその負の感情に支配されて変化したもので、人を見れば例外なく即座に襲いかかるって!でも、あの子は私を襲わなかったですから!それどころか、助けてくれたんですよ?あの宿営地まで私を案内してもくれましたし!」
「…お嬢さんを襲わなかった、助けた、宿営地まで案内した?」
拳を握り、力説する朔に対し、レイドは表情を消し、淡々と聞き返す。
「そうです!レイドさんが言った魔獣の習性とは違うでしょう?だからあの子は動物で、魔獣じゃあ」
「いいや、お嬢さん。あれは魔獣だ」
尚も言い募ろうとした朔の言葉を遮って、レイドは否定の言葉を口にした。
「いいかいお嬢さん。よく聞くんだ。魔獣の中には、稀にとても知性の高いものがいる。恐らくあの魔獣は、お嬢さんと我々を一度にまとめて葬ろうと考えたんだろう。だからお嬢さんを宿営地まで誘導したんだ。…助けた、というのは、お嬢さんの思い間違いだろう」
「なっ!?違います!そんなんじゃ!…第一、まとめて襲おうとしたなら、宿営地で何もせずに去ったのはおかしいじゃないですか!」
「それは攻撃をされたからだろう。まとめて楽に葬ろうとしたのに、相手が攻撃という予想外の行動に出た。あの魔獣は、知性は高いがその分力はさほど強くはないのだろう。その上数人が相手。多勢に無勢と判断して、去った。それだけだ」
「それだけって…違います!」
「お嬢さん」
「違いますったら違います!…あの子に会ったって、退治なんてさせませんからね!私が絶対、させません!!」
朔はそう言い放つと、レイドから視線を外し正面を向いて口を閉じた。
「…参ったな。…まあ、いい。もう一度遭遇すれば、お嬢さんにもきっとわかる」
レイドは困ったように苦笑した。