遠征・一日目
朔が騎士達に交じり、魔獣退治に出発したその日の夜。
天幕を張り、一夜の宿営地となった場所で、朔は夕食が盛られたお皿を片手に、ぼんやりと騎士達の交流を眺めていた。
騎士達は皆、国の境なく酒を酌み交わし、談笑している。
…昼とは別人みたい。
鎧も剣も身につけてはいるものの、くつろぎ、楽しげなその様子を見ながら、朔は昼間起こった出来事を思い返した。
このお出かけーー遠征というらしいーーは、あらかじめ、魔獣の目撃情報があった場所をピックアップしてあって、そこを回るらしい。
目撃情報があっただけあって、その周辺を少し探しただけで魔獣に遭遇した。
真っ黒い毛に覆われたその生物は、赤い目をぎらつかせ、長い牙を剥き出しにし、騎士達を睨んで唸り声をあげていた。
その体は巨大で、騎士達の遥か頭上に頭部がある。
「あ、あんなでっかい生き物…どうやって退治するんです?一匹だけとはいえ…皆さん、大丈夫なんですか?」
朔は不安げに、傍にいるキキとルルに尋ねた。
二人はレイドに朔の護衛として、少しだけ離れた場所から戦況を見守るように言われたらしい。
「ふふ、大丈夫よ。大きければ強いというわけではないもの」
「そうそう。…まあ、私達だけでは少しキツかったかもしれないけど、ソドウィザムの騎士がいるもの。心配ないわよ?」
二人は朔を振り返り、クスリと笑うと自信満々に言った。
「え…あの、ソドウィザムの騎士さん達って、そんなに凄いんですか?…いや、レイドさんから強いとは聞いたけど、想像つかなくて…」
「ええ、強いわよ~?私達も強いけど、ソドウィザムの騎士にも負けない程、とは、ちょーっと言えないわねぇ」
「ほら、始まるわ。見ててご覧なさいな」
キキに促され、朔は再び黒い魔獣と、それを取り囲む騎士達へと視線を戻した。
ーー勝敗は、あっという間に決した。
飛び交う指示、降り注ぐ魔法、隙をついた騎士達の猛攻ーー。
魔獣も、反撃をしてはいたらしいが、防御の魔法に阻まれ、その攻撃はあたる事なく、やがて大きな音を立てて、その体は地に倒れ伏した。
「凄い…」
動かなくなった魔獣と、それでもまだ臨戦態勢を解かず、真剣な表情で魔獣を見下ろす騎士達を見つめ、朔はぽつりと呟いた。
「ふふ~ん、そうでしょう?凄いでしょう?」
「少しは私達の事、見直したかしら?」
朔の言葉を聞き逃さなかったキキとルルが、得意げな顔を朔に向けた。
「う」
朔は少し顔を赤らめると、キキとルルから顔を反らした。
「そうですね、見直しました。…ソドウィザムの騎士さん達を!」
そう、ソドウィザムの騎士さん達が、凄いのよ!
断じて、レイドさん達を凄いなんて……認めないんだから!
「あらら、そっち?」
「やぁだ、まだダメ?」
朔の言葉を聞いたキキとルルは、困ったように苦笑した。
「お嬢さん、楽しんでいるかい?」
賑やかに談笑している輪から外れて、レイドは朔に近づき声をかけた。
「…レイドさん、お酒臭い」
レイドから漂う酒気に、朔はわざとらしく上体を反らす。
「あっ…すまない」
レイドは慌てて片手で口を押さえた。
「ええと…良かったらお嬢さんも向こうに行かないか?ソドウィザムの騎士達と交流する良い機会だ。その、中には酒を飲んでいない騎士もいるから。…この先、お嬢さんはソドウィザムに住む、という事もあり得るだろう?知り合いは、多いほうがいいと思うんだが、どうかな?」
「あ…」
レイドの言葉に、朔ははっとした表情を浮かべる。
…もしかして、この遠征に行く必要のない私を連れてきたのは、その為に?
朔はレイドをじっと見つめた。
「…わかりました。じゃあ、あんまりお酒臭くない人と、話してみます」
朔がそう言って立ち上がると、レイドはほっとしたように頷いた。
「ああ、そうするといい。さあ、行こう」
朔はレイドと共に、騎士達の輪の中へと入って行った。