見たことのない獣に遭遇しました。
放心状態で立ち尽くしてしばらく。
朔は背後から聞こえて来た、草を踏みしめる音と、低い唸り声に我に返り、振り向いた。
すると、茶色の毛並みの獣が、唸りながら朔に向かってゆっくり近づいて来ているのが目に入った。
その姿に朔は混乱していた頭を更に混乱させる。
「え…何?…大型犬の、野犬…?」
野犬、と呟いてみたものの、頭の片隅で、違う、と否定の言葉が浮かぶ。
獣の頭には、2本の小さな角が生えていた。
「…や、山羊…かな…?」
落ち着こう。そう思い、自分の知っている、角の生えた動物を上げてみるが、これも違うという事は理解していた。
山羊は茶色の体毛ではない。
「えっと…何だろね?君は…。…私に何か用かな?アハハ…」
朔は口元に笑みを浮かべていたが、額からは冷や汗が流れ、足はジリジリと後ずさって行く。
正体不明の獣は変わらず唸り声を上げながら朔に近づく。
その速度はだんだん速くなっていく。
そしてついには地を蹴り、口を大きく開きながら朔に飛びかかった。
「イヤッ…!!」
朔は両腕を顔の前に出し身を竦ませ目を瞑る。
すぐに襲ってくるだろう痛みを覚悟したが、右のほうからガサッという草の揺れる音が聞こえ、直後に獣の悲鳴らしい声が聞こえただけで、いつまでも痛みはやってこない。
朔は恐る恐る目を開けると、先ほどの獣が横向きに倒れ、そのすぐ隣には新たな翠色の毛並みの獣が佇んでいた。
「え…?」
朔は目をしばたかせた。
翠色の毛並みの獣はゆっくりと顔だけを朔に向け、青灰色の瞳で朔を見た。
その頭にはやはり2本の角があった。
しかし、陽の下に佇むその姿はー。
「綺麗…」
朔は先ほどまでの恐怖を忘れ、ポツリとそう呟いた。