個人の好みは大切に。
買い物を終えて支部に帰り、自分に貸し与えられた部屋へ戻ると、朔はドサリとうつ伏せにベッドに倒れこんだ。
「つ、疲れた…」
朔はベッドに顔を埋めた。
「…お疲れのようだな。お嬢さん」
「!?」
突然聞こえた声に、朔はかばっと起き上がる。
「ああ、すまない。驚かせたか。一応ノックはしたんだが…聞こえなかったかな?」
朔が部屋の扉のほうを見ると、そこにはレイドが立っていた。
「…聞こえませんでした。本当にノックしたんですか?」
朔が疑わしげな視線を送ると、レイドは困ったような笑みを浮かべて言った。
「本当だよ。…それより、買い物について行ってやれずすまなかった。あの二人、やはり暴走したようだな」
「暴走………です、ね。あれは、確かに」
朔は先ほどまでの買い物の様子を思い返した。
「お嬢さん、ね、これ!この服はどう?可愛いわよこれ。お嬢さんにきっと似合うわ!」
そう言って、ルルはフリルがふんだんにあしらわれた、どピンクの、妙にフリフリしたワンピースを持ってきて、朔の目の前に差し出した。
「え?…えっと…ちょっと、私が着るには可愛すぎません…?」
ワンピースを見た朔は、言葉を選びながらやんわりと拒否をした。
「あら、そうかしら?…似合うと思うけれど」
ルルは朔とワンピースを交互に見ながらそう言った。
…そんなわけないですから!
私がそんなの着たら絶対服に負けますから!
ていうかそんなの着たくない!
朔は本音を心の中だけで叫ぶと、そっとルルから距離を取った。
「これは嫌?残念だわ…きっと可愛いのに。じゃあ違うのを見てくるわね」
朔が徐々に離れて行くのに気づいたルルは肩を落とし、そう言って去って行った。
…ちょっと、悪かったかな?
去って行くルルの後ろ姿を見て、朔はほんの少し、申し訳なさを感じた。
「気にしないでお嬢さん。ルルはちょっといきすぎなのよ。可愛いものが大好きなのはいいのだけれどね。…それより、こんなのはどうかしら?お嬢さんに似合うと思うわ」
「え?……ッ!?」
横から聞こえた声にそちらを向くと、そこにはキキがいた。
朔は、キキと、キキが手にしている服が目に入ると、息を飲んだ。
キキの手には、真っ赤で、露出度の高い、なんともセクシーな服があった。
うん…キキさんには似合いそうですね。
でも、お世辞にも豊満とは決して言えない体のつくりをしている私のどこに、その服が似合う要素があると…?
何?嫌がらせ?
嫌がらせなの?
それとも遠回しな自分の自慢?
「………」
朔は無言で離れて行った。
「お嬢さん?…これはお気に召さない?残念…なら、別のを見てくるわね」
ルルの時と同様に、キキは肩を落として去って行く。
すると。
「お嬢さん!これはどう?今度は気に入ると思うわ!」
そう言いながらまたルルがやって来た。
朔はルルが差し出した服を見ると、顔をひきつらせる。
そこには鮮やかな黄色の、またもやフリフリの可愛らしい服があった。
「…ルルさん?それ、さっきの服とどこが違うんですか?色が違うだけで同じ…ですよね?」
「え?違うわよ!ほら、こことか、こことか。ね、全然違うでしょ?」
「え、ええっと…」
ルルは襟や袖、裾などを触り自信たっぷりに言い切るが、朔には全く違いがわからなかった。
「あら、ルル、駄目よ?自分の好みを押しつけちゃ」
返答に困った朔に、戻って来たキキの助け船が入る。
「キキさ………ん!?」
ほっとした朔が振り返ると、キキの手にさっきとそう変わらないセクシーな服があるのが目に入った。
…キキさん…貴女、今の台詞、自分にも言いましょうか…。
二人はその後も、それぞれの好みの服を朔に勧め、朔はそれを拒むのに時間を費やし、服選びは難航を極めたのだった。
「…はあ。明日も色々と必要な物を揃えるのに、キキさんルルさんと出かける事になったんですよね…」
朔はげんなりしてそう言った。
「…大丈夫だ。明日はなんとしても私も同行する。あの二人の暴走はしかと止めるから、安心してくれ、お嬢さん」
「…よろしくお願いします…」
どの程度頼りになるのかわからないけど、という本音は隠して、朔はレイドに頭を下げた。