命令しました
朔は元いた部屋へと連れ戻された。
再び縄で縛られる事はなかったが、扉の横には見張りが置かれた。
もう逃げ出す事もできず、朔はベッドに横向きに腰かけ、ただ泣きじゃくった。
そうしていると、数分もたたないうちに扉の向こうからノックする音が聞こえてきた。
扉の横にいる騎士が扉を開けると、あの赤毛の男性を始めとした、六人の騎士達が部屋に入ってきた。
「…やぁ、お邪魔するよ、お嬢さん」
うつむき泣きじゃくっていた朔は、そう声をかけられて初めて、入ってきたのがあの騎士達だと気づいた。
いまだ胸にある恐怖を必死の思いで隠し、朔は涙でぐしゃぐしゃになっている顔で赤毛の男性達を睨みつけた。
しかし騎士達は皆一様に気まずそうな表情をしていた。
「…ええと、だな。…まず…本当に、申し訳なかった。お嬢さん。このとおりだ」
そう言って赤毛の男性が頭を下げると、他の騎士達もそれに習って謝罪を口にし、頭を下げる。
「……………何の真似、ですか。今度は何を企んでいるんです…?」
頭を下げたまま一向に動かない騎士達に、朔は念のためにと、視線を騎士達に向けたままベッドの端まで移動し、距離を取った上で尋ねた。
朔の言葉を聞いて、やっと騎士達は頭を上げた。
「いや…もう何も企んではいないよ。…まさか目覚めてすぐに逃げ出されるとは思っていなかったからね。…予想以上に怖がらせてしまったようだから、まずは何を置いても口頭で謝罪だろうと、そう思ったまでだよ」
赤毛の男性は眉を下げ、申し訳なさそうな表情で言った。
…これは何の前兆だろう?
気を失った時は、あの女性騎士が謝罪らしきものを口にした直後に攻撃された。
だとすれば、今度も何かーーまさかあの腰に下げている剣でグサリとか……私の人生、ここで終わったりして…!?
元々ないに等しかった、この騎士達に対する雀の涙ほどの信用を、すでに地の底に深く葬り去っていた朔は、恐ろしい考えを頭に浮かばせ、赤毛の男性の腰にある剣を凝視した。
「…どうやら、全く信用されていないらしいな。まあ、それも仕方ないが」
朔の視線が腰の剣にある事に気づいた赤毛の男性はため息をつき、腰の剣に手をかけた。
それを見た朔はすぐさま反応し、息を吸い込むと声の限りに叫んだ。
「ひっ、人殺し~~~~~~!!!!!」
ベッドにある枕やら布団やら毛布やらを、次々に掴んでは赤毛の男性達に向かって投げつける。
赤毛の男性はそれらを避けもせず、ただじっとしていた。
投げる物が周りに何もなくなると、朔はベッドの上に立ち上がり、窓がある方向にじりじりと移動を始めた。
朔の次の行動を読んだ赤毛の男性は、素早く窓の前へと先回りする。
「お嬢さん、ここは二階だ。窓から脱出すれば怪我をする。それはやめなさい」
先回りされた朔は動きを止め、赤毛の男性をただ睨みつける。
「人殺しに怪我の心配をされたくありません!だいたい、私に怪我させたのは貴方達じゃないですか!」
朔は首を押さえそう主張した。
「…その件に関しては、本当に申し訳なく思っている。拘束した事も含めて、謝罪したい。…皆で話し合った結果、数日間、私達の中から一人、お嬢さんにつけて、お嬢さんに絶対服従する、という方法を取る事になった。法に触れる事以外でなら、どんな無理難題も叶えよう。…どうかそれで、許して貰いたい」
赤毛の男性は、真摯な表情と態度でそう告げた。
しかし、朔はその言葉を信用しなかった。
「絶対服従?へえ、それはすごい!…それで?貴方達の誰が私について、人知れず私を抹殺する事になったんです?」
「…抹殺などしないよ。信用してほしい…というのはやはり無理か。なら、証拠をみせよう。私に何か命令するといい。お嬢さんには私がつく。どんな事でも、叶えよう」
赤毛の男性がそう告げると、後ろにいる騎士達が一様に息を飲んだ。
「小隊長!?なぜ…!?その役は私が負うと言ったはず!何も小隊長がなさる事はありません!」
オレンジの毛の男性が慌てたように赤毛の男性に言い募る。
「そうですよ。それに、そんな役はやっぱり、一番下っぱのこいつにやらせればいいんですよ」
黄色の毛の男性はそう言いながら青い毛の男性を指差す。
「なっ、お前、まだそんな事を!第一、一番下っぱなのはお前も同じだともう何度も…!」
「部隊就任はお前が一番後じゃないか?つまりお前が一番下っぱなんだよ。いい加減自覚したら?」
「だからそれは!お前が着任日を勘違いして一日早く出ただけで、俺達は全くの同期なのだと何度言えば…!!」
青い毛の男性は黄色の毛の男性と口論を始めた。
「…また始めたわこの二人。よく飽きないわよね」
女性騎士達はそれを呆れ果てた目で見た。
朔はその一連の様子を疑惑に満ちた眼差しで見つめていた。
「…やめろお前達。みっともない」
赤毛の男性が見かねたように静止する。
「お嬢さんにつく役は、私が負う。元々調査を命じたのは私だ。それに対する謝罪方法を、お前達に押しつけるつもりは元よりないよ」
「小隊長…」
赤毛の男性の言葉に、他の騎士達はそれきり口を閉ざした。
「話が逸れてしまったな。さあお嬢さん。何なりと命令してくれて構わない」
赤毛の男性は朔に向き直り、微笑んだ。
「……………」
何の罠だろう。
朔はそう思い、必死に考えた。
そして。
「…それなら…まず、その剣を床に置いて」
そう言った。
「この剣を?わかった」
赤毛の男性は言われた通り剣を鞘ごと腰から外し床に置いた。
「剣から離れて。部屋の隅まで下がって!これは全員よ!」
「わかった。全員、下がってくれ」
騎士達は部屋の隅へと移動した。
それを確認して、朔は床に置かれた剣を拾い上げた。
お、重い…。
予想以上にずしりとしたその剣を抱えると、朔は再び口を開いた。
「扉の横にいる人も端へ行って!全員って言ったはずよ、さあ早く!」
「…自分も?」
扉脇の騎士が聞き返した。
「すまない、頼む」
赤毛の男性が声をかけると、扉脇の騎士は小さく頷き、端に移動した。
「全員そのまま動かないで!絶対よ!」
そう言うと、朔は駆け出し、扉から部屋の外へ出ていった。
というわけで、サブタイトル"ほう・れん・そう"の時の話し合いの結果は三つ目の絶対服従、人身御供でした~。
『あれ?この話の結果どうなったの?』と思ってた方…たぶんいるはず…お待たせしました!