逃亡を試みました。
朔がゆっくりと目を開けると、白い天井が見えた。
それは布製ではなく、白い石造りのものだった。
…ここはどこだっけ?
…私、いつ眠ったんだろう?
石造りの部屋のベッドで眠っている今の状況を不思議に思いながら、朔は体を起こした。
すると、首筋にわずかな鈍い痛みを感じた。
「…ッ!」
瞬間、朔は息を飲む。
眠ったーーいや、気を失った時の事を思い出したのだ。
『あら、嫌だ。こんなに簡単に攻撃を許すなんて』
…聞こえてきたあの声は、そう言っていた。
そしてその声は、確かに、私のボディチェックをした女性騎士二人のうちの一人のものだった。
つまり、この痛みの原因はあの女性騎士で…。
そこまで考えると、朔の胸には凄まじい恐怖が沸き上がってきた。
…逃げなきゃ!
このままここにいたら、次は何をされるかわからない…!!
朔は痛む首を押さえながら、転がるようにベッドを飛び降りた。
ベッド脇に揃えて置いてあった靴を急いで履き、部屋の窓へと駆けて行く。
窓から外へ出ようと朔は考えたが、今いる部屋は二階のようで地面が遠い。
こういう時、物語などではカーテンをロープがわりに使って降りるが、自分にそれができるか自信がない。
仕方なく、朔は部屋の扉へと向かった。
音をたてないように注意しながら、扉を薄く開く。
廊下をそっと確認したが、人の姿はないようだった。
チャンスだ!
朔は部屋の外へ出ると、音をたてないよう慎重に扉を閉める。
そして左のほうに見える階段へと駆け出した。
早く、早く外へ…!
誰にも見つからないうちに…!!
朔は逸る気持ちのまま階段を急いで駆け降りる。
最後の段まで降りきると、壁に隠れるように張りついた。
玄関、玄関はどっち…!?
朔は壁に張りつきながら、首だけを伸ばしキョロキョロと玄関を探した。
逸る気持ちは焦りに変わっていく。
しかし周囲を見渡しても、それらしいものが見つからず、仕方なく朔は近くの部屋へと駆け寄った。
扉に耳を当てて中から物音がするかを探る。
運のいいことに、部屋の中からは何の音もしなかった。
朔は恐る恐る扉を開け中を覗いたが、誰もいない。
素早く部屋の中に入り、また慎重に扉を閉めると、窓に駆け寄る。
次いで窓の外に誰もいない事を確認し、窓を開け、外へと出た。
そこからは、もう気が気ではなかった。
敷地の外へ出れる場所を探しながら走る朔だったが、時折聞こえてくる話し声や足音に歩を止め、木の陰や植え込みに隠れやり過ごす。
早く通りすぎて。
お願いだから私に気がつかないで…!!
祈る思いで音が聞こえなくなるのを待って、また駆け出す。
しかし、この場所にはかなりの人が出入りしているのか、なかなか思うようには進めなかった。
そのうちに聞こえてきた、慌てたような話し声に、朔の体は固まった。
「そこのお前達!緊急事態だ!第二小隊が連行してきた異世界人が逃げたらしい!」
「門はすでに閉じた、詰め所からはまだ出ていないらしい。捜索に加われとの事だ!」
ーー逃げた事が知られてしまった…。
しかも、門はすでに閉じた、って…それはつまり、逃げる道は、もうないという事…?
捜索が始まっているのなら、ここに隠れていても見つかるのは時間の問題だよね…?
ぼんやりとそんな事を考えながら、朔は植え込みの向こう側にある高い塀を見た。
あの塀の向こうへ出れさえすればきっと大丈夫なのに…。
そう思った瞬間、朔は植え込みから出て塀へと走った。
そして塀の下までたどり着くと、窪みに足をかけよじ登ろうと試みる。
冷静に考えれば、そんな事は不可能なのだが、今の朔にはもう、これしか方法は思いつかなかった。
そして当然、そんな朔に気づいた騎士達によって朔は塀から引き剥がされ、拘束される。
「嫌、離して!これ以上私に何をするつもりなの!?もう、もういいじゃない!私こんな所出ていくのよ!邪魔しないでぇ…!!」
ずるずると体を引きずられながら、朔は遠ざかっていく塀へと必死に手を伸ばし、泣き叫んだ。




