連行されました。
ーーどこか遠くで、誰かの声がする。
それは聞き覚えのあるものだけど、誰のものだったか、わからない。
誰の声だろう…?
少しずつ意識が浮上し、朔はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと天井を見ると、白い布が目に入る。
朔はひとつふたつ瞬きをすると、体を起こし、ぐるりと周囲を見回した。
最後に手首を縛っている縄を見て、朔は溜め息をついた。
…全部夢なら、良かったのに。
「お嬢さん?起きたかな?」
溜め息が聞こえたのか、衝立の向こう側から赤毛の男性の声がした。
さっき聞こえた、あの声だ。
推測するに、衝立の向こうから、ずっと私を起こそうと声をかけ続けていたのだろう。
あれだけ寝るまいと頑張ったのに、結局私は眠ってしまったのだ。
念のため自分の格好をざっと確かめる。
特に、服のおかしな乱れはなかった。
「…起きましたよ。おはようございます」
朔は寝台から降りて、衝立のほうへと歩いて行った。
朔が衝立の裏から姿を見せると、赤毛の男性は穏やかな微笑みを浮かべた。
「おはよう、お嬢さん。少々ゆっくりとした起床だったな。もう他の皆は朝食を取っている。早く行くとしよう」
赤毛の男性は朔の背中に軽く手を回し、天幕の外へと促した。
数時間後。
朔は馬車に揺られていた。
正面には赤毛の男性が座っている。
馬車の窓から、左に黄色い毛の男性、右にオレンジの毛の男性が馬に乗り平行しているのが見える。
青い毛の男性は、朝、朔が朝食を食べる時にはすでにその姿はなかった。
…朝食を食べる時。
朔はその時の妙なワンシーンを思い出し、正面に座る赤毛の男性をじとりと睨んだ。
「ん?どうかしたかお嬢さん?…もし馬車の乗り心地が悪いというなら、そこは我慢をして貰いたい」
朔の視線に気づいた赤毛の男性は、肩を竦めて言った。
「別に…良くはないですけど、悪いというほどでもないです。それより、私の今のこの状態って、連行、なんですか?さっき、あのオレンジの毛の人にそう言ってましたよね…?」
「おや…参ったな。聞かれていたのか。少し距離を取ったのに、お嬢さんは耳がいいんだな」
赤毛の男性はそう言って苦笑し、朔から窓へと視線を移した。
それで話を終わらせる気だろうか。
そうはいかない。
「あの!私の事をそう簡単に信用できないというのは理解できます。けど、この縄とか、連行とか…あんまりじゃないですか?これじゃまるで犯罪者です。私、犯罪者扱いをされるような悪いことはしたことありませんけど!」
朔は強めの口調で抗議した。
赤毛の男性は再び朔を見た。
二人はしばらくそのまま見つめ合う。
やがて、赤毛の男性が口を開いた。
「…そうか。それはすまない。だがもう少しだけ我慢して貰いたい。女性騎士のボディチェックが終われば、縄は解く。約束する」
それだけ言うと、赤毛の男性はまた窓に視線を移してしまう。
…そう。
あくまでも、この話はさっさと終わりにするつもりなんですね。
すまないって言ってるけど、それ絶対本気で謝ってませんよね?
…本やゲームなどでは、異世界に迷い込んだ主人公は皆、素敵な騎士や、優しく頼もしい、地位のある人物に拾われて安全に保護されているのに、自分のこの扱いは何なのだろう。
それとも、これが現実という事なのだろうか…。
何だか、乙女の夢を粉々に壊された気分だ。
朔はしばらく、じと目で赤毛の男性を睨み続けた。
馬車は一度も止まる事なく走り、どこかの街に入った。
馬車が走る広い通りには、道に沿って立派なお店がずらりと並び、行き交う馬車や人がたくさんいて、なかなか活気のある街だという事が馬車の窓ごしに見てとれた。
馬車は流れるように進んで、やがて一軒のお屋敷ほどの広さがある建物の玄関先に着き、止まった。