裏・ノーデンスの章
もしくは邪神少年の日常
日常、そういう風に一言に言っても、僕にとってはいつからの生活が日常なのかをイマイチ判断し辛い。まず、除外できそうなのは邪神……クティーラに出逢う前……いや、もう少し後……僕が邪神になるまでも、クティーラと逢う前よりも近いけどまだかなり違うから日常ではないと思う……僕が邪神になった後、今と同じようにクティーラ、そして僕への報告を手早くする為という名目で住み着いたヨグソトースと一緒に住んでいるという状況……微妙に今とは違うからやっぱり日常とは言い難い……けど、心労がほぼなかったから出来ることなら戻りたい。
そして問題の現在……クティーラ、ヨグソトースに加え、とある邪神姉妹と暮らすことになったという、どこぞの変態なら『それなんてエロゲ?』 と答えかねない状況に……最近、邪神姉妹……ツァールロイガーの姉妹に日常が浸食されつつあった……ツァールロイガーが来た時点で既に邪神には浸食感染されつつあったけど、トドメを刺されて更にオーバーキルを喰らったような感じだ。
朝……気づけばベッドの横に1人、寝ている僕の上に1人乗っかっていた……
僕の上にのしかかっている、活発そうな瞳の金髪の少女がツァール、もう片方の落ち着いた物腰で少し暗めの金髪の少女がロイガーだ……だったはずだ。
「おーきーてー! 朝だよ! アバンスお兄ちゃん!」
「もう朝ご飯が出来ていますよ、アバンス兄さん」
最近の僕の朝は、居候の少女達、ツァールロイガーコンビに少し早い時間に起こされるところから始まる……本来なら7時まで眠っているところを5時30分という老人並みの時間に起こされるのを少しと言えるのならだけど。
「……お前らなぁ、これで何度目だ? こんな時間にぼくを起こしたのは……あと、誰が誰の兄だ?」
「あなたが」
「わたし達の」
『お兄ちゃん』
「ハモらすな」
最近は双子邪神のせいで心労が絶えない状況となっている……属性からか上司みたいな感じのハスターとクティーラが対立しているからかは分からないけどクティーラを挑発してクティーラが鬼おこだわで……ヨグソトースだけだよ……僕を気遣ってくれるのは……
「さささお兄ちゃん、パジャマ脱いで」
「兄さんの裸体……眼福眼福……」
「ツァールもロイガーも……欲望に忠実すぎるんだよお前ら!」
朝からキレて叫んで、もう僕の胃はストレスでボロボロでドボドボだ!
政……こんな時、お前がいてくれたらな……ちなみにあいつは語学留学という名目でアメリカに数ヶ月ほど行ったはずなのだが、何故かトップカードゲーマーと一緒に写っている写真が届けばまだマシなところで、酷いときにはニャルラトホテプ(あのバカともトロンとも別らしい……SAN値が下がりそう)に追い回されていたり、ラーン=テゴスに追いかけられたりしていたという近状報告があった。デュエルマッスルはほどほどにしておけとあれほど……(言っていない)
「お兄ちゃん、またあの人から手紙だけど……今度はクトゥルー関連の組織に拉致されて軟禁状態だって」
「……あいつ今度は何やったんだよ……前はトラペソヘドロンを石と間違えて湖に投げ捨てて拾わされたり、ラーン=テゴスが見ているところでさり気ないデュエルマッスルを披露した結果気に入られて追いかけられたりしたんだっけ?」
「だいたい正解だったよお兄ちゃん……どうやら新たなるクトゥルーの眷属……お兄ちゃんの親友ってことがバレちゃって歓迎されてるみたいだね……あれ、縦……? ありがとロイガーちゃん……お兄ちゃん、ちょっとすぐにでも行ってきた方がいい場所があるみたいなんだけど……」
「話の流れから嫌な予感しかしないが……どこにだ?」
「アメリカのインスマス!」
「お前は何を言ってるんだよ! ふざけるなぁ!」
まだ朝早いとはいえ、アメリカには はるか とおい のだ。今から行って授業に間に合わせる事なんて到底不可能だ。たとえ政が軟禁状態だろうと、一刻を争う事態じゃなければ、放課後に行く。
「なんか特殊な感じのあぶり出しによると今日の10時に処刑されるかもしれないみたい」
「それを早く言えよバカぁぁぁぁ」
こんな状況で授業なんて出ていられるか! ぼくはインスマスの街に行くぞ!
昼の休み時間……今現在の僕は正直、疲労で死にそうになっている……
一応邪神だからという理由で行きに黄金の蜂蜜酒無しでバイアクヘーさんに送ってもらったのだが、死にかけた……三途の川の向こう岸で御大が原稿用紙に筆を走らせているのが見えるくらいには死にかけた……御大が死んでもまだなお書き続けているなんて失望しました。エイボンさんのファンやめます。
そしてふらつきながらもインスマスの街で政の居場所を聞き出そうとするも、ハスターの匂いがするからという理由で答える人がいないどころか拉致されて、その後誤解が解けたと思ったら肝心な場所を誤解されていて、その後小一時間を説得にかけ、なんとか政を解放してもらうことに成功するも、インスマスの教団の教祖になりかけ、時間がないから途中でバイアクヘーさんに手伝ってもらい、抜け出した……
というか現地時間で今日の10時だったらしい……帰ったらツァールにはお仕置きだ。
ちなみに政はラーン=テゴスの気配を感じ、早々とインスマスから逃げ出した……僕に何も言わずに逃げやがって……あまりにも腹が立ったので、次にラーン=テゴスさんにあったときには政の写真をプレゼントするということを約束……というか契約をした。
それはそれとして、ラーン=テゴスさんに言われた『いい出汁が取れそうね』という言葉にはどう反応すれば良かったのか分からなかった。邪神になってから鏡の前で毎日自分の顔をチェックして異常がないことを確認しているのに、なんでいい出汁がとれるのか?
それはそれとして、バイアクヘーさんを巻き込んで少しだけ遅刻してしまった。
そして話は現在、休み時間に戻る……
「義手ってさ……萌えるよね?」
「ごめん、お前の唐突な発言には慣れたつもりだったんだが、僕はまだまだだったらしい……」
いい加減こいつ……ユウの特に理由もなさそうな謎の性癖暴露には慣れていたつもりなのだが、こうも変化球気味の萌えポイント(本人曰わく性癖とは違う別のものらしい)を特急の最高速度と同じくらいの速度で投げつけられたら、いつもの120キロ程度で魔球を投げつけられるような状態に慣れてしまっているから反応のしようがない。
「というか、なんで義手なんだよ」
「あのね、ぼくとしては義手義足なんて纏めちゃう人はどうかしてるよ! 義手は義手! 義足は義足でしょ!」
「そういう問題じゃねぇよ」
「義足つけた子も別にいいけど、助けてあげないとっていう保護欲で萌えるんだよ! でも義手は全然違ってどっちかというと自分が手伝ってあげているっていう支配欲で萌えるんだよ!」
「よく分からないと言うことが分かった……とにかくその演説をやめろ」
こいつは危ないときはとてつもなく危ない……それこそ、核地雷や悪戯したくなった時のニャルラトホテプ並みだ
「でもね、義手義足両方は流石にぼくでも萌えるのは……ねぇ」
「……お前は人としてフルカウントかもしれないと思い直したくらいに比較的普通だな……」
「だって痛々しいし……」
「O2、B3ぐらいだな」
ストライク2つ削って、少しマトモになった……まだこいつが人として2アウトではあるが
「それに……萌え属性を詰め込みすぎちゃいけないし」
今の発言は野球用語でいうところのフライ……これで3アウトチェンジだ。
「あ、念のため言うけど、片手片足ぐらいしかぼくは萌えないよ? それ以上だと……やっぱり……」
選手の抗議で審判の判定が入った……フライなのに
「ぼく自身が片手か片足の変わりになるのがいいんだから、それ以上は萌えないね」
はいジャッジ判定拒否~3アウトチェンジ!
「お前は人として3アウト、チェンジだ」
「えっ……酷くない?」
そして昼休み……僕はある失態に気づいた……
「弁当も財布も……ない……だと……?」
弁当を忘れ、更に更に財布も忘れたとなると、最早八方塞がりだ……いや、最後の手段が残っている……誰かにお金を借りなければ……
まずニャルラトホテプ……は別のクラスだわとんでもない方法で返却させられそうだわ何故か生徒会長になったわでこの時間から借りに行くのは無理だ。あと極力借りたくない。
バイアクヘーさん……そもそもお弁当を持ってきている上に嫌な予感がするから最後の手段……
クトゥグァさん……頼めば貸してくれそうだけど……その……いい邪神だからというか良い邪神だからこそ借りるのがしのびないというか……まあ、同じく最後の手段だ。
政……は何故か留学に行ったからそもそもいない
前年度から変態を更に選抜したようなクラスメイト一同……生理的にではないけど無理
「変態」の頂ことユウ……様子がおかしいけど仕方がない……
……一瞬視線が合って、なんだか嫌な予感がしたけどまあいい……借りれる事なら借りる……!
「すまん、ユウ……お金貸してくれ」
……ユウの表情をみる限り……忘れてきたみたいだ……
……こうなったら|悪魔と契約して(バイアクヘーさんに頼って)しまおうかと思ったその時、教室の扉が開き、救いの手がさしのべられた……
「お兄ちゃん! お弁当忘れていってたよ! わたしのお兄ちゃんへの愛妹弁当だよ!」
「私も少し作った……」
突然部外者でかつ美少女のツァールとロイガーが入ってきたために、一瞬教室内がほぼ無音になった……
さっきの言葉を訂正する……救いの『魔の手』だった……案の定、クラス全体がざわめいている……うちのクラスの邪神2人、バイアクヘーさんとクトゥグァさんも含めてだ。
……邪神嫌いの気がある沙耶さんがいなくて良かった……大乱闘間違いなしだった。
……そして、ロイガーの方が音を立てずにさりげなく僕の机の上において、目立たないようにと退散しようとしたみたいなのだが
今度はもう一方の扉から、袴姿の美女……いや、美少女? が現れた……片手にお弁当らしきものを持って
「ユウ殿! 弁当を持ってき……た……」
「あ、ありがとうございます……」
「あなたは……」
「……あの時の?」
ツァールロイガー姉妹には心当たりがあるようだ……毎日肉体的セクハラをされるから、おそらくそっち関連で因縁がある可能性があるけど……
「ななな、何ゆえに貴様らがここにいるのだ! つぁ……っ!?」
「……目立ちたくないので屋上に行きましょうか……ねぇ、あっちゃん達も行こう? どういう状況か分かんないけど」
……どうやら、ユウもこっち側の人間みたいだった……
「で、いったいどういう事なんだ? ツァール? ロイガー?」
「あ、あっちゃんがが仕切るんだ……ぼくはどっちでもいいけど」
こうでもしなければ双子が暴走してしまい、話し合いにならない。もしくはユウが以下同文。
「手っ取り早く」
「再現……」
『ヴォルヴァドスの手と足を取って胸を揉んで』
この時点でだいたいなにがあったか把握できた気がする……ヴォルヴァドスさんの役目とこいつらの性格から察するに。
「させぬ! 絶対に再現などさせぬ!」
「……で、いったい何があってどんな事をやったんだ?」
やっぱり暴走しかけた……卑猥なる双子の異名の通りと言うべきか、すぐにセクハラに走りたがる困った奴らなのだ。それも多分男女問わず。
「経緯については拙者が語ろうぞ……あれは今からひと月ほど前……」
要約すると、退治したハズのツァールロイガーが今度は日本にやってきたから退治しようとしたらしい。そして何だかんだでうちに居候した。
「で、何があったかは」
「まず先にわたしが手足を押さえて」
「私が揉んだ……」
『それでその後交代して』
「もういい分かったやめろ」
これ以上はセクハラだ……ユウが残念そうな目を向けているけど無視だ無視……ヴォルヴァドスさんが虚ろな目でなにかぶつぶつ言ってるけど、あとでフォローする。ユウが
「ヴォルヴァドスさん?」
「……やめろぉ……そこは駄目だ……拙者の胸に触るな……それ以上は……っ」
「ヴォルヴァドスさぁん!」
「はっ……我ハ正気ニ」
「ヴォルヴァドスさん!」
ユウの軽い手刀によってやっと正気に戻ったみたいだ……
「すまぬな……拙者が弱い故に」
「あなたの弱さが敗北させたんじゃありませんよ……あなたが弱かったんじゃなくて相手の双子邪神姉妹が強かっただけです!」
「ただ単に開き直ってるだけじゃねぇか!」
というかどこぞの水の達人みたいな事いうな!
「ところでヴォルヴァドスさん……もうツァールちゃんとロイガーちゃんを退治するつもりはないんですよね?」
「まあ、な……拙者はあんな辱め、もう二度と受けたくないからな……」
まあ、あんなトラウマを植え付けられような事をされたら、もう二度とちょっかいをかけようとは思わなくなるだろう。クティーラならクトゥルーさんを呼んで叩きのめしかねないけど。
「じゃあ……」
「仲直りの」
「しるしに」
『肩を揉んであげる』
「おいお前ら……」
「…………いや、良い……拙者がよからぬ事をされる予感がした」
まあ、僕自身も嫌な予感がしたから、ヴォルヴァドスさんの選択は間違っていないのだろう。
「そう」
「だったら……」
『マッサージを』
「だから待てよおい」
「なあユウ殿……」
「なんですか?」
「この袋小道から脱出するには何をどうすればよいのだ?」
「微妙に変化しているので何度も繰り返せばきっと脱出できる可能性がありますよ。小数点以下いくつの確率で……小数点以下は切り捨てられますけどね」
「それは実質0割ではないのか?」
というかあの大丈夫? な攻略本の悪口はやめろ、ネタが危ない!
「とにかく、ヴォルヴァドスさんもツァールちゃんとロイガーちゃんも、お互いに約束しましょうか……病めるときもヤンデレる時も永遠にぼくと一緒に居ることを」
「それは……」
「……嫌です」
「だからそれはまだ時期早々だというておるだろうが……」
案の定ユウが一斉に告白しようとして撃沈した……まあ、キリがいいしそろそろ弁当を食べないと時間が無い、そう言おうとした瞬間、誰もいないハズの場所から女の声が聞こえてきた……
「……ツァール、ロイガー、ヴォルヴァドス、そしてクティーラの旧支配者と旧神の絆など所詮我の計画の前には前戯に過ぎん」
振り返れば、制服と右手を除けばほとんどが白で構築された少女が立っていた……右手には銀の義手、白い髪……そしてはるか高みから僕らを見下すかのように見つめる青い瞳とその口調……おそらくこいつの正体は旧神側のトップの……
「の……ノーデンス殿!?」
やっぱりノーデンスのようだった……フェンスの縁に立っていなければ、恐れおののいていたかもしれない。そんな威厳のある姿だった……
「深海の大帝が……」
「どうしてここに?」
「我が何故この様な場所に、か……教えてやろう、それはな」
「さっき何を言いたかったのかは分かりませんけど、前戯ってえっちい単語ですよ?」
ユウが要らん茶々を入れた……まあ、別に僕も忠告みたいな形でツッコミをしようと思っていたから別に良いけど。
「…………我がこの地に降り立った目的、それはな……」
「それと、こっちに風の邪神がいるのにあえてバランスの悪いフェンスの縁に乗る意味はあったのか?」
「我の目的はな……」
「ノーデンス殿! かの時の鎧はなんであったのだ! お陰で拙者は何の罪もない旧支配者に怪我を……」
「黙って聞かぬか凡愚共めが!」
案の定ブチギレた……それはもう、ドーナツを奪われたオニイトマキエイやドナキチもかくやという怒りようだった……
「我の目的、それはな! 旧支配者達の切札、クトゥルーの秘姫、クティーラとやら、貴様を封印することだ!」
ノーデンスがポケットから取り出した小さめの杖を左手に持ち、ユウの方を差しながら、言った……
「な……」
「……なんだってー」
「どういうことなのだ! 答えてくれぬか! ユウ殿!」
「……二重に間違ってるな」
「……ふっ、いずれわかるさ、いずれな……」
ここにいないし僕でもないしで2アウトじゃねぇか……アホじゃねぇのか?
「ぐ……ヴォルヴァドス! 何故に気づかぬのだ!」
「違う! ユウ殿はただの人の子だ!」
「黙れヴォルヴァドスよ! 何の根拠があってそやつを人の子と見なすのだ!」
「昨夜一晩を共にした相手故に、邪神か人の子かなど、はっきりと分かっておる!」
ずっこけそうになった……僕もノーデンスも……というかヴォルヴァドスさんが言っても相手が「変態」の頂とでもいうべきユウだったら間違いなく破廉恥な方向に勘違いする……そして当のユウはというと、更に追加爆撃を仕掛けた。
「そうですよ! ぼくとヴォルヴァドスさんは昨夜|同じ布団(、、、、)で|密着して(、、、、)一夜を共にしたんですよ! これなのに気付かない理由がありますか!?」
……予想はしていたからギリギリ何ともなかったけど、案の定ノーデンスはずっこけた……そしてフェンスから落下し……間一髪、屋上の縁に手を掛けた……片手だけど。
「さて……ノーデンスさんは勝手に足止めされているみたいなので……逃げますよ!」
「逃げるのか?」
「拙者の説得も無意味だった故に逃げるほかあるまい……逃げるぞ、ツァール! ロイガー!」
「はいはいブースト~」
「……あらほらさっさ~」
「で、どこに逃げます?」
こいつには早く考えてから喋るという事を覚えて欲しいものだ。
「任せろ! 僕に良い考えがある!」
僕に見つかりづらく、そして隠れられそうな場所に一カ所心当たりがあるのだが。
「で、何でボクを振ったはずのアツトクンが新しいハーレムメンバーと友人と旧神を引き連れてこの生徒会室に来たのかな?」
入室直後から生徒会長……ニャルラトホテプがこっちを睨んでいるが、こっちとしてはなりふり構っていられないのだ。ニャルラトホテプには少しの間だけ我慢してもらうほかあるまい。
「それは……とにかく、頼むから昼休みが終わるまでで良いからかくまってくれ」
「……はぁ……で、一体何に遭遇して何と戦っているんだい? それとそこのキミ、お弁当を食べるならトイレか空き教室にいって食べてくれないかな?」
「あ、少し食べます?」 そう言ってユウは焼き鮭をニャルラトホテプに差し出した……さり気なく間接キスの気がするけど、こいつにとっては可愛ければ誰でもいいんだろうと諦める。
まあ、そんな状況なのに、普通に貰うニャルラトホテプもニャルラトホテプなのだが。
「このしゃけ……焼き加減が奇跡としか言いようが……はっ、この程度でボクを買収しようなんて思わないでくれないかな! ボクを買収したかったらせめてその美味しそうな出汁巻き卵を」
「はい口開けてください」
そしてユウはニャルラトホテプに弁当の中から卵焼きを橋で摘み、ニャルラトホテプに差し出した。
もはやこいつらカップルなんじゃないかと思ってユウに対してイラっときたけど黙っている。
「あーん」
「はいどうぞ」
「む……出汁のとりかたは完璧……この卵もなかなか……でも微かに香りがついている……おのれ、この生徒会長、青木世界ことニャルラトホテプの味覚と嗅覚を試そうというのか!」
「ニャルラト……」
「ホテップ……?」
「なかなかの味覚のようであるな、ニャルラトホテプ殿……拙者の作ったその料理の隠し味をおぬしには当てることが出来るかな?」
「分かった! アトラさんの秘蔵のお酒、それを数滴だね!」
「これはこれはお見事……持ち主までピタリと当ててしまうとは……」
「お前ら、なんでこんな時にフードファイトをやってるんだよ……」
それはそれとして、早くニャルラトホテプにも状況を説明しておいた方が良さそうだ。
「なるほろ……ろーれんすがはっひおふひょふへ」
「ちゃんと食ってから話せ、行儀が悪い」
「ここでは……」
「……リントの言葉で」
ユウに餌付けしてもらった分を咀嚼し終えたようで、飲み込んでからニャルラトホテプが話す。
「んん……ノーデンスがさっき屋上でクティーラを狙っていると」
「ノーデンス殿に拙者がユウ殿はそもそも邪神ではないと言ったのに聞く耳を持たぬようで……」
「へー……大変だね、アツトクン」
「お前ノーデンスの前に差し出してやろうか?」
本当にこいつをリリースしてノーデンスから逃げてやろうかと思うほどに、他人事扱いされてイラっときた。
その様子が心配だったのか、ユウが僕を宥めるためか口を開く。
「んん、喧嘩はいけませぬぞ、ヤツト氏!」
「喋んな」
間違いなくネット用語の『www』が語尾についているであろう喋り方に腹が立って、つい口を滑らせてしまった。
「赤モップな雪男なんてありえないんだから!」
「そう、今の時代は緑の恐竜……」
「拙者とどこか被っていて……少し腹立たしいのでやめてくれぬか?」
僕を含む皆の辛辣……という言葉では済まない酷い反応にユウは半泣き状態になっていた……
そんな時、丁寧にもノックと共に誰か……いや、ユウの一番のファンが入ってきた。
「それで終わりですか? ユウさん」
「その声は3―2の委員長をやっているツァトゥグァ!? いつのまに!?」
なんでニャルラトホテプはこう説明口調だったんだろうか? というかツァトゥグァさんが委員長さんという事を知っていたのか
「今来ました……どうやらノーデンスがこの部屋に向かってきているようなので忠告に……それと、ユウさんとヴォルヴァドスさんを連れ戻しに来ました……帰りますよ」
「嫌です……ぼくは……帰りたくないぃぃぃぃぃぃ!」
「アツトさん、なんでこんな拒絶しているのか心当たりはありませんか?」
心当たりがあるかと聞かれると……心当たりしかない。
「……まあ、色々と目立ってたからな……美少女にお弁当持ってきてもらった時点で」
「ああ、なるほど……それで悲しみの向こうへたどり着きたくないから行きたくない、と……」
「そうです」
「……じゃあ教室に戻りましょうか」
「えっ、ひどくない?」
「では妥協しましょう……アツトさんも連れて教室に戻りましょうか」
「おい」
さり気なく僕も生贄にするな。いったいどんなおぞましいモノを呼び出すつもりだ。緑の瞳の化け物か?
「あっちゃん!」
ユウが頬を膨らませて、僕を睨みつけている……普通の女の子がやったら普通に可愛いとは思うのだが、こいつは見た目は可愛いとはいえ中身はただの変態だ。実際可愛いと言えば可愛いと思えるのだが。見た目だけだが……
「……お前、本当に男かよ……ただの痴女じゃないのか?」
「美少女の間違いじゃないのかな?」
こいつ、自分のことを美少女だと……?
「立てば(ウツボ)カズラ座れば(ムシトリ)ナデシコ、歩く姿はラフレシア……だからな、お前」
「……何かおかしいと思ったらウツボカズラとムシトリナデシコだったワケだね……なんで前2つ食虫植物なの!? あと最後! さり気なく酷いこと言わなかった!?」
進級初日の惨劇を思い出す限り、この評価は全然間違っていないと思う。初日には何故かスカートを履いてきた上、普通に女子のように振る舞っていたからだ。……ご丁寧に下着まで女物にしていたらしい。
「お前が進級直後に起こした惨劇を忘れたとは言わせないからな?」
「いったい何が」
「……あったの?」
「……何となく予想がつくのだが……一応拙者らに教えてくれぬか?」
邪神三人娘には分からないだろうから、一応説明しよう。あれは今から1月弱前……
「…………嫌な事件でしたね、アツトさん……まだクラスメイトが1人留学から帰ってきていないんでしょう?」
「いや、あいつは春休みからアメリカの方に留学に行ってるんですが……ふた月ほど」
そういえば政の奴、ちゃんと逃げ切れたのだろうか……? あの恋(?)する吸血邪神から……まあ、逃げ切れなかったら逃げ切れなかったらで、邪神サイドに歓迎する。もちろんコーヒーはサービスだ。
「あの人、頑張り屋だったんですね」
「いや、あいつ2年の時の英語があまりにも上下し過ぎるから1回アメリカでネイティブの英語を学んでこいと送り出されただけですけどね」
というかそんな理由でこちらの授業を半出席扱いで留学させるとはうちの学校はどうなっているのだ。後半ほぼ学校に来なかったニャルラトホテプが生徒会長をやっていることといい……あとたまに明らかに部外者な外国人の女性がいるのも……
「でもって最近は何やら邪神にストーキングされているらしいですけどね……確か、名前は」
「ラーン=テゴスか……」
いつの間にか開いていた(これだけいて、誰も気付かなかったというのはおかしい気もするが)ドアの間で、ノーデンスが仁王立ちをしていた……義手ではない、左腕に腕章を付けて……
「……ノーデンス殿……!? いつの間に」
「今し方来たところだ……我は風紀委員長、白崎零……もしくは旧神の長、ノーデンスだ……貴様が生徒会長か……?」
「そうだよ……ボクがキミの永遠のライバルニャルラトホテプ……そして……チラッ」
「こっち見んな」
」
本当にこっちみんな。あとさり気なくツァールロイガー姉妹が脱出しようとしてるのにノーデンス気付けよ。敵対してる旧支配者が逃げるの放置すんな。
そして、ツァールロイガーが逃げるのを手助けするかのようにニャルラトホテプが口を開く。
「……そういえばツァトゥグァさん、君にもそこの少年にも、そしてアツトクンにも一応言っておかないといけないことがあるんだ……それはね…………ボクが就任するまえまでは風紀委員なんて影すら無かったんだよ……そして、ぼくは風紀委員の発足を認めた覚えなんてない。ちなみに校長先生も同じく知らないみたいだよ。つまり、君が風紀委員長というのは真っ赤な嘘、怪しまれずにここに入り浸るためのただの口述に過ぎない、ただの隠れ蓑なんだよ……」
別に衝撃でもない真実が今明かされた。ジャンジャジャーン(適当)
「……まあ、風紀委員があったなら、ユウが真っ先に処分喰らってるだろうからな……」
「そうですよね、わたしもそう思います」
というかこれはまずい……いつの間にか生徒会室には僕含め5人しかいなくなっていた……あれ、5人?
「ぐ……我を愚弄するかニャルラトホテプ! ……行くぞヴォルヴァドス! ……ヴォルヴァドス?」
僕、ユウ、ニャルラトホテプ、ツァトゥグァさん、ノーデンスの5人で合っていたようだ……面倒な事が起こりそうだったからか、かつての仲間と武器を交えることになりそうだったからかは分からないが、とにかくヴォルヴァドスさんはいつの間にかいなくなっていた。短時間で解析したヴォルヴァドスさんの性格から察するに多分後者だろうけど。
「ヴォルヴァドス! ヴォルヴァドォォォォォス!」
ついにノーデンスさんが半壊した……ああ、面倒な事が始まりそうだ……
「あ、じゃあ後は頼みましたよ、ニャルラトホテプ生徒会長さん」
「ユウさんに同じく……」
「まあ、その、なんだ……頑張れ」
「こンの裏切り者ォォォォォ!」
ニャルラトホテプに裏切り者扱いされてしまった……まあ僕はどっちでも良いけど
ツァールロイガーから受け取った弁当を短時間で完食して教室に戻ると、ユウがボロボロの雑巾のように、すっかり歪んでしまっているかのように倒れていた……ユウはこいつらが悪魔だということを忘れていたのだろう。哀れな奴……
「次はお前だアツトォ……」
まるでゾンビのような叫び声をあげ、さっきまでユウへ嫉妬をぶつけていた奴らが僕に向かってゆっくりと歩いてきた
……僕は今までに何度も異形の神々と出会い、そして邪神ハンターと何度か拳を交え(数えるほどの回数だけど)、その度に僕の邪神としての力は研ぎ澄まされてきた……今その力を使っても別にバチは当たらないんじゃないかと思えてきた。
まあ、片手だけ解放するけど。手加減が地味に面倒だし
「たった1分で15人も……?」
「ところで、お前が最後でいいのか?」
ここ最近で一番の笑顔で、最後に残ったいかにもモテなさそうな男に声をかける……もちろん、ゆっくりと相手に歩み寄りながら。
「や、やめ……」
「安心しろ……骨は折らないし後遺症も残さない」
そして、最後の奴を一番良い手加減パンチで沈ませた。
ユウ……お前の敵はちゃんととってやったぜ……
「ちょっと男子弱すぎー!」
僕が強かっただけです。本当に……
「はいでは授業を始め……眠っている人を起こしてあげて下さい……揺すっても起きないようなので放っておきましょうか。では、教科書の17ページを開いて下さい」
どうやら生徒会だけでなく、教師もおかしかったらしい……
放課後になり、狙い澄ましたかのように政からメールが届いた……
『きゅうけつこわいけどきもちいい』
……どう返せばいいんだろうか、哀れにもラーン=テゴスに吸血されてしまった友人のこのコメントに対して……
『ラーン=テゴスさんに今から大丈夫か聞いてくれるか?』
……この際、病気になってしまった政の事は放っておこう。とりあえず先に受けた恩を返してからだ。
あの時ラーン=テゴスさんに気を引いて隙を作ってもらえなかったら、僕もバイアクヘーさんも大遅刻確定だった。だから、お礼をしに行くために一応バイアクヘーさんにも放課後を開けて貰ってある。何故かアメリカでのデートと考えたらしく、頭が秘密の花園と化していたけど。
『アタシはもう既にまーくんと心が繋がる寸前だから、お礼がしたいのならまた別の要件にしてね☆』
……部分的にみたことがある文面だと思ったら、どこぞのロリコンの文章だった……まあ、邪神と人の年齢差はもはやおっさんと幼女のそれとほぼ同じようなものだから、波長が合うのも仕方がないのだろう。
更に追加でメールが一通届いた……
『あなたがよからぬ事を考えてる気がしたけど、もしそうだったらお礼で血を吸わせてね☆』
……どうしよう、政よりも先に僕が血を吸われて死にそうだ……
まあ、政の心の内はともかくとして、今はラーン=テゴスさんの片思いかもしれないけど今回のチャンスでラーン=テゴスさんが無事にデュエル脳の政とのフラグを立てるかも知れないので、友人として応援するためにあえて返さないでおこう。邪魔しちゃ悪いし。
「あーちゃん、どうかしたの? 珍しくそんなに笑って」
「いや、なんでもない……」
僕があいつの為を思って良かれと思ってラーン=テゴスさんを手助けしようとも、最終的には全てあいつが判断することなのだ。だから、僕は影ながらラーン=テゴスさんの手伝いをしようかと思う。そう、神話中のニャルラトホテプのように影ながら堂々と……そうした方が政も幸せになれる可能性があるし、ラーン=テゴスさんも幸せになれるから……
そういう風に考えているとまた一通のメールが届いた……
『またまーくんが攫われちゃった……インスマスの海から一番遠い宿に居るから早く来て』
どうやらあいつの不幸はまだ少しだけ続いているらしい……
「……カームさん、やっぱりなんだかんだで結局行くことになった……」
「わっかりました~! じゃああーちゃんの家に行きますね!」
まあ、あいつやユウが邪神を愛するかは分からないけど、相応の愛か覚悟は必要だと思う。だって、時間の感覚も寿命も価値観も全然違うんだし。
でも、その障害を乗り越えた愛がもたらす日々はとても素晴らしいと思う。だって、毎日が日曜日みたいに楽しくて、毎日がお祭りみたいに騒がしいものになるから……
政?いずわか