意思疎通
「なんと彼は天井の人で、しかもあなたの友人と?」
「ああ、ケファ兄は俺の兄貴分で、親友なんだ。死んだと思ってたよ」
「そんなことってあるのね……。でも、たしかにそれならあなたと雰囲気が似ているのも納得できるわ」
トリカは非常に驚いていたようだったが、しだいに話の内容を咀嚼し納得してきている。
俺とケファ兄の雰囲気が似ているのも当然だ。
ケファ兄は同郷である上に、俺の生き方に良くも悪くも影響を与えた人物なのだから。
ケファ兄なら俺の死刑になる時間を知っているだろう。ケファ兄が死刑になる前に、俺の死刑執行日はすでに決まっていた。対応が早いことも納得だ。
さらに、オッカムが話していたこの島にいるという同胞。
それがケファ兄のことだとすれば、俺たちがこの島を通ることを知っていたことにも推測がつけられる。
例えばこうだ。
ケファ兄も俺と同様、ラーミナに救助された。
その後、ラーミナのつてを利用しシニストラの軍に入った。
そして、テロリストがこの島に入ることを国に伝え、うまいことこの島に派遣される。 俺たちを逃がすはずだったが、トリカや赤服たちが余分に付いてきて事態が複雑になった。
うん……かなり都合のいい部分もあるが、これなら今の状況をとりあえず説明することができる。
そして、この推測が正しいとするなら今後どうなるかもだいたいわかる。
豚男はケファ兄にオッカムを捕らえるよう命令したが、ケファ兄はオッカムを捕らえるどころかこの基地に誘導する。
二人でこの基地を襲撃する可能性もあるが、俺がトリカの刃に捕らわれていることを知っているなら、そこまで無茶はしないだろう……しないよね?
とにかくオッカムはこの基地に潜入し、俺を助け島から脱出する。
仮に推測が大きく違っていた――ケファ兄が自らの意思でシニストラ軍についていたとしていても、俺はケファ兄との友情を疑わない。
ケファ兄は俺を裏切らないし害さないと言い切れる。
いや、言い切らせてくれる、そんな兄貴だ。
よし。そうだというなら俺がするべきことはただ一つ。
ただただ静かに助けが来るのを待つこと。
俺は誰にも覚られず、心に他力本願を宿らせる。
そんな決意を俺がひそかにしていると、
「天井では、能力者とそうでないものが友達になれるのね」
トリカがポツリと口にした。
「地上でもできるんじゃないかな」
「無理よ」
即答だ。
「ホルダーと人じゃあ違いすぎる」
「そうかな?」
「そうよ。人は私たちのことを化物みたいに思ってる。友達どころかまともな会話さえできないわ」
「そうだね。たしかに彼らは君たちを理解する気が見られないね。でも、違いすぎているわけじゃないと思うんだ」
彼女は――トリカは昔の自分と同じなんじゃないだろうか……。
「ホルダーも、そうじゃない人も、誰かに叱られれば悲しくなるし、無視されればつらい。でも、少しでも自分を理解してもらえれば嬉しいし、もっと互いを理解しようと一緒におしゃべりをしていると時間を忘れて楽しさを感じる。そこは同じなんじゃないかな。現にトリカと俺はこうやって話してるし」
「それは……」
「きっと、自分と外の世界の間に殻を作ってしまって、勝手に違うと思い込んでるだけだと思うんだ」
俺もそうだった。
自分はホルダーになれず、周囲が俺の気持ちなんてわかるものかと思い込み、自分で殻を作りそこに引きこもっていた。
「……さい」
「その作り込んだ殻にいつしか慣れてしまって心地よさを感じるようになる。でも、その殻は光を遮って自分の姿さえ、気持ちすらもわからなくしてしまう。やがて苦しくなって、一人でもがいても誰も気づかないし、よけいみじめになる」
「うるさい」
聞こえているさ。でも、もう止まらないんだ。
トリカが昔の自分に完全に被ってしまった。
俺は、昔の自分に語りかけているのかもしれない。
誰も近寄らせないような行動を取りながら、誰かに気づいて欲しい、声をかけて欲しいと思う。
そんな行動と意識のズレ。そのズレから生じる摩擦で徐々に削り取られていく精神。
殻はどんどん厚くなるのに対し、心は摩耗して薄れていく。
しかし、どこまで薄れても心は苦しみを受け入れてくれない。
「強がってもそれは表面だけでやっぱり中身は弱いんだよ。それを自分でも気づいてる」
俺は一人に限界が来た。一人で生きていけるほど強くはなかった。
「少しでいいから声を出して欲しい。助けてくれ、と。一人に慣れてしまって声がほとんででないかもしれない。でも、殻の外にいる人間はきっと君に気づいてくれるはずだ。おせっかいなことに手も差し伸べてくれるだろう。その手は、指は殻をつつき出す。あるとき、殻にひびが入る。すぐに殻は割れて光が差し込む。一人を知ったことで、君は世界のまぶしさに気づくはずだ」
ケファ兄やロンが俺を助けてくれた。
「世界は君が思うよりも優しくできてるよ」
そう……だからこそ、俺はいまここにいる。
「うるさい! 黙れっ! 知ったような口を聞くな!」
トリカは声を荒げ耳をふさぐ。これ以上は聞いてもらえないだろう。
俺は黙ってトリカを見つめる。
「そんな目で……そんな目で私を見るな!」
彼女には俺の目がどう映っていたのだろうか。
おそらく、俺の瞳に反射した自分自身の姿を見てしまったのではないだろうか。
流れるような金髪を振り乱し、顔をゆがませた彼女は俺に――鏡に手を伸ばす。
手は鏡を掴まず横にはじく。丸枠の世界が大きく回転する。
そして、地面に当たり、大きな音が響く、世界はくるくると回りやがて暗くなる。
鏡面が下向きになったようだ。
「コミュニケーションは、失敗か」
言葉は頼りなく暗闇へと放たれ、すぐに沈黙に拡散され消失した。