もう一人の能力者
トリカから名前を聞いたあと、気になっている部分を聞き出していった。
「トリカはあの豚男を『臨時』基地長だって呼んでたけど、臨時ってのはどういうこと」
「豚男たちはもともと別の隊に所属しているの。彼らはエリートよ、赤い服を着てたでしょ。一般兵は青い服を着てるわ。そして――」
赤服はエリートで、青服は一般兵のようだ。それなら彼女が着ている緑服は、
「能力者は緑色よ」
トリカは目を自分自身の服に向ける。
「スースは昨日の昼過ぎに緊急招集されたの、私たちと一緒にね。この島にいるはずの二人の能力者を捕まえろってね。それで、元々いた基地長は今は見回りに回されて、スースが臨時の基地長になったの」
どうやらシニストラは昨日の段階で俺たちの情報をどうやってか知ったらしい。
そして、捕らえるために臨時の部隊を作ってこの島に派遣したようだ。
昼過ぎといえば俺がダモクレスから落とされたころだ。やはり対応が早すぎる。
そういう情報を知る力を持ったホルダーがいるのだろうか。
いや、難しいだろう。距離が遠すぎる。
ラーミナの中に内通者がいる可能性はどうだ。
オッカムはリーダーから直接命令が来たと言っていた。
途中に副リーダーを介していないなら情報が漏れている可能性は低い。
しかし、どうやって命令を受け取ったのかを聞いていない。
オッカムはリーダーの顔を見たものがいないといっていた。
彼女もリーダーの顔を見ていないのだろう。
そうなると命令を直接聞いたのではなく、手紙で受け取った可能性が高い。
もし手紙で命令を受け取ったとして、オッカムはその手紙をリーダーからのものとどうやって断定したんだ。
もしくは顔を知らないが、声は知っていたとも考えられる。顔を隠して口頭で伝えたのだろうか。
まあいい。
どうやって知ったかはあまり重要でない。どのように島から脱出するかだ。
俺はもう一つ気になる点を聞いてみることにした。
「この島にはもう一人ホルダーがいるんだよね。トリカの相方だそうだけど、どういう人なの」
これは、この島から脱出する上で重要なことだ。
自分が行動するべきか否かもこの情報にかかっている。
ホルダーがトリカ一人だけなら、このまま鏡の中でおとなしく待っていればいい。
オッカムは自分を助けにこの基地に潜入してくるだろう。
彼女の動きを見た限り、潜入及びその制圧力は確かなものだった。
この基地の兵士たちに遅れを取るとはとうてい思えない。
しかし、ホルダーがもう一人いるとなると話は別だ。
オッカムが強くても、もう一人のホルダーの力によっては捕らえられる可能性は十分にあり得る。
「スースは彼を私の相方と言っていたけど、それは違うわ。彼に会ったのは昨日が初めて」
もう一人は男ということくらいしかわからなかった。
せめて彼の情報をもう少し引き出したい。
「どんな人なの」
「そうね。少し話しただけだけど、なんとなくあなたと雰囲気が似てるわ。変わった人だった」
ほう、そいつはたいした変人だ。というか失礼だな。
「スースは彼をとくに怖がっていたわ。口を聞こうともしなかった」
「顔が怖かったとか?」
冗談めかして聞いた。彼女はクスリと笑う。
「違うわ。彼、襟に銀章をつけていたのよ」
「銀章?」
「そう銀章。確かな武力をもつものに与えられる章よ。この章があればホルダーでも人間並に扱われる。先の大戦で大きな武功を上げた人に多いけど、彼は明らかにそんな年じゃなかった。彼の名前も聞いたけど、初めて聞いた名前だった。スースも知らないようだったわね。銀バッジを持つほどの力をもっているなら、名前が知られていてもいいはずなんだけど」
どうやら地上にもダモクレスと同じように強者には章が与えられるようだ。
豚男はそいつがホルダーでありながら公認の実力を持っており、さらにその正体が掴めなかったのがおそろしかったのだろう。
「それに彼の刃。とても美しかった」
刃は基本的にその力に目覚めたときの形を維持し、劣化することはない。
そのため、新品のようにきれいなものは多い。
しかし、美しいとはどういうことだろうか?
「それは興味があるね。どんなものだったの?」
「見た目はちょっと変わった槍なんだけど、その先についた刃が美しかったわ。青く、いやどこまでも透き通った蒼色だった。でも、どこまでも透き通る湖水のようなのに底が見えないの。見つめているとまるで湖の中に引きずり込まれるんじゃないかと思うくらいよ」
トリカがホルダーの情報を嬉しそうに話しくれる。
しかし、俺には一つの予感がしていた。
その予感が当たっているなら多大な喜び、安堵を含む一方で、事態の深刻さを際立たせる。
もう一人のホルダー。
槍に似た形状、どこまでも透き通る蒼い刃、そして引きずり込まれると思わせるその底深さ。
俺はそんな刃を一つ知っている。
「彼の外見は?」
自分の声は震えていた。
予感が当たっていて欲しい一方で、いまは外れていて欲しかった。
「そうなの。彼の外見も刃の美しさを引き立てていたわ。刃と同じ蒼い瞳に、同じく蒼い髪。顔立ちは眉目秀麗。透き通る声。あの容姿であの刃、なんで名前が知られていないのかわからないわ」
トリカの口はもうとどまることを知らない。
俺は予感が当たっていたことを認識した。
それ故に、なぜ彼の名前が知られていないのかもわかった。同時に自分たちの情報もどこから知られたのかも理解した。
そして、トリカが彼と自分の雰囲気が似てると感じた訳も説明ができる。
「名前はケファロだな」
俺の口調は疑問ではなく断定に変わっていた。
トリカは開いていた口を閉じる。
「なんで知ってるの」
そのつぶらな瞳をこちらに向ける。
なんでって、そりゃ知ってるさ。
彼女が美しいと形容した彼の刃はパルチザン。
『メリサニ』と愛称のついたその長槍を彼は縦横無尽に操る。
彼がその刃を振るうと先端に付いた刃先が蒼い軌跡を水面のように残す。
周囲はその透き通る蒼に引き込まれる。
ケファロは――ケファ兄はその実力を認められ刃吏十二軍の第三針となった。
しかし、俺の死刑に異を唱えダモクレスから追放され死んだはずだった。
「生きて……いたのか」
声はかすれ、言葉になっているかわからない。
目はうるみ、視界がにじむ。体は力が入らず、立てているのが不思議なくらいだ。
よかった……本当によかった。
ケファ兄は俺にとってただ一人の兄貴分だ。
そしてなにより、俺をルーと呼んでくれる数少ない友人の一人だった。