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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
旅立ち
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カトプトリカ

 鏡の中に捕らわれた俺は少女に連れられ、いや、正確には持ち運ばれ移動している。


 丸枠に映る景色が部屋から出て、廊下へ、その後いくらか歩いて、扉の前と移り変わっていく。

 景色は揺れているが、鏡の中は変化がなかった。

 どうやら鏡の中は外部とは切り離されているようだ。


 コンコンと音が聞こえる。扉をノックしている音だろう。

 その後、「入れ」と男の声が返って来た。

 ドアが開き景色は部屋の中へと移り変わる。


 部屋には、デクストラの基地で見た髭や後ろ髪と同じ赤服を着た兵士たちが見える。

 どうやらここはデクストラの基地ではなくシニストラの基地らしい。

 鏡少女の刃の能力は、鏡の中に対象を閉じ込めることの他に、鏡間の遠隔移動もあるようだ。

 この二つの能力は一つの力の応用とは考えにくい。

 彼女は一つの刃で二つの能力を持つことになる。


 鏡少女が足を止める。


「スース臨時基地長。対象の一人を拘束しました」


 そう言うと丸枠の景色が大きく動く。すぐに景色が固定される。

 丸枠には赤い服を着た男が映っていた。

 スースと呼ばれた男の顔と体はともに破裂するのではないかと思うくらい膨張している。


 彼の風貌は本で知った豚という動物の特徴と一致している。

 着ている赤服のボタンが今にもちぎれて飛びそうだ。

 他の赤服とは違い、胸には金色に光る小さなバッジをつけている。

 あれが基地長の証だろう、臨時とはどういうことかよくわからないが。


 豚男はフンと丸い鼻を鳴らし、こちらを見る。

 顔は汗にまみれ、見ていられない。

 彼は視線を上に外す。


「もう一人の方はどうした」

「私の力では拘束できませんでした」

「なに……この役立たずめ。なんのためにお前らは来ているんだ」

「申し訳ありません」


 どういうことだ。こちらが二人いるということがばれている。

 しかも、鏡少女は俺たちを捕まえるために来ているというのか。

 ダモクレスから落とされて、ここに来たのはまさに昨日の今日だ。

 対応が早すぎる。


「ピルスとバルバはどうした」

「対象たちにやられました」


 ピルスとバルバというのは後ろ髪と髭の名前だろう。


「なんだと……仲間をやられ、一人でおめおめと逃げ帰って来たと。お前らホルダーはほんとにクズだな」

「申し訳ありません」

「申し訳ありません、としか言えないのか」


 豚男が怒り散らす。顔は赤くなっていた。再び鼻を鳴らすと、


「まあいい。もう一人のほうはお前の相方を向かわせる」


 もう一人ホルダーがいるようだ。


「それを置いて部屋でじっとしていろ」


 俺のほう――鏡を太く短い指で指して告げる。


「これは私から離れると対象が中から出てしまいますが、よろしいですか」


 鏡少女が説明すると豚男の顔がますます赤くなる。破裂しないかが気がかりだった。


「本当に使えないなお前らは。それを持って部屋でじっとしていろ。絶対にそいつを出すんじゃないぞ。わかったな」


 鏡少女は「わかりました」と返事を残し、俺を持って部屋から出た。




 先ほどと同じ道を逆にたどり元の部屋に戻る。

 どうやら鏡を机かなにかの上に置いたようだ。

 丸枠には鏡少女の整った顔が見えている。

 その整った顔には活力が見られず曇っている。豚男に言われたことを気にしているのだろうか。


「あんたはよくやったさ。俺たちが倒した二人は君のことなんてなんとも思ってないようだったしさ、あんまり気にすることはないんじゃないかな」


 問題の中心にいる自分がこんなことを言うべきではないだろうが、彼女の沈鬱な表情を見ていたらつい励まさなければいけない気持ちになり口が動いてしまった。


 彼女は目を瞠りこちらを向いた。俺の存在を忘れていたのだろう。

 無理もない。ここで喋ったのはこれが初めてだからな。


「俺の名前はルイゼット。君は?」


 彼女の名前をこの基地に来てから一度も聞いていない。

 豚男は「お前」と呼んでいたし、髭と後ろ髪は「あいつ」、「ホルダー」と呼んでいた。

 お互いの名前を知ることが円滑なコミュニケーションの第一歩だろう。


「私の気を引いてもそこからは出しませんよ」

「出してもらうために話してるわけじゃないよ。俺はこっちに来てまだ日が浅いんでね。いろいろと話をしてもらえないかと思ってる。この中はなにもなくて退屈だ」

「こっち? 日が浅い? あなた、何をいってるの」


 よし、話に乗ってきた。

 こっちの情報については二人組でホルダーとしか聞いていないようだ。


「それにしてもこっちだとホルダーの扱いがひどいって聞いてたけど、ほんとうなんだね」


 さっきの豚男やデクストラの兵士たちは彼女を同じ兵だと……人とすら見ていなかった。


「あなたもホルダーでしょう。デクストラでもホルダーの扱いは似たようなものだと聞いてるけど」


 どうやら俺をデクストラの人間と思っているらしい。


「俺はダモクレス――君たちが天井と呼んでいるところから来たんだ」


 彼女の目が再び大きく開かれた。


「そして――」


 話すかどうか少しためらいながらも口を開く。


「俺はホルダーじゃない」




「どういうこと?」


 彼女は落ち着きを取り戻し、尋ねてくる。ダモクレスから来たことを信じているようには見えないが、話に食いついてきてくれた。


「ダモクレス――天井ではホルダーであることが国民の義務だ。自分はホルダーじゃなかった。だから追放された。それが昨日」

「信じられない。一緒にいた鋭い目の女はなんなの」

「彼女のプライバシーに関わるからあまり大きな声で話せないんだけど、彼女、オッカムは天井から落ちてきた俺を助けてくれたんだ。彼女たちのリーダーに合うため、この島を越えてシニストラに向かうところだった」


 捕まっちゃったんですがね。


「オッカム、あの人がオッカムなの。ラーミナ・リベラティオの」


 どうやらオッカムとその組織は名が知られているようだ。


「そう、その組織だって話してたよ。有名なの?」

「テロリスト集団。シニストラだけでなくデクストラでも活動してるホルダー集団よ」

「ホルダーたちの保護をしてるって聞いたんだけど」

「そんなこともしているらしいわね」


 やっぱり保護もしているらしい。

 国としてはホルダーに力をつけさせたくないから、ラーミナをテロリスト集団として扱っているんだろう。




 さて、かなりの情報を出してしまった。


「この話さ。さっきの豚男に話しちゃう?」


 豚男が誰を指しているのかわかったようで、彼女はクスッと笑う。

 その表情は年相応の幼さが出てとてもかわいらしかった。


「あの人には話さないわ。こんなとんでも話を信じてくれるとは思えないし。それに――オッカムさんのプライバシーに関わるんでしょう」

「ありがとう、助かります。それと君は笑顔のほうがよく似合うよ」


 そう指摘すると、彼女は自分が笑っていることに気づいたようだ。

 少し照れたのか顔を背けた。


「あなた変な人ね」

「まだこっちの常識が全然わからないんだ。礼から外れていたなら謝るよ」


 少し黙り、彼女は首を振る。


「いいえ、礼から外れていたのは私だったわ」


 そう言うと、彼女はこちらを向く。


「自己紹介が遅れました。私の名前はカトプ・トリカ。トリカと呼ばれます」

「よろしくトリカ。友達は俺のことをルーって呼ぶよ」


 彼女は「こちらこそよろしく、ルイゼット」といい、小さく笑う。

 何がおもしろいのかはよくわからない。


 さあ、コミュニケーションの始まりだ。

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