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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
旅立ち
6/53

霧の島

 肩を強く揺さぶられ、「ほぁ」と間抜けな声を出して目が覚める。


「朝だ」


 目の前にあるオッカムの鋭い目を見て状況を思い出した。

 すこし目をつむったところ、そのまま寝てしまったようだ。


 まだ暗く、周囲が霞んでいてよく見えない。地上にも雲が出るらしい。

 周期的な揺れと水の流れる音、それにオッカムがこぐオールが見えるため船の上であることはわかる。

 果たして島に近いところだろうか。


「おはようオッカム。雲が出てるね。島の近くなの?」

「地上では霧と呼ぶ。島のすぐそばだ。ネブラ島は朝早くから昼前近くまでこの霧に囲まれている」


 島の特徴、と続ける。

 なるほど、昨日、話をした島の特徴というのがこの霧なんだろう。


「まだ日は昇っていない。暗く霧が深いうちに島へ入り、横断して向こう岸に出る。向こう岸で同胞が逃げる算段をしている」


 確かにこの暗さで霧の中なら兵士にも見つからないだろう。

 少しの音なら水の流れる音でかき消される。




 船は無事に島へ上陸した。

 船が島へ着く直前にオッカムから服を渡され着替えた。

 上下とも緑の濃淡で描かれたものだ。

 どうやらオッカムが着ているものと同じもののようだ。

 着ていた破れたスーツは船に置いてきた。

 あれと比べるとかなり動きやすくなっている。


 霧の中をオッカムはほとんど迷わず進んでいく。

 俺も遅れないようについて行く。

 途中でオッカムが急に立ち止まる。


「おかしい」


 いきなりつぶやく。


「なにが? 兵にも見つかってないし順調じゃないか」


 今のところ兵に全く見つかっていない。順風満帆だ。


「兵が少なすぎる。昨日、デクストラの岸を離れるとき火矢を空中で爆発させた。あれをこちらで見ていたならもっと警戒の兵がいるはず」

「見てなかったんじゃないの」

「そうだとしてもおかしい。人の気配すらない」

「疲れて寝てるとか」


 まだ日も昇らない朝だ。寝ていても不思議ではない。

 オッカムは少し黙り込んだあと、「注意して」とだけ言い、再び歩を進め始めた。




 オッカムを追いかけて、しばらく走ったあと俺にもこの島の異常性にようやく気づいた。

 気づいたのはデクストラの拠点らしき石造りの建物の前で様子をうかがっていたときだ。

 壁に兵士が寄りかかり俯いていた。

 デクストラの兵士だろう。昨日見たキリン集団と同じ衣服を着ていた。


「寝てるね」


 冗談めかして言ったが、オッカムは笑わない。

 兵士にすばやく静かに近寄り、首に指を当てる。

 そして、「死んでる」とこぼした。


 へ?

 またしても口から間抜け声がもれる。

 オッカムが首から指を離す。

 すると、兵士はズルズルと壁に背中をこすりながら横に倒れた。

 兵士が寄りかかっていた壁は明らかに周りの壁と色が違っていた。

 血に染まり赤黒くなっている。

 兵士の座っていた地面もよく見ると血にまみれている。


 唾を飲む。

 死体を見るのは初めてではない。ダモクレスで何度か見ている。

 声を出すことはなかった。


 しかし、心臓の鼓動が早く大きくなっているのがわかる。

 その鼓動を抑えるように左胸に手を当てる。

 確かな鼓動が手に伝わる。それを感じて落ち着くように自分自身に言い聞かせる。

 鼓動が少し弱くなった気がした。


 オッカムは俺が落ち着いたことを確認する。

 彼女は建物の中に入り、一部屋ずつゆっくりと伺う。俺も彼女についていく。

 ある一室に来たとき、俺も中を伺おうとするが手で止められる。


「見ないほうがいい」


 声に力がこもっていた。

 彼女の鋭い目も「見てはいけない」と訴えている。

 部屋の外にまでただよう異質なにおいを俺も感じていた。中の惨状がうかがえる。

 その状況を自分に見させまいとする彼女なりの優しさを感じた。




 建物内を静かに見回ると、一番奥の部屋から声が聞こえた。

 生存者かこの状況を作り出したもののどちらかだ。

 おそらく後者だろう。


 オッカムとともにゆっくりとドアを開け、中を伺う。

 部屋には三人いた。部屋の中で赤服の男が二人、そして彼らの足下に先ほど死んでいた兵士と同じ乳白色の服を着たおっさんが手を後ろに縛られて倒れていた。


「これで全員だな?」


 赤服を着た一人。

 髪を後ろで縛っている方が縛られたおっさんの腹を蹴り尋ねる。


「そ、そうです。だから、命だけは」


 赤服のもう一人。髭を生やした方が笑う。


「こいつ命乞いしてやがるぜ。仲間を売っておいてよ」


 髭がそう言いおっさんの頭を踏みつける。


「命だけは助ける約束じゃあ」

「そんな約束、嘘に決まってるだろ」


 二人してげらげら笑う。

 そんな……、とおっさんは言葉を失う。


「しっかし、ホルダー様々だな。俺たちだけでこの基地を落とせちまったよ。これで本国に戻って城勤めだぜ、楽勝だな」


 ははっ、と後ろ髪が笑う。


「ホルダー様にはこの島で留守番しててもらおうや。どうせあいつらは前線に飛ばされるんだし、ここでずっと快適な島暮らしだぜ。うっらやましぃ」


 髭も笑って返す。


「ひでぇやつだなお前も。手柄は山分けって言ってたのに」

「いいんだよ。どうせあいつらは人じゃねぇんだから、俺たちのために役立ってもらおうぜ」


 再び二人は笑う。

 胸くそ悪い会話だったが、どうやらデクストラの兵士たちを殺したのは、こいつらで間違いないらしい。

 縛られたおっさんは生存者だ、いまのところ。


 オッカムがひそひそと話しかけてくる。


「突入する」

「俺も行く」


 俺も声をひそめて返す。しかし、オッカムが首を振る。


「危険だからここにいて」

「俺にもできる。あいつらは許せない」


 そう。許せなかった。

 自分の名誉や地位、金のために人をこんなに簡単に殺せる人間が。

 やつらは父――ディオニュシオスと同じだ。

 他人の気持ちも考えず、ただただ自分の都合で人をモノのように切り捨てて行く。

 それが我慢ならなかった。


 オッカムは少し考えたあと、


「私が髭を抑える。ルイゼットは後ろ髪を頼む。殺さないで、話を聞き出す」

「了解。突入はどうする」


 彼女は人差し指、親指、中指を順番に立てていき、


「三、二、一で行く」

「わかった」


 俺がうなずくとオッカムはドアの方を向き、右手を俺にみえるように出す。

 彼女の左手には刃である剃刀が握られている。

 人差し指、親指を立て、そして最後に中指が立てられると俺たちは行動を開始した。


 扉を一気に開け放つ。

 髭と後ろ髪はどちらも目をひんむいてこちらを向く。

 兵士がいないと聞いていたためか、どちらも完全に油断していた。


 後ろ髪が慌てて、下ろしていた剣を俺に向けようとするが遅かった。

 それよりも早く体を入れそのまま腹に肘を入れる。

 肘が後ろ髪の腹に食い込む。後ろ髪の口が開き、肺の息が外に出る。

 そして、その開ききった顎にそのまま掌底で打ち上げる。

 後ろ髪の歯がガッと、ぶつかる感触が手に伝わる。

 そのまま上を向いた状態で膝から崩れ落ちた。


 こちらが片付きオッカムを向く。オッカムの方もすでに片付いていたようだ。

 髭が床に倒れ白目を向き、口から泡を噴き、体はピクピクと痙攣していた。生きている、ぎりぎりだけど。

 オッカムの方も殺してはいないようだ。


 よし、と落ち着いたころで奥から物音がした。

 部屋の奥にもう一部屋あったようだ。


 俺とオッカムはすぐに近づく。

 部屋には大きめの鏡が備え付けられていた。どうやらここは身支度を調えるための部屋らしい。


 そんな部屋で少女が倒れていた。

 腰近くまで届く金色の長い髪を床に散らしている。

 服は先ほどの兵士と作りが似ているものの、色が赤でなく黒に近い緑色だ。

 しかし、その肩は緑ではなく黒い染みができていた。床には赤の斑点ができている。

 どうやら、肩を切られ出血しているようだ。

 うめき、弱い目つきでこっちをみて「助けて」と呟いた。


「大丈夫か」


 慌てて少女に近づく。


「だめだ、ルイゼット!」


 オッカムが叫ぶ。オッカムは左手に剃刀をもち少女を睨む。


 殺気を感じた。

 オッカムからではない、少女の方からだ。


 顔をオッカムから少女に向ける。

 少女の目つきは相変わらず弱々しいものであった。

 体は小柄だが顔を見る限り同じくらいの年ではないだろうか。

 顔は整っており、美人といえる。

 しかし、どこか儚さを感じる。

 水面に映る月のように、少しの衝撃で波紋と共に消えてしまいそうだった。


 そんな彼女の手にはなにかが握られ、こちらに向けている。

 円形の縁取りに装飾がない単純なモノだ。

 その縁取りの中に光を反射する金属がつけられている。


 鏡だ。そこには俺が映っていた。

 鏡はあまり好きではない。どうしてもあいつを意識してしまう。

 父――ディオニュシオスから髭としわを取り、髪を黒に変え、同じ形をした目……俺の顔だ。鏡に映るそんな俺と目が合った。


 殺気は少女ではなく、その鏡から放たれていた。

 まずいと感じ、後ろに飛び退こうとする。

 しかし、後ろにあった『何か』に当たり移動できなかった。


 鏡から目を逸らし、後ろの『何か』をみる。しかし、後ろには何もなかった。

 オッカムが唖然と俺を見ている。

 表情はほとんど変わっていないが、口がわずかに開き、目も気持ち通常よりも大きくなっている。

 その彼女の右手には剃刀が握られている。


 違和感。

 右手に剃刀……おかしい、彼女は左手に剃刀を握っていたはずだ。

 俺は正面をむき直す。


 目を見張った。

 そこに少女はおらず大きな丸枠があるだけだった。

 丸枠の奥にはオッカムが何もないところを驚いた顔で見つめている。

 そして、彼女の左手には剃刀が握られている。


「そうか……」


 理解した。

 少女がもっていた鏡に俺が『映った』のと同時に『移った』のだと。

 彼女はホルダーだ。刃は鏡で間違いないだろう。


 しまった。

 さっきの髭と後ろ髪はホルダーがいると話していた。彼女だったのだ。


 オッカムも理解したらしい。丸い枠の奥で俺を見ている。

 俺は丸枠に近づき、手を伸ばすもののそこには見えない壁があり進めなかった。


「動かないで」


 少女の声だろう。か細い声だ。よく注意しないと聞き取れない。

 丸枠に映るオッカムが動きを止める。聞こえていたらしい。


 丸枠の景色が回る。正面には部屋に備え付けられていた鏡が見える。

 そして、少女と俺が映る手鏡も備え付けの鏡に映り込んでいた。奥にはオッカムも映っている。

 鏡の少女が背を向けたことを確認して後ろからオッカムが襲いかかる。


「さようなら」


 少女が口を動かす。

 果たしてオッカムにはその声が届いただろうか……鏡に映る少女の姿が消えた。

 少女だけでなく、丸枠にはなにも映らなくなる。


 すぐにまた像が映る。少女と自分が映っている。

 鏡だ。


 しかし、少女の後ろにオッカムはいない。

 鏡に映る風景も見たことがないものだった。

薬指を中指に修正。

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