表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
旅立ち
5/53

船の上

 日もほぼ沈み、俺たちを乗せた船は順調に岸から離れていった。

 オッカムは追っ手に警戒をしていたが、どうやらこないようだった。


「明日の朝にはあのネブラ島に到着する」


 オッカムが指を船の進路方向に向ける。


 島? 大陸ではないのだろうか?


「さっき、この川が国境線って話をしてたから、あれが隣の国ってことだよね?」


 そう、先ほど岸辺でキリン集団がくる直前、この川が国境線だと彼女は話していた。

 しかし、オッカムは首を横に振る。


「あのネブラ島は中州」

「なかす?」


 聞いたことが単語だった。


「そう、中州。上流から流れてきた土砂が溜まり島になったもの。川中島ともいう」

「かなり大きいけど、大陸じゃないの?」

「島。ネブラ島はこのケントルム河をながれる中州でもかなり大きい。そう思っても仕方ない」


 地上は想像よりもはるかに大きなところであった。


「そのネブラ島ってところには、さっきの兵士たちの仲間がいるんじゃないの?」

「いる」


 やっぱりいますよね~。


「島は緩衝地帯だ」

「かんしょうちたい?」


 また知らない単語だ。


「地上について知らないようなので簡単に説明する」


 それは助かる。


「よろしくお願いします」


 オッカム先生の誕生である。




「まず、この大陸がほぼ円形であることは説明不要だろう」


 それは知っていた。


「北にある山脈から川がいくつも流れ出てやがて一本に収束する。それがこのケントルム河。この河は大陸をほぼ中央で二分する」


 大きな河があることは知っていたが、ケントルム河という名前であることは知らなかったし、ここまで大きいとは思ってもいなかった。

 

「そして二分された大陸の東側と西側に二つの大国がある。東側の国がデクストラ、西側がシニストラと呼ばれる。先ほどいたのがデクストラで、これから向かうのがシニストラ」

「ダモクレスは?」

「ダモクレスはほとんど大陸との接触を断っているため国とは考えられていない」


 たしかにそうだ。地上とを行き来する人を見たことないし、聞いたことすらない。

 さらに疑問がもう一つ。


「書物で読んだけど昔は一国が支配してたんだよね?」

「それは五十年以上も前の話だな……確かに昔はそうだったが、三度の戦争を経て今では完全に先の二国が大陸を支配している」


 どうやら戦争があったらしい。


「一番近いもので八年前に大きな戦争があった。その当時、すでに先に二国が大陸を支配していたのだが、他にも独立した国は存在していた。例えば、北の山脈地帯、大陸端の砂漠地帯、そして中州」

「まさか……」


 嫌な予感がした。おそらくこの予感は当たっているだろう。

 正解だと認めるようにオッカムが小さく頷いた気がする。


「先の戦争でデクストラ・シニストラに挟まれていた中州は戦場となった。住民は巻き込まれ死亡、民を失った国は消滅。停戦後は両国が互いに接触しないため、『原則』非武装地帯となっている」

「そんな……」


 自分たちと外側の都合で一方的に殺されてしまったというのか。そんなことが――


「許されるものなのか……」

「許すも許さないもない。あらゆるものを巻き込み、数多の死体、がれき、恨み、悲しみを生者に残していく――それが戦争」


 訥々とオッカムがこぼす。

 戦争が八年前なら彼女も巻き込まれたのだろう。

 そして、大切ななにかを失ったのではないだろうか。そんな気がした。




 しばらくの間、互いに黙っていたがふと疑問が出てきた。


「さっき島に兵士がいるって話してたけど、中州は非武装が原則では?」

「たしかに原則は非武装だが、ネブラ島は規模が違う。河を越え攻め込む際に重要な拠点となる。そのためネブラ島では二国が東西に拠点を設け、互いを牽制している」


 なるほど、兵士がいる理由はわかった。しかし、それなら


「そんな危険なところを通らなくても、もっと安全な航路があるんじゃ」

「他の航路では見回りの船に捕まる可能性がある。我々の組織は東国(デクストラ)西国(シニストラ)のどちらにも属していない」


 そうだ。オッカムたちの組織についてまだ聞いていなかった。

 東国側の組織でないことはわかっていたが、どうやら西国側でもないらしい。


「我々は刃の解放軍ラーミナ・リベラティオと名乗っている」

「ラーミナ・リベラティオ?」


 えらく長い名前だ。


「単にラーミナや、リベラティオと呼ぶこともある。刃に目覚めた人たちを発見、保護している」

「保護ってどういうことだ? 地上には能力者ホルダーが少ないのか?」

「おそらく一万人ていどだろう。二国合わせての人口は約一千万人。約一パーセントにも達していない。八年前の戦争まではもっといたが、そのときに多くの同胞が死んでいった」


 ダモクレスの人口は約五千人だから、この広い地上にたったの二倍程度しか能力者はいないことになる。


「ホルダーは人として扱われていない。強い刃を持ったものは軍に採用されることもあるが、待遇は悪く死地に配置されることが多い。刃の強くないものは差別され見せしめとして迫害されることもある。我々――ラーミナは彼らを保護し、共に迫害に立ち向かうため陰で活動をしている」


 唖然とした。

 ダモクレスではホルダーでないものは人として扱われないが、地上ではまったく逆のことが起きているようだ。

 集団において量の多い方が強くなり、少ないものを虐げるのはどこでも同じのようだ。

 どちらにせよ気持ちのいい話ではない。




 彼女たちがホルダーを保護しているのなら一つおかしいことがある。

 話で出てきた『自分』なる人物は俺のことを同胞と呼んだ。

 彼らがホルダーの集団なら明らかにおかしい。

 俺は刃に目覚めていない。ホルダーでないのだ。


「ラーミナにはホルダーでない人もいるの?」

「ごく一部だが我々の活動に理解を示してくれているホルダーでない協力者もいる」


 そうか、いるのか。ならいいのか……。

 しかし、オッカムは俺が能力者でないことを知っているのだろうか?


「オッカムは俺の刃がなにか聞いてる?」

「いや、聞いてないが察しはついている」

「そうか。推察は聞かないけど、おそらく正解だよ。俺はホルダーじゃない。刃に目覚めることができずダモクレスから追放された。人に非ずってね。オッカムの上の人は俺をホルダーじゃないと知っていたのかな」


 そう。オッカムの上にいる『自分』なる人物は俺を能力者だと勘違いしているのではないだろうか。


「わからない。しかし、ルイゼットが我々にとって重要人物であることは確かだろう」

「どうして?」

「私がここにいるから」


 オッカム先生……もうちょっと詳しくお願いしますよ。

 よくわからないという顔を作る。


「組織にも力の強弱、特性によって分担があり、大きく三つに分かれている。一つ目は先ほどいったように、能力者を保護するグループ。二つ目は、軍に忍び込んで国の情報を我々に知らせるグループ、要するにスパイ。三つ目は、軍以外で刃を使う集団と接触し、交渉するグループ」


 どうやら、組織にもいろいろな役割があるらしい。


「ルイゼットのような人物を保護するのは本来、一つ目のグループ。しかし、命令を受けたのは三つ目のグループに所属する私」

「三つ目って、刃を使う集団と説得するグループだったよね」

「そう。刃を持つものとして同じ目的を目指すように交渉をしていく。たいていは力尽くになる」


 だろうね。

 そんな気はした。オッカムが交渉を得意とするとは思えない。


「交渉の結果としてホルダーを保護することはあっても、最初から保護を目的で命令を受けることはない。しかも、三つ目のグループの隊長である私を指名した」


 さりげなく自慢を入れていた。

 というか隊長だったんですか、それならあの身のこなしも納得できる。


「異常が多いけど、特に異常なのはこの命令がリーダーから直々であったこと」

「リーダーから直々ってのが、なんでそんなに異常なの?」

「リーダーの姿を見たものは組織にいない。通常は副リーダーを通して命令がくる。今回は副リーダーを飛ばして直接命令が来た」


 なるほど。

 どうやらリーダーは俺の正体についてわかっているようだ。

 となると、ラーミナ・リベラティアがダモクレスに通じているのではなく、リーダーがダモクレスに通じていることのだろう。

 組織の誰も会ったことのないリーダーが俺に会いたがっている。


 興味が沸いた。

 いったい、彼はホルダーでない俺に何をさせたがっているのだろうか?




 組織の話はそこで打ち切り、再び島の話に戻す。


「けっきょく――なんで島を通っていくの?」


 先ほどはオッカムの組織――ラーミナの話に移ったため理由が聞けなかった。


「一に、他の航路も安全とは言えないから。二に、あの島にいる軍に同胞が潜んでいるから。三に、あの島の特徴」


 組織の話を聞いて、島にスパイがいることは推測していた。しかし、三つ目の、


「島の特徴?」

「朝になればわかる。今日はもう休んだほうがいい」


 休むという言葉を聞くと体の疲れが一気に押し寄せてきた。

 オッカムにオールを任せ、少し目をつむった。

ラーミナ・リベラティア→ラーミナ・リベラティオ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ